干物対応の結論
聞き役に戻る気になってしまったミリの、その雰囲気を感じたレントとラーラは二人とも、ミリをあてにしないで話を進める事を考える。
「実は昔と同じ様に作った干物をミリ・コードナ様に見て頂こうと、領地から持って来ていたのですが、運んでいる間に傷んでしまい、本日はお持ち出来ませんでした」
「そうなのですか?傷んだとは、どの様になのでしょう?」
そうレントに向けて尋ねるラーラには、幾つかの原因が脳裏に浮かんでいた。
「本来はない臭いが干物からして、湿っぽくもなってしまっていました」
「そうなのですか。食品や食材の運搬は、難しいですものね」
「そうなのですか?」
「ええ。コーカデス領から干し魚を運ぶ時には、ソウサ商会も神経を使っていた筈です」
「干物を運ぶ為の秘訣の様なものが、何かあるのでしょうか?」
ラーラは「ええ」と口にしたけれど、しかしそのノウハウをレントに教える訳にはいかないだろうと気付く。
「どの様な品にも、それぞれに適した運び方はあるものです。当時はきっと、干し魚に適した方法があったのでしょうね」
「それが分からない限り、王都で干物を売る様には出来ないと言う訳ですね」
気落ちした様に見えるレントに「ええ」と返しながら、ラーラの良心や親心はまた刺激された。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「ミリはその辺り、どうしようと考えていたの?」
「干し魚の運搬ですか?」
ラーラは、話を聞いていたわよね?と僅かに眉根を寄せながら、「ええ」とミリに返す。
「物を見てみない事には分かりませんので、運搬方法も何も、まだ一切考えてはいませんでした」
ラーラはミリの言葉にも態度にも、また少し腹を立てた。
気持ちをはっきりと言わないミリに対して、ラーラはレントの相談に乗る様にと命じた筈だった。それなのに何も考えていないなどとは、とても思えない。
「それなら、ミリ」
「はい」
「コーカデス伯爵領から干し魚を運んでみなさい」
ミリは直ぐには意味が掴めなくて、口の中でラーラの言葉を繰り返した。そしてそのミリより早く、バルがラーラに言い返す。
「反対だ」
バルの言葉は結論を一言だけで、反論にはなっていなかった。バルの言葉の続きを待っても出て来ないので、ラーラは小さな溜め息を吐いてから尋ねた。
「バル?どうしてなの?」
「どうしても何も、そんな遠出をさせるなんて危ないじゃないか?ミリに何かあったらどうするのだ?」
「レント・コーカデス殿はこうやって王都に来ているのよ?危なくはないわ」
「いや、ミリは女の子だぞ?」
「コーカデス伯爵領は距離で言ったらハクマーバ伯爵領と変わらないし、コウグ公爵領よりは若干近いわよ?コーカデス伯爵領の手前には同じ様に、ソウサ商会の倉庫支店があるし」
「だからって危なくないかどうかは別だろう?」
「そんな事はないわよ。レント・コーカデス殿?」
「はい」
「ミリが行くならレント・コーカデス殿は、領境まで迎えに来て下さるわよね?」
「いいえ、王都まで迎えに参ります」
レントの脳裏には、ミリに密造問題の相談に乗って貰う事も浮かんでいた。
「それは二人で決めて頂ければ良いわ。ねえ?ミリ?」
「あの、お母様?」
「何かしら?」
「ソウサ商会には干し魚を運ぶノウハウがあると思いますが、わざわざ私に運ばせる意味は何でしょうか?」
ミリはレントの前で訊くべきではないかも知れないとは考えたけれど、このままではコーカデス伯爵領に行く事に決まってしまいそうなので、その前には確りと確認したいとミリは思う。後から結局ソウサ商会にノウハウを教えて貰う事になるのなら、時間もお金も無駄にする事になるとミリは考えていた。
「ソウサ商会に頼っては駄目よ。過去の経緯があるでしょう?」
ラーラの言葉がコーカデス領での広域事業者特別税の実施とそれを起因としたソウサ商会の撤退を指している事が分かり、レントはいたたまれなさを感じた。
そしてラーラ自身にもコーカデス家とは因縁がある。しかしそれには触れずに、ラーラが自分を助けようとしてくれている事にはレントも気付いていた。
それを考えるとなおさらレントはいたたまれない。
「ですからミリ、自分で何とかしてご覧なさい」
「それですと失敗すればレント・コーカデス殿や、コーカデス伯爵領に迷惑を掛けてしまう事になります」
ミリは常識的な事を返したけれど、ラーラは「いいえ」と首を左右に振る。
「あなたのする事には、私とお父様が責任を取ると言ったでしょう?ねえ?バル?」
「ああ、それはそうだが」
バルはミリの失敗には責任を取る覚悟だけれど、そもそもミリがコーカデス伯爵領に行く事は反対したいので、応とは言い切れない。
ラーラはその辺りは理解しているので、それ以上バルが言葉を続けないうちに結論を口にする。
「だからミリ。失敗してもレント・コーカデス殿にもコーカデス伯爵領にも迷惑の掛からない方法で、取り組みなさい。あなたなら出来るでしょう?」
確かにレントが干し魚を届けて来るのを王都で待つより、現地に行って情報を集めて対応した方が結果的には楽だし、お金も時間も節約出来そうにミリにも思えた。
「分かりました、お母様」
それなのでミリは肯いてそう返す。
それを見てラーラは、ミリに失敗の経験を積ませる事が出来そうな事に、満足の笑みを浮かべた。
バルはラーラとミリがレントの前で、コーカデス伯爵領にミリが行くと明言してしまった事に頭を抱えたかった。こうなったらミリを行かせるしかないので、ミリに付ける護衛を素早く選んで、もう一度鍛え直して置く計画をバルは心の中で立て始める。
そしてレントは思いも寄らなかった嬉しい状況に、もう一つの方の密造と脱税の問題に付いても、上手く相談をミリに持ち掛けられそうに思えて、気持ちを明るくした。




