みたび漁村へ
レントは一度邸に戻り、自分が王都に干物を届ける事をミリに手紙で伝えた。
それに当たってレントは、祖父リートには相談したし、祖母セリも説得したけれど、父スルト・コーカデス伯爵には手紙で報告しただけだった。
「好きにしろと言われましたし、伝えるだけで良いでしょう」
そう独り言を呟くレントの心は、干物の件が想定とは違ったりした為、前よりもやさぐれてはいる。
何しろスルトは、脱税問題ではレントに向かって好きにしろと言っていたけれど、干物の件では言っていない。それを拡大解釈して良しとしている辺り、レントも大分不貞腐れ気味ではあった。
レントはミリに手紙を出すと、また漁村を訪ねた。
するとまた、お嬢様と呼ばせていた少女ビーニが、レントの姿をめざとく見付けた。
「キロ!また仕事探しか?」
ビーニの村を通る度に、ビーニはレントに仕事を斡旋しようとしていた。レントは面倒臭くなって、仕事が見付かった事にしようかと思ったけれど、そうしたらそうしたで更にビーニに搦まれるかも知れないとも思える。
何の仕事だと訊かれたら、護衛二人分の仕事に付いても説明しなくてはならないので、それもまた面倒臭いと思ってレントは「うん」と答えた。
「だからあたしの言う事をきけって言ったろ?悪い事は言わないから、あたしの言う通りにしときな」
「ううん」
「はあ?なんでだ?だって仕事が見付かんないんだろ?」
「うん」
「キロだけじゃなくて、そっちの兄ちゃん達もだよな?」
「うん」
「・・・お前ら、もう随分と長い事、仕事を探してるよな?」
レントは面倒臭くて答えを返さなかった。確かに初めてこの村に来てから、結構な日数が経っている。それに付いてはビーニも訊かなくても分かっている筈だ。
「お前ら、まだ金あるのか?」
レントはこの質問にも答えを口にせず、ただ目を細めて訝しげな表情をビーニに向ける。
「あ!ちがう!お前らの金を狙ってるんじゃないからな?!ホントだから!」
レントはビーニから目を逸らした。
「いや!キロ!信じろって!今までだって、お前らの金を盗ろうとしたりしてないだろ?!」
ビーニは顔をレントから護衛二人に向けるけれど、武力担当の護衛は眉間に皺を寄せてビーニを一瞥して前を向いてしまい、会話担当の護衛は肩を竦めて見せるだけだった。
ビーニがレントの腕を掴もうとするのを武力護衛が遮る。
「キロ!信じろよ!お前らが金に困ってないか心配だっただけなんだ!おい!キロってば!」
「うん」
「え?・・・信じてくれるのか?」
「うん」
「そうか!ありがとう!キロ!」
ビーニは結局、次の漁村に向かう道に入るまで、レントに纏わり付いていた。
レントは、ビーニには信じないと言った方が良かったのかも知れないと、少しだけ後悔した。
干物を作る村人は、今回もレント達が声を掛ける前に気付いて、手を挙げて三人を迎えた。
「やあ、キロ。良く来たね。兄さん達も」
「こんにちは、ニダさん。またお邪魔します」
「ああ、待っていたよ。干物もそれぞれ用意してあるから」
「ありがとうございます!」
「早速、食べてみるかい?」
「はい!」
レントの元気な返事に村人ニダは笑いながら、「こっちだ」と三人を案内する。
領都の邸ではやさぐれたりして元気のない事もあるレントが、前回もニダの所に来ると明るくなる事に気付いていた護衛二人は、お互いに苦笑を見合わせてから、二人の後に付いて行った。
レントはニダに、三種類の干物を作る様に依頼していた。
「これが昔、王都に運ばれていた干物の作り方で作った物」
ニダが手で示す干物をレントは顔を近付けて眺めた。
「見た目も随分と違いますね」
振り仰いでそう言うレントに、ニダは肯いて返す。
「触ってご覧」
ニダの言葉に「はい」と返して、レントは干物に手を伸ばした。
「硬い。本当に煮干しと同じくらい硬いのですね」
「あの干物とは違うだろ?食べるともっと違うよ」
「なるほど」
レントの様子を笑みを浮かべて見ながら、ニダは別の干物の傍に立つ。
「こっちはそれより干しが甘い物」
その干物は領都で食べる事を考えて、レントがニダに賞味期限を調整して貰ったものだった。
それにもレントは手を伸ばした。
「色も硬さも、さっきのといつものとの間くらいですね」
「まあ、そう干したからね」
ニダは笑いながら、また場所を移動する。
「そしてこれが、いつものだね」
「はい。やはり見た目では、いつもの干物が一番美味しそうに見えます」
「そうかい?焼いたら見た目は余り変わらなくなるけどね」
「そうなのですか?」
「まあ、焼いてみようか」
「はい」
レントはニダに干物の焼き方も教わっていた。今回もニダに見守られながら、三種類ともレントが焼く。
前回、レントが焼くと言い出した時に、護衛二人は当然止めた。しかしレントが煮干しも自分で炙っていると主張して、魚を焼く事を譲らなかったので、二人は渋々とレントの主張を受け入れて、レントが焼く姿をハラハラとしながら見守った。だがさすがに、魚を捌きたいとのレントの要望は、認めてはいなかった。
魚を捌く事は二人が絶対に許さないだろうと思っていたレントは、それを譲る事で魚を焼く権利を手に入れていたのだった。
焼けた干物を交互に味わう。
「確かに、格段の差ですね」
レントの言葉にニダは苦笑する。
「水分を飛ばす事で日保ちをさせるから、どうしても差は出てしまうね」
ニダはそう言いながら、王都向けの干物を口にした。
「これだって、浅干しの物と比べなければ、そこそこ美味しいとは思うんだけれどね」
「はい。煮干しよりは美味しいです」
「まあ煮干しは食用ではなくて、出汁を取る様に作っているからね」
そう言いながらニダは領都向けの干物も口にする。
「そうでした。失礼しました」
「失礼ではないよ」
ニダは自分がいつも食べている干物も口にして、「うん」と肯いた。
「どれも上出来」
笑うニダから視線を移して、レントは王都向けの干物をつぶさに見詰める。
護衛二人も二人に倣って、干物を食べ比べてみている。
その三人の様子を見て微笑みながら、ニダは立ち上がった。
「さて、酒と芋を用意しようか」
「ああ。手伝うよ」
会話護衛が立ち上がる。それに肯いてニダは、まだ干物を見詰めているレントに視線を向けた。
「あの干物も食べるかい?」
レントが顔を上げて「是非!」と言う。
会話護衛がその様子を笑って見てからニダに顔を向けた。
「俺も頼む」
「俺もお願いしたい」
武力護衛も強く肯いてニダに言う。
「じゃあ持って来るから、兄さんは芋と酒を頼むよ」
「ああ、任せてくれ」
そう応えて会話護衛が建物の中に入って行く。ニダは少し離れた別の建物に向かった。
前回ニダの所に泊まった時に、三人は臭いの強い干物を食べて、それの虜になっていた。




