ソロン王太子との謁見
レントのソロン王太子への謁見に付いては、ミリの願い通りに、元王女チリンからソロン王太子に要望してもらえる事になった。
「でもミリちゃん。条件があるわ」
「どの様な事でしょうか?チリン姉様?」
「私が書いた手紙は、あなたがソロン王太子殿下に届けなさい」
レントがソロン王太子にするであろう話に、ミリは興味があった。しかし興味があるのは話の内容だけで、ソロン王太子に会いたいとはミリは思ってはいない。
これまでの直接言葉を交わした経験から、ミリはソロン王太子にそれなりの好意を持ってはいた。しかし王族とは積極的に関わり合いになりたいとは、ミリは思っていない。
レントはソロン王太子との話の内容に付いて、ソロン王太子が許せばバル達にも伝えると言っていた。それなのでミリとしては、それを聞く事が出来ればそれで充分ではあった。
だがしかし、この状況でチリンにそう命じられたら、ミリは断る訳にはいかない。
「分かりました、チリン姉様」
そう肯くミリの様子を見て、パノとパノの弟スディオは苦笑を浮かべ、パノの母ナンテも笑みにミリに対する憐憫を滲ませたけれど、チリンは満足そうに微笑んだ。
チリンが用意してくれた手紙をソロン王太子に渡す為に、ミリが王宮に行くのにはレントも同行する事になった。
ミリがチリンの手紙を運べば、ソロン王太子は直ぐにその場で謁見してくれるに違いないとチリンは主張して、その時にレントも一緒にいないと却って面倒な事になると、チリンからの警告もあったからだ。
確かに王太子に謁見のやり直しをして貰うのは、ミリに取っては気が引ける程度の所詮他人事ではあったけれど、レントに取っては畏れ多い有り得ない話に思えていた。
そしてチリンの予想通り、ミリが手紙を王宮に届けると、直ぐにソロン王太子の下に案内をされる。案内先はソロン王太子専用の応接室だった。
ミリとレントの入室後、直ぐにソロン王太子が姿を現した。
ミリとレントはソロン王太子に向けて、王族に対しての礼を取る。
「いらっしゃい、ミリ殿」
ソロン王太子の言葉が砕け過ぎの様に思えて、ミリは一瞬言葉に詰まる。売店の店員みたい、と思いながらも、ミリは気を取り直して挨拶を述べた。
「王太子殿下に置かれましては御健勝の御様子、心よりお慶び申し上げます」
「ありがとう。さあ、顔を上げて、こちらに掛けてくれ」
ミリは一旦顔を上げて、再び会釈をした。
「ありがとうございます。王太子殿下にこちらを紹介させて頂いてもよろしいでしょうか?」
ソロン王太子はミリと一緒にいるのが誰なのか、既に連絡を受けている。しかしミリの言葉に「ああ、お願いする」とソロン王太子は答えて、紹介を促した。
「こちらはレント・コーカデス殿でございます」
「私は王太子のソロンだ。君がコーカデス殿か」
「はい、王太子殿下。スルト・コーカデス伯爵の長子、レント・コーカデスでございます。お目に掛かれて光栄にございます」
レントは緊張しながらも、詰まる事なく挨拶を述べる。その様子を見て、ミリはホッとした。ソロン王太子も微笑みを見せる。
「コーカデス殿も顔を上げて、こちらに座りなさい」
「ありがとうございます」
レントも一度頭を上げて、もう一度頭を下げた。
「ミリ殿?」
「はい、王太子殿下」
「今日もミリ殿がチリンの手紙を持って来てくれたとの事だけれど、この場で開けさせても良いのかな?」
ソロン王太子はレントの存在を気にして、ミリに尋ねる。
「今回のチリン様の手紙は、こちらのコーカデス殿に付いてとなっている筈でございます。それですので、わたくしは席を外させて頂いた方が、よろしいのではないかと存じます」
ミリの返しにソロン王太子は目を細めた。
「今日は文面を知らないのかな?」
「はい」
前回のチリンからソロン王太子への手紙の文面は、ミリはうっかり目にしてしまっていた。それなのでミリは今回は、見ない様に見ない様にと注意をしていたのだ。今回もチリンが見せようとしていたけれど、それをミリは躱していた。
「それなら先に、手紙を読んでみよう」
ソロン王太子は侍従に手紙の封を切らせる。便箋を受け取って中身を読んで、ソロン王太子は小さく溜め息を吐くと、侍従に文面を見せた。侍従はほんの僅かだけ、首を左右に振る。
その二人の仕草を見て、レントは緊張を募らせ、ミリは前回の手紙とは異なる二人の反応に不安を抱いた。
「手紙にはミリ殿に任せるとあるけれど、何かチリンから聞いている?」
「チリン様からは、王太子殿下に手紙をお届けする様にと、その際にコーカデス殿を同行させる様にとだけ申し付かりました」
「それだけだったのかな?」
「はい。他には特には伺っておりません」
「コーカデス殿」
「はい、王太子殿下」
「コーカデス殿は私に話があるのだな?」
「はい。報告させて頂きたい事と、それに関して相談させて頂けないかと考えております」
「それはミリ殿が同席しても構わない話か?」
「王太子殿下に許可を頂けるのでしたら」
「ではミリ殿。同席しなさい」
「あ!いえ!」
レントが驚いて声を上げた。
ミリはソロン王太子に同席を命じられた事に驚いた。レントの話を聞いてから、内容に拠ってミリ達に話すかどうかを決めると考えていたからだ。
そしてレントがソロン王太子の言葉を否定してしまった事に、更に驚いた。
レントも自分がソロン王太子の言葉を否定してしまった事に驚いて、顔色を失う。言葉も思考も失った。
ソロン王太子は子供二人の様子を見て小さく息を吐き、侍従に指示を出す。
侍従は予め用意していた三枚の契約書を三人の前に置いて、ペンも添えた。
「これには、この場では何を言っても不敬に取らない事と、この場で出た話は他言しない事が書いてある。これにサインをしなさい」
ソロン王太子はそう言うと、自分の前の契約書にサインをする。それに釣られてレントもサインをしようとペンを取った。
「コーカデス殿。書面は確りと確認しなさい」
ソロン王太子に注意され、レントは裏返った声で「はい!」と応えた。
これまでのソロン王太子との謁見では、この様な契約書を書いた事のなかったミリは、興味深く文章を確認して、一つ肯いてからサインした。
内容を確りと確認したレントがサインをしようとするのを見て、ミリは小声を出した。
「コーカデス殿、サインの位置が」
「あ!」
ミリの言葉に、名前を並べる時は高位の者が上に、下位の者が下に書く事を思い出して、レントはサインする位置を下げた。
「ありがとうございます、ミリ・コードナ様」
レントがミリに頭を下げて、ミリも会釈で返す。
その様子とこれまでの二人の間の雰囲気を振り返って、ミリちゃんがレント殿に恋心を持たない様にして置いて、と妹からの手紙で頼まれていたソロン王太子は、チリンの心配は早過ぎだ、と思って苦笑を零していた。




