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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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レントの案

 ソロン王太子はレントの出した詳細資料をパラパラと一通り(めく)ると、概要を纏めた紙に視線を戻す。

 そして顔を上げて、レントに視線を向けた。


「コーカデス殿」

「はい、王太子殿下」

「これは事実なのだろうか?」


 概要を指差しながら、ソロン王太子はレントに(ただ)す。


「件数や規模に付いては、算出に甘い所があろうかと存じます。しかし、発生そのものに付いては、事実でございます」


 ソロン王太子は反射的に事実なのかどうかをレントに尋ねたが、嘘や冗談でわざわざ領地から王家に報告をしに来るとは思ってはいない。そうではなく、この様な事を正直に王族に報告に来る事に付いて、ソロン王太子には信じられなかった。


 思考が上手く回らないソロン王太子は、ミリが資料を気にしている様子に気付き、概要と詳細の資料をミリの前に押しやる。


「ミリ殿も見てみてくれ」

「畏まりました」


 ミリは概要を確認し、その後、詳細資料を一枚ずつ読んで行った。

 しばらくその様子を見ていたソロン王太子は、少しは自分の中で考えが纏まったので、レントに視線を向けた。


「脱税が犯罪である事は、コーカデス殿も理解しているのだな?」

「はい、王太子殿下」

「よろしい。だがこれは、領民の罪だけに収まらず、領主の責任も問われる問題だ」

「はい、王太子殿下」

「なるほど。コーカデス殿はそれも理解しているのか」

「はい」

「そうか。だからこそ、私に相談をしに参ったのか」

「はい、王太子殿下」


 ソロン王太子は、まだ資料を読んでいるミリをちらりと見て、またレントに視線を戻した。


「コーカデス殿はこの問題をどの様に解決して行くのか、自分なりの案は持っているのか?」

「それは、しかし・・・」

「しかし?案はあるのだな?」

「案と申しますか、法に則った対応を行って、解決するしかないと考えております」

「それならわざわざこの場を設ける必要はない。そうだな。先ずは、この場を設けたコーカデス殿の意図を聞かせなさい」

「はい・・・」

「・・・どうした?口に出来ないのか?」

「いいえ・・・その・・・」

「何を言っても不敬とはしない。こう言うチャンスは今後二度とないかも知れないぞ?」

「・・・はい。わたくしは、領民を守りたいと思っております」

「ほう?」


 ソロン王太子の目が細まる。

 ソロン王太子の心には、レントの言葉が保身の為の耳当たりの良い言葉なのか、それとも幼さ故の正義感から来るものなのか、それを計る為の構えが出来た。


「それで?」

「はい。領内を視察しました時に、苦しむ領民達の姿を多く見ました。それらの人々は、真っ当に働き、正しく納税する者達です」

「真っ当に働いているのに、苦しんでいるのか?」

「はい」

「それは経済的に苦しんでいると言う事だな?」

「はい」


 ソロン王太子は矛盾を感じて首を傾げる。

 例えば被災地ならば、働きが報われなくて苦しむ人がいるのは理解できる。本人達にはどうしようもない状況なのだ。国王や領主や周囲が手助けをしなければ、経済的な苦しさから抜け出す事は難しいだろう。

 しかし、納税をするだけの利益を得ていてなお、苦しむとはどう言うことなのか、ソロン王太子にはイメージが湧かない。


「なるほど。続けてくれ」

「はい」


 レントは一旦視線を下げ、再び顔を上げると、決意を込めた瞳をソロン王太子に向けた。


「一方で、密造や脱税に携わっている者や、その者達と関わりのある者は、明るく楽しそうに暮らしております」


 レントは膝の上で拳を握る。


「そして調べてみますと、それが以前のコーカデス領の領民達の姿なのです」

「うん?どう言う意味だ?」

「コーカデスがまだ侯爵家で領地が潤っていた頃には、領民達は皆、楽しく暮らしておりました」

「確かに以前は、果実や果実酒などの特産品のお陰もあって、コーカデス領の経済は活発だったな」

「はい。しかし流通が混乱し、コーカデス家も伯爵に降爵し、領地が全体的に勢いを失いましたが、そうなってから密造と脱税を行った町村だけが、経済的に上向いたのです」

「なるほど。それで?」

「はい。しかし今、それらの町村に追徴課税をいたしますと、コーカデス領には等しく貧しい領民しかいなくなってしまいます」

「それは、そうなのだろうな」

「はい」

「それで?」

「・・・それですので、わたくしはどうにかして、領民達を守りたいと思っているのです」

「その方策は?」

「それは・・・」

「不敬とはしないし、ここで何を言ってもコーカデス殿を罪には問わない」

「はい」

「それとも、自分では案を持たないのか?」

「いえ。案と申しますか、都合の良い望みなのではありますが」

「構わない。コーカデス殿はそれを私に言う為に、この場を設けたのだろう?」


 レントは唾を飲み込んで、「はい」と肯いた。


「追徴課税の支払いに付いて、猶予を頂けないでしょうか?」

「猶予とは?どれくらいまで待てと言うのだ?」

「コーカデス領の経済が回復するまでを望みます」

「それは期間が延びる分だけ追徴金の算出比率も上がり、支払いの総額がかなり増える事になるぞ?」

「ですので、自首をした事として追徴金は減額頂いた上で、その自首を今この場でした事にして頂いて、不正を行った期間を凍結して頂いて、追徴金の比率自体も凍結して頂けないでしょうか?」

「・・・なるほど」


 ソロン王太子は肯いてから、「だが」と言葉を続ける。


「それは法に則った事にはならないのではないか?」

「それは、そうなのですが・・・」

「それに、経済が回復するまで待てと言うのは、結局、いつまでなのだ?」

「それは、今の所、目処が立っておりませんが」

「それでは話にならないではないか」

「目処はこれからですが、特産品を再び作る事で、急速な回復を図る事は出来る筈なのです」

「それは領内の混乱した流通に付いて、立て直せてからになるのではないか?」

「それは・・・仰る通りです」


 レントの様子を見て、ソロン王太子は小さく息を吐いた。


「そもそも、この件が発覚したら、コーカデスは伯爵家ではいられないだろうな」

「はい」


 レントの間髪を入れない返しに、ソロン王太子の眉間に皺が寄る。


「コーカデスが子爵家に降爵すれば、コーカデス卿は責任を取って、爵位をレント・コーカデス殿に譲るのではないか?」

「そうかも知れませんが、まだ幼いわたくしでは領主が務まりません」

「年齢的にはそうであろうな。リート・コーカデス殿が後見に付くのではあろうが」

「祖父のリートもコーカデス家を侯爵から伯爵に降爵させておりますので、後見には不適任です」

「そうは言っても、まだ未成年のコーカデス殿に対して、誰にも後見をさせない訳にはいかない」

「例えばですが、コーカデス家が責任を取って爵位を返上すれば、コーカデス領への処罰は軽減されますでしょうか?」

「それは・・・コーカデス家は貴族ではなくなり、領地は他家に任せると言う意味か?」

「はい」


 レントのその表情を見て、これが本題か、とソロン王太子は思った。

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