公でダメなら
バルはバル・コードナとして当たり前の事を口にするのだけれど、ラーラの表情を見ると少し辛い。
バルは、頭を下げたままのレントに向けて、決してヤキモチで言ってるのではないからな?と言い訳を心に浮かべながら、言葉を続ける。
「ソロン王太子殿下に謁見をお願いするとなると、コーハナル侯爵家を頼る事になる」
「はい」
「そうなると私の実家であるコードナ侯爵家にも、了解を取って置く必要が出て来る。家同士の話になるからな」
「はい」
「だが君は、コーカデス伯爵家としては、話に関わらないと言う」
「あ、いえ。その様な積もりはございません」
「将来跡を嗣ぐ君が領地の為に何かをなそうとしていると言う事は、今はコーカデス伯爵家としては何もする気がないと言う事ではないのか?」
「・・・その通りでございます」
レントは正直にバルの指摘を認めた。ヤケクソで何かを行うと、その結果に拠って更にヤケクソになり易い。レントはその心理状態だった。
「そして君が何かを仕出かしたとしたら、今のコーカデス伯爵家は責任を取らず、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家が責めを負う事になる」
「いいえ、その様な事には絶対に致しません」
「どうやって?」
「どう・・・とおっしゃられましても、その様な状況にはさせないとお約束するしかございませんが」
「口約束で済ますと?」
「いいえ。書面に残させて頂きます」
「しかしその書面には、コーカデス伯爵家の家印も当主印も突かないのだろう?」
「・・・はい」
バルは、ラーラがレントを見る視線に、憐れみが増えている事に気付いていた。そうしたら当然、ヤキモチは増える。でもラーラをそんな気持ちにさせて置きたくはない。それなのでバルの追及は少し緩む。
「私はそれでも良くても、それでは私はコーハナル侯爵家もコードナ侯爵家も納得させられない」
「・・・はい」
レントの悄気た様子を見て、ラーラはバルに視線を送る。ラーラはこの場をバルに任せる気でいたけれど、口を挟みたくなって来ていた。
視線に気付いてバルはラーラを見て、肩を少し竦めて返す。
バルの言っている事は間違ってはいない。なのでソロン王太子の謁見を望むなら、後はレントがなんとかしなければならない筈だった。
バルがミリを見ると、ミリは困った様な表情を浮かべていた。ラーラもそのミリの様子に気付いたけれど、バルもラーラもミリが何を思っているのかは考え付かない。
レントが「分かりました」と顔を上げた事で、ミリは時間切れを思って「お父様」とバルに呼び掛けた。
「なんだい?ミリ?」
「家同士の遣り取りが出来ないと言う事は、個人でならよろしいのですよね?」
「個人?ソロン王太子殿下に個人的なお願いなんて、私もお母様も出来ないよ?」
「それは分かっています」
「そう?ラゴ兄上達なら私よりソロン王太子殿下と交流があったけれど、それでも個人的な頼みを遣り取り出来る間柄ではなかった筈だし」
「はい。ラゴ伯父様達に頼るのではなく、チリン様に相談してはどうかと考えました」
「チリン様に相談するって、ミリがかい?」
「はい。わたくしから個人的にチリン様に相談するのでしたら、コードナ侯爵家とコーハナル侯爵家の家同士の問題にはせずに済むのではありませんか?」
ミリのその意見を聞いて、ラーラは喜んだ。
この状況でミリがまた、バルとラーラの言う通りにすると答えそうだと、ラーラは考えていたからだ。ミリが自分の意見を伝えた事に、ラーラは笑みを浮かべる。
バルは戸惑っていた。
確かにミリは元王女チリンに可愛がって貰っている。しかしミリが仲立ちをしたからと言って、レント・コーカデスの望みをチリンが叶えるとは思えない。
チリンはバルとラーラの恋物語のファンで、その中で恋敵として登場するリリ・コーカデスには思う事があった筈だった。ただし、ミリが個人的にチリンに意見を伺って、その結果として断られるなら、確かに家同士の話にはならないで済む。
そう考えてバルは「そうだな」と小さく肯いた。
ミリが自分の味方をしてくれた事に、レントは喜びを感じていた。
バルが肯いた事も、レントに希望を感じさせた。
その二人の様子を見てラーラが微笑んでいる事にも、レントは先程までラーラに向けていた罠に付いての不安も忘れ、ラーラのこれまでの言葉の温かさのみを思い出して、温かい気持ちになっていた。
荒んでいた心が癒やされそうで、レントのヤケクソは勢いを失いつつあった。
そしてミリは実は、レントの望みを叶えたいと思っていた。
レントとの裏の手紙の遣り取りで、コーカデス伯爵領には問題があるだろう事がミリには分かっていた。レントがソロン王太子に報告や相談したい事の具体的な内容は想像出来なかったけれど、これまでレントがミリに相談して来た様な話に違いない。
そう考えたら、コーカデス伯爵領の実態を見てみたい、とミリは思い始めていた。ラーラの命令で干し魚を運ぶ為に、コーカデス伯爵領に行く事になったのも、ちょうど良い機会に思える。
ソロン王太子への話は内密の様なので、その件にどれだけ絡めるのかに付いては分からなかったけれど、バルの祖母デドラに教わった領地経営に関する知識を活かすチャンスがあるかも知れないと考えて、ミリはチリンになんとかして貰おうと考えていた。
前回、チリンからソロン王太子への手紙で、面倒な役をチリンから押し付けられていたので、これくらいならチリン姉様も融通して頂ける筈、との計算がミリの頭にはあった。




