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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ソロン王太子の判断

「コーカデス殿」

「はい、王太子殿下」


 自分の意見が危険なものであると認識しているレントは、真っ直ぐにソロン王太子を見詰めて、言葉を待った。

 その姿を見てソロン王太子は、レントがまだ子供である事を改めて思い出した。ソロン王太子の表情に苦笑が浮かぶ。


「コーカデス殿の事は、レント殿と呼んでも良いだろうか?」


 自分の示した案に対して、きっと厳しい返しが来るだろうと身構えていたレントは、「は?」と漏らした息を声にした。


「あ、はい。レントとお呼び頂けるのは、光栄に存じます」


 少したどたどしくなってはしまったけれど、レントはマナーに則った返しをする事が出来た。


「レント殿」

「はい、王太子殿下」

「今の話では、コーカデス卿は責任を取らないと聞こえるのだが?」

「父がですか?」

「ああ」

「ですが、父はわたくしに爵位を譲る事になりますし」

「コーカデス卿も前当主のリート殿も、何の責任も取らず、レント殿の後見もせず、これからのコーカデス領がどうなるのか、ただ傍観するだけになるのではないのか?」

「しかし、たとえわたくしが二人にアドバイスを貰ったとしても、わたくしが領主となりましたら、わたくしが責任を取るのは当然でありますし」

「そう。そうであるよな?」

「え?・・・はい」


 ソロン王太子の発言の意図が汲み取れず、レントの心にヤケクソを押し退()けて不安が広がる。


「つまり、レント殿も領地を手放して貴族ではなくなる事で、コーカデス領に対しての責任を取らずに済むと言う事なのだな?」

「いいえ、違います。貴族でなくなる事が、罰に当たりませんか?」

「罰を受けさえすれば、責任は取らないと言う事だろう?」

「・・・罰を受ける事は、責任を取った事にはならないのでしょうか?」

「ならない」


 ソロン王太子の断言に、レントは言葉を返せなかった。


「君は貴族家に生まれ、領民達の納める税金で育てられてきた」

「・・・はい」

「もちろんそれは、領主としての正当な報酬なのだから、コーカデス卿がその金を君に使う事には、領民が文句を言える話ではない」

「・・・はい」

「だがそれを以て与えられた君への教育は、いずれ貴族家当主になる為のものであった筈だ」

「・・・はい」

「領民は、税金が次代領主を育てる事に使われているからこそ文句を言わないし、次代領主に期待するのだ」

「しかしそれは、領主としての正当な報酬なのですから、その報酬を次代領主の教育に使わなくても、領民は文句を言えないのではないでしょうか?」

「言わないだろうな」

「え?あ、はい」

「しかしその様な不満を持った領民は、領地の未来を暗く思い、別の領地や別の国に行くだろう」

「え?」

「損切りだな」


 損切りの単語に、一瞬だけミリが視線をソロン王太子に向ける。


「これまで納税した分を捨ててでも、別の土地で暮らした方が良い人生を送れると思えば、領民は出て行くだろう」


 レントはコーカデス領の領民が多量に流出した話を思い出した。


「それは、過去の我が領の人口が減少した事を指していらっしゃいますか?」

「それも含む」

「領民達が、祖父リートや父スルトの領政に不満を持ったと」

「先々代のガット・コーカデス殿の教育方針にも、不満を感じたのかも知れないな」


 レントは拳を強く握り締めた。


「流出した領民全員がそうではなかったろうし、そこまで明示的に意識する者も限られてはいただろう。しかし未来に不安や不満がなければ、住み慣れた土地を離れる事もまずない。領主や次代領主に期待が持てるなら、不安も不満も減るだろう」

