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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ミリで解す

 ソロン王太子とミリとレントのそれぞれがサインを済ませた三枚の契約書が、テーブルの上のそれぞれの前に置かれている。

 その目の前の一枚に指を突きながら、ソロン王太子は侍従や護衛達をもう一方の手で示した。


「この者達には私から口止めをする。もしこの者達から話が漏れたなら私が責任を取る。それなので、この者達はこの場に同席させるが、良いな?」


 ミリとレントは口を揃えて「はい」と答えて肯く。ただしレントの声は上擦り気味ではあった。

 契約書は侍従が一通毎に封筒に収め、ミリとレントの分はサイドテーブルに移した。代わりにテーブルにはお茶と茶菓子が用意される。


「さて、コーカデス殿」

「はい!」


 今度のレントの声は、明らかに裏返った。

 レントは叔母リリ・コーカデスから、ソロン王太子の人柄を聞いてはいた。コーカデス領の密造と脱税に付いて、ソロン王太子に報告する案を思い付いたのも、リリから聞いていて抱いていたソロン王太子像の影響もある。

 偉ぶる事なく物腰も思考も柔らかく、行動力もあり結果も出し続けているソロン王太子に、レントは憧れを抱いてもいた。

 王族に会うのも初めてと思っている上にその憧れの相手を前にする事で、いくら生まれてから味わった事のないほど緊張していたからと言って、レントは王太子の言葉を否定する言葉を発してしまっていた。

 その緊張の上に、この先どうなってしまうか分からない恐れからの緊張が重なり、レントの中に広がっていたやさぐれはすっかりと緊張で塗り潰されてしまっていた。

 ちなみに、緊張の所為でレントは忘れてしまっているのだが、王族に会うのは初めてではない。レントはソロン王太子の息子サニン王子にも会った事がある。


 そのレントの様子を見て、ソロン王太子は微笑みを向ける。


「それほどまで緊張をしなくても良い」

「はい!ありがとうございます!」


 ソロン王太子の言葉を優しく感じて、レントは涙が出そうだった。


 ミリはソロン王太子の表情が胡散臭いと思ったけれど、もちろんそんな事を表に現す事なく微笑んでいた。


 ソロン王太子は、自分の息子サニン王子より小さいレントが畏まっているのを見て、不憫に思っていた。背はサニン王子の方が大きいが、年齢はレントの方が一学年上だと言う事は、ソロン王太子の意識には上がっていなかったのだけれど。それでも、だから、表情が胡散臭くなる筈などない。

 王子の頃もそうだったけれど王太子になってからは大人でも、自分との謁見には緊張をするものだ。そう思っていたソロン王太子は、レントに向けて優しい目を向けている積もりだった。

 しかしそのレントの隣で、三度目とはいえ王太子との謁見に、一切の緊張を表に現していないミリを見ると、どうしても怪しんでしまう。年相応に幼くて、この場の意味が把握できていないと言うのならミリの態度も分かるけれど、ミリに限ってその様な筈などない。

 チリンが余計な事をミリ殿に吹き込んだりはしていないよな?とソロン王太子が心の片隅で疑問を思い浮かべてしまっている事が、微笑む瞳の奥に影を付けて、それをミリは感じていた。つまりミリがソロン王太子を胡散臭く感じるのは、ミリの所為でもあったと言える。


 取り敢えず、ソロン王太子はレントの緊張を(ほぐ)そうとする。こうやって時間を()いているのだけれど、レントが緊張の所為で伝えたい事を言いそびれては、折角のこの場が無駄になる。


「先ずは良ければ、お茶とお菓子を口にしなさい」

「はい!ありがとうございます!」

「ミリ殿もどうぞ」

「はい、ありがとうございます」

「そして評価を聞かせて貰えるかな?」


 そう言ってソロン王太子は摘まんでいた菓子を口に入れた。

 ミリは評価と言われて聞き返したかったけれど、ソロン王太子が菓子を食べ終わるまでは言葉を掛けられない。それなのでミリは自分も菓子を食べて、時間調整を計った。

 一方で、評価を求めるソロン王太子の言葉はミリに向けたものだったのだけれど、レントは自分にも言われたものだと受け取って、真剣な表情で菓子を口にした。口にしたのだけれど、緊張も相俟(あいま)って普段より味が良く分からない。

 ソロン王太子には、レントが何故か更に緊張を募らせた様に見えた。自分も同じ物を食べているが、緊張を促す成分など入ってはいないよな?とソロン王太子は微笑みを浮かべたまま、心の中で首を傾げる。取り敢えずソロン王太子は、レントの様子は見守る事にして、ミリをイジる事でレントの緊張を解そうとした。ミリとの受け答えを通して、自分の人柄と自分への態度の見本をレントに伝えようと、ソロン王太子は考えたのだ。


「ミリ殿?」

「はい、王太子殿下」

「今回のお菓子はどうだい?」


 ソロン王太子は、前回の謁見の時に茶菓子を食べる前にミリが緊張を表した事を思い出しながら、そう尋ねた。思い返すと初めての謁見の時もミリは、菓子を手にする直前にはやはり緊張を表していた。しかし菓子を口にした途端、そのミリの緊張は失せていた様にソロン王太子には思えていた。

 今回のミリは(はな)から緊張など見せてはいないけれど、菓子の感想を元にレントの緊張を解せそうな話の流れを作ろうと、ソロン王太子は考える。


 ミリは「どうだ」との抽象的な問い掛けに、ソロン王太子の質問の意図を計りかねていた。

 それなので無難に返す。


「大変、美味しゅうございます」


 無難な積もりが少し時代()かった言葉遣いになってしまって、ミリは少し恥ずかしく思った。もちろん表には出さないけれど。

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