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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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好きにして良し

 レントは慌てて父スルトを追い掛けたが、スルトはレントの声を無視して振り向きもせずに馬車に乗り込み、視察に向かって出発してしまった。


 レントは急いで邸内に戻って祖父リートを探す。リートを見付けるとレントは執務室に連れて行き、人払いをして室内には二人だけになった。


「どうしたのだ?レント?」


 珍しいレントの慌て振りに、リートはソファにも座らずに立ったまま、レントに声を掛ける。

 使用人を追い出してドアを閉めていたレントは、ドアに両手を突いたまま顔だけ振り返り、「お祖父様」と弱々しい声を出した。

 ここまでの勢いとその声とのギャップにリートは驚く。


「スルトと何かあったのか?」

「それもそうなのですが、コーカデス領で大きな問題が起こっているのです」


 レントは執務机の引き出しを開けて、目当ての資料がない事に驚いた。そのレントの表情を見てリートも再び驚く。


「どうしたのだ?」


 リートの声に「資料が」と呟いて血の気を失った顔を向けて、テーブルの上に置きっ放しだった資料がレントの目に入った。


「ありました!それです!」


 執務机に膝を()つけながら、レントはテーブルに走り寄ると、資料を手に取ってリートに突き出す様に差し出す。

 資料の一枚目を指差しながら言葉の出ないレントは、自分の慌て振りにようやく気付いて二呼吸置いて、声を低く小さくしてリートに向けて告げた。


「コーカデス領内で、密造が行われています」

「なに?」


 リートは眉間に深く皺を寄せて、資料をレントから受け取る。そして一枚目の内容を読んで、更に眉間の皺を深くした。


「これは、事実なのか?」

「製造量はわたくしの推測ですが、密造されているのは事実です」


 リートが視線を資料からレントに移す。


「それで?スルトは何と?これをスルトにも見せたのだな?」

「はい。父上は好きにしろと」

「好きにしろ?」

「はい。わたくしに対して、好きにしろとだけ仰いました」

「好きにしろとはどう言う意味だ?」


 レントの話にリートは戸惑いを顔にも声にも表した。けれどリートの質問にはレントも戸惑う。

 レントの困った表情を目にして、リートはもう一度資料に目を落とした。


「好きにしろとはつまり、これをスルトは自分では解決しないと言う事だな」

「そうなのだと思います」

「しかしだな?レント?これはさすがにお前の手に余るのではないか?」

「はい。どうしたら良いのか分かりません」

「それはそうだろう」


 リートは自分が領主の時にこれが発覚していたら、やはりどうしたら良いのか途方に暮れただろうと思った。

 そして、スルトも多分同じなのだとリートは考えた。


「レント」

「はい、お祖父様」

「スルトはお前の好きにして良いと言ったのだな?」

「はい」

「それならば、お前の好きにしなさい」

「え?そんな?お祖父様?」

「責任はスルトが取る」

「え?お祖父様?」

「好きにしろとはそう言う意味だ」

「いや、ですが、わたくしにはどうしたら良いのか、全く目処も立たないのです」

「それはスルトも同じだろう」

「え?父上も?」


 レントの驚きの表情に、私もだがな、と思ってリートは苦笑いをする。


「ああ。だからレント。お前に対応策が思い付かないのならば、何もしなくても良い」

「いえ!ですがお祖父様?!このまま放置する訳にはいかないではありませんか?!」

「今まで放置されていたのだ。放置のままでも構わん」

「そんな、訳には」

「そんな訳に行く。これは最近のレントの視察で見付けたのだな?」

「はい、そうですが」

「それならスルトも気付いて放置しているのかも知れん」

「え?でも、その様な事は」

「まだ子供のお前が少し視察しただけで、見付ける事が出来たのだ。もう何年も領主を務めているスルトが、見付けられていないと考える方が私は納得出来ないが、レント?お前はどう思う?」


 スルトに「領主の才能がないと言いたいのか」と言われた事が、レントの脳裏に浮かぶ。


「それは、そうですが・・・」


 レントの言葉は歯切れが悪くなった。

 そして密造を()めさせたら、町や村の景気は悪くなるだろうと言う予測も、レントは思い出す。


 リートはレントの隣に立ち、資料をレントに返した。そしてレントの肩に手を置いて、顔をレントの顔に近付ける。リートはレントの耳に囁いた。


「正直な所、私はスルトよりもレントの方が、領主に向いていると思っている」


 レントは驚いて、顔をリートから離した。


「え?お祖父様?」


 レントの表情を見て、リートは一瞬苦笑いを浮かべたが、直ぐにレントに向けて真面目な顔をして見せた。


「大変な状況でスルトに領主を譲った私が、口にして良い言葉ではない。だがな、レント。私はコーカデスを侯爵家に戻したいと言ってくれたお前に、期待をしているのだ」


 リートに期待されている事は、レントも普段から感じている。しかしだからと言って、いますぐ何かを成し遂げられるとは、レントは自分の事を思わないし、リートにも思わないで欲しいと思った。


「レントが何も行わないとしても、責任を取るのはスルトだ。それは分かるな?」

「それは、はい」

「そしてレントに好きにしろと言ったのだから、レントが何かを行ったとしても、責任を取るのはスルトだ」

「いや、ですが」

「いや、大丈夫だ。干物みたいに言った言わないにならない様に、私からスルトに手紙を書いて、書面で回答させて置く」

「え?ですが、お祖父様?」

「大丈夫だ。任せて置け」


 深く肯きながらそう請け負うリートに、レントは「はい」と小さく肯き返すしか応えられない。


 まだ心配そうな様子を見せるレントに対して、肩を叩きながらリートは「大丈夫だ」ともう一度深く肯いた。

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