話を戻して
ソロン王太子が求めたサニン王子との文通をミリが請けた事で話が一段落し、場も落ち着いたと考えたソロン王太子は、話題を戻す事にした。
「コーカデス殿」
「はい、王太子殿下」
ミリの文通相手が自分だけではなくなる事に、気落ちをしていたレントの返事は、少し声に力がない。
しかし応えてからレントは、自分もサニン王子との文通を求められるのかも知れないと思い至って、ソロン王太子が次に何を口にするのかに付いて警戒をした。警戒はしたけれど、求められたら断れない。そう考えると、ミリ様がサニン殿下と文通するのも断れないのでしょうから仕方ないのですね、とレントは思う事が出来た。そのお陰でレントは気持ちを少し立て直す。
「ミリ殿は同席させない方が良いのだろうか?」
ソロン王太子のその言葉で、自分の失言に付いての話題に戻った事に、そちらに付いては心の準備が出来ていなかったレントは慌てた。
自分の失敗を忘れてしまっていた事自体にも、レントは慌てる。
そのレントの様子を見てミリは一瞬、レントを助ける為に口を出しそうになった。
しかし、自分がこれまでにソロン王太子に会った時にも、この様な揺さ振りを受けている事をミリは思い出す。それを思い出すと、自分も乗り切れたのだから、レントならレント自身の力で何とか出来るだろうと思えて、ミリは静観する事にした。
確かにミリに助けられていては、ソロン王太子からのレントの評価が下がるかも知れない。それを考えると自分は口を出すべきではない、とミリは結論を付ける。
これもレント殿の経験になるでしょうし、将来コーカデス家の当主を嗣ぐのなら、王太子殿下に慣れて置いた方が良いに決まってるもの、とミリは考えて微笑みを浮かべて小さく肯いた。
一方でレントは直ぐに言葉が出なかった事で、更に慌てていた。
「いえ!違います!」
そして、またソロン王太子の言葉を否定する返しになってしまった事に、レントは切れた。わたくしは何をしているのですか!と自分にキレた上で、ヤケクソが再燃する。
そしてヤケクソになる事で、レントの気持ちは少しずつ落ち着きを得て行く。
今の現状をヤケクソな頭で整理して、自分が何の為にこの場に臨んだのかもレントは思い出した。更に先程の契約書に、この場で何を言っても不敬としないと書かれていた事も思い出せた。
一つ深く呼吸をして、「いいえ」とレントは敢えてもう一度、否定の言葉を口にした。
「わたくしが申したいのは、わたくしの話を王太子殿下に聞いて頂いてから、ミリ・コードナ様に伝えるべきかどうかを王太子殿下にご判断頂きたいと言う意味です。先程は、わたくしの意思を正しく伝える事が出来ませんでした事を否定いたしました」
「なるほど」
ソロン王太子がそう返した事で、レントは自分が言いたい事が言えたし、しっかりとソロン王太子に伝えられた事を感じた。
しかし、不敬と取られないとは言え、自分が間違いを犯した事は間違いない。
「先程から何度も、王太子殿下の御言葉を拒む様な発言をしてしまい、誠に申し訳ございません」
レントは深く頭を下げた。
「いいや、問題はない。頭を上げなさい、コーカデス殿」
ソロン王太子の言葉にレントが顔を上げると、ソロン王太子は微笑みを浮かべて小さく肯いて返した。
ミリも、レントがすっかり落ち着いた様に見え、レントの言葉も声もそれを表していたので、やはり小さく肯いた。
しかし、ソロン王太子がレントに向けて「だが」と続ける。
「この場の話は他言無用とした。と言う事はつまり、この場でミリ殿に聞かせても聞かせなくても、一緒だと言う事だ」
「なるほど、そうなるのですね」
レントは、それはそうかと小さく肯いた。
ミリは、それはそうだけれどそうじゃないと、僅かに口角が下がってしまった。