「それは、理解できる積もりでおります」

「逆に言えば、だ、レント殿」

「はい、王太子殿下」

「逆に言えば、今まだ領地に残っている人々は、コーカデス卿やレント殿に期待をしていると言う事だ」


 ソロン王太子の言葉にレントは、伏せ掛けていた顔を上げた。


「その期待に応える事こそ、責任を取った事になると私は思う」


 ソロン王太子の言う事も分かるが、それでは自分がどうしたら良いのか、レントには分からない。

 しかしレントも、貴族ではなくなる事も、領主になれなくなる事も、望んでいる訳ではなかった。


「分かりました。軽率に領主の座を手放す様な方法は取りません」

「そうだな。レント殿?」

「はい、王太子殿下」

「領地を繁栄させてこそ、責任を取ったと言えるのであるし、罪を償ったとも言えるのではないか?」

「はい。ごもっともでございます」


 レントは頭を下げ、「しかし」と頭を上げる。


「その為の道筋が、今のわたくしには見えません」

「それはそうだろう。この話は、私にもどうしたら良いのか、分からない」

「え?王太子殿下もですか?」


 レントはうっかりそう返してしまったけれど、ソロン王太子は苦笑を浮かべながらも「もちろんだ」と肯いた。

 レントは祖父リートが、父スルトもどうしたら良いか分からないのだと言っていた事を思い出す。


「それにこれは、コーカデス領のみの話には収まらないであろう」

「・・・と仰いますと?」

「コーカデス領と同じ様に、経営が思わしくなくなった領地は他にもある」

「・・・はい」

「そこでも同じ事が起きているかも知れない」

「その様な話があるのですか?」

「話が聞こえた訳ではないが、国内にはかなりの数の行方不明者がいる」

「不明者ですか?」

「ああ、そうだ。領地から出ては行ったが、他領には辿り着いていない者達だ。亡くなっている場合もあるのだろうが、その中には密造と脱税に携わっている人間もいるのではないか?」

「確かにコーカデス領では、存在しない筈の人間が農作物を作っております」

「それが他領でも行われているのかも知れない」


 レントは「なるほど」と返した。しかしそれはコーカデス領の話とは別件だと思え、ソロン王太子の話がどこに向かうのとレントは小首を傾げる。


「そうするとレント殿が責任を取って貴族である事を()めたりすれば、他の領主もそれに倣うしかなくなってしまう」

「あ、なるほど。仰る通りです」

「そうなったらこの国は大いに混乱してしまうだろう。私の立場としては、それは避けなければならない。それなのでレント殿には、違うやり方で責任を取って欲しいのだ」

「・・・なるほど?」

「それが領地を繁栄させる方策なら、他領にも倣わせられるので、国としてもありがたい」

「なるほど。ですが、王太子殿下?その方法がわたくしには思い付かないのですが?」

「それは私もだ」


 苦笑いでそう口にするソロン王太子に、レントは真面目な顔で「そうでいらっしゃいますか」と返した。


「レント殿は、まだ秘密裏に調べているだけなのだな?」

「はい」

「全体像も掴めているとは言えないのだな?」

「はい」

「この件は誰が知っているのだ?」

「あ、はい。祖父リートと父スルトです。後はコーカデス家の使用人が数名です」

「口止めは?」

「使用人達にはしております。しかし祖父と父にはしてはおりませんでした」

「まあ、リート殿もコーカデス卿も、人に喋る事が出来る内容ではないな」

「はい」

「だが領地に帰ったら、二人には口止めをして置く様に」

「はい」


 レントの返事にソロン王太子は肯く。そして視線をミリに向けた。


「ミリ殿」

「はい、王太子殿下」

「資料には目を通し終わったかい?」

「はい」

「私とレント殿の会話は聞こえていたかな?」

「はい」

「それなら話が早い。ミリ殿?」

「はい、王太子殿下」

「領地を手早く繁栄させる手段に付いて、何か案はないかな?」


 ミリは反射で、少しだけ顎を突き出す様に顔を上向ける。そして、ソロン王太子は何を言ってるのだと、ミリは内心で呆れた。

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