「それにミリ殿は、錚々たる面々に高度な教育を受けて様々な知識を持つ上に、年齢には合わない経験も色々と積んでいる。どの様な問題でも、意見を訊くに値する相手だと私は思うが、コーカデス殿はどうだ?」
「はい、王太子殿下。王太子殿下の仰る通りだと、わたくしも常々思っております」
ソロン王太子の言葉は正にその通りだと、レントは肯く。
ミリは、レントの相談事が何か分からないのに、ソロン王太子は何を無責任な事を言っているんだと、僅かに眉根を寄せてしまった。
「それなので、このままミリ殿には同席して貰うのでも良いのではないかと思うのだが、どうだ?」
「はい、王太子殿下。王太子殿下がよろしいのでしたら、わたくしにはとてもありがたい話でございます」
「そうか。では、そうしよう」
「はい」
ソロン王太子とレントの様子を見て、私には意見を訊いて貰えないのね?とミリは少し拗ねた。
けれど、レントの話に興味はあったし、ここでの話は他言無用と言う事は、つまりは忘れて構わないと言う事だと思って、聞くだけは聞かせて貰おうと納得する事にした。それにしても二人の社交辞令は大袈裟よね、などと思いながら。
「では、本題に入ってくれ」
「はい、王太子殿下」
レントが持参した資料を出そうと用意する。
その様子を見てから、ソロン王太子はミリに顔を向けた。
「ミリ殿も構わないかい?」
相談するレントと相談を受けるソロン王太子の二人が、ミリの同席を認めた後で、よろしいもなにもないけれど、とミリは思った。
しかしそもそも、自分の退席を提案したのはミリだった。だから念の為に訊かれたのだろうな、とミリは考えた。
「王太子殿下が許すのでございましたら、否はございません」
「うん?もしかしてミリ殿は、相談には乗りたくはないのかな?」
「その様な事はございません。コーカデス殿の相談事に対して、わたくしでも僅かなりとも手助けをする事が出来るのでしたら、嬉しく存じます」
ミリはレントの相談事には興味があった。ミリが気が乗らないのは、ソロン王太子との同席だ。
「そうか。それなら、積極的に意見を出して貰えるかな?」
「ご命令とあらば、その様に努めさせて頂きます」
まだどの様な相談事か分からないのに、頭に意見が浮かぶかどうかなど分からない。それなのでミリは断言を避ける。
「本当に真面目だね?それに意見を出して欲しいのは、命令ではなくてお願いだよ。希望していると言った方が合っているかな?」
どちらでも同じだと思いながらも、ミリは「畏まりました」と頭を下げた。
その様子にソロン王太子は、ミリ殿はなかなか親密度を上げてくれないな、と苦笑する。妹チリン元王女から聞いている、チリンとミリの間の様な、もう少し気易い関係をソロン王太子は望んでいたのだが、なかなか道程は長そうだ、とも思った。
そしてレントがテーブルの上に資料を揃えた。以前、レントの父スルトと祖父リートに見せた物を清書した物だ。
その資料とは別に一枚の紙を取り出して、レントはソロン王太子に差し出した。
「コーカデス領に置いて、密造が行われております」
「密造?」
ソロン王太子は眉間に皺を寄せながら、レントから紙を受け取る。
ミリは小首を傾げた。
「こちらの資料がそれに付いての明細で、今お渡しいたしました紙には、その概要を記しております」
ソロン王太子は紙に視線を落とし、「いや、これは」と呟いた。
「そちらに書いております数字は、前年度のコーカデス領の脱税額の推計となります」
脱税の言葉にレントを見たミリの目は、いつもより少しだけ大きく開かれている。
「この件に対して、わたくしがどの様に対応して行けば良いのかに付いて、王太子殿下とミリ・コードナ様に、相談させて頂きたいと存じます」
そう言うとレントは、再び深く頭を下げた。




