好きにして良し
レントは慌てて父スルトを追い掛けたが、スルトはレントの声を無視して振り向きもせずに馬車に乗り込み、視察に向かって出発してしまった。
レントは急いで邸内に戻って祖父リートを探す。リートを見付けるとレントは執務室に連れて行き、人払いをして室内には二人だけになった。
「どうしたのだ?レント?」
珍しいレントの慌て振りに、リートはソファにも座らずに立ったまま、レントに声を掛ける。
使用人を追い出してドアを閉めていたレントは、ドアに両手を突いたまま顔だけ振り返り、「お祖父様」と弱々しい声を出した。
ここまでの勢いとその声とのギャップにリートは驚く。
「スルトと何かあったのか?」
「それもそうなのですが、コーカデス領で大きな問題が起こっているのです」
レントは執務机の引き出しを開けて、目当ての資料がない事に驚いた。そのレントの表情を見てリートも再び驚く。
「どうしたのだ?」
リートの声に「資料が」と呟いて血の気を失った顔を向けて、テーブルの上に置きっ放しだった資料がレントの目に入った。
「ありました!それです!」
執務机に膝を打つけながら、レントはテーブルに走り寄ると、資料を手に取ってリートに突き出す様に差し出す。
資料の一枚目を指差しながら言葉の出ないレントは、自分の慌て振りにようやく気付いて二呼吸置いて、声を低く小さくしてリートに向けて告げた。
「コーカデス領内で、密造が行われています」
「なに?」
リートは眉間に深く皺を寄せて、資料をレントから受け取る。そして一枚目の内容を読んで、更に眉間の皺を深くした。
「これは、事実なのか?」
「製造量はわたくしの推測ですが、密造されているのは事実です」
リートが視線を資料からレントに移す。
「それで?スルトは何と?これをスルトにも見せたのだな?」
「はい。父上は好きにしろと」
「好きにしろ?」
「はい。わたくしに対して、好きにしろとだけ仰いました」
「好きにしろとはどう言う意味だ?」
レントの話にリートは戸惑いを顔にも声にも表した。けれどリートの質問にはレントも戸惑う。
レントの困った表情を目にして、リートはもう一度資料に目を落とした。
「好きにしろとはつまり、これをスルトは自分では解決しないと言う事だな」
「そうなのだと思います」
「しかしだな?レント?これはさすがにお前の手に余るのではないか?」
「はい。どうしたら良いのか分かりません」
「それはそうだろう」
リートは自分が領主の時にこれが発覚していたら、やはりどうしたら良いのか途方に暮れただろうと思った。
そして、スルトも多分同じなのだとリートは考えた。
「レント」
「はい、お祖父様」
「スルトはお前の好きにして良いと言ったのだな?」
「はい」
「それならば、お前の好きにしなさい」
「え?そんな?お祖父様?」
「責任はスルトが取る」
「え?お祖父様?」
「好きにしろとはそう言う意味だ」
「いや、ですが、わたくしにはどうしたら良いのか、全く目処も立たないのです」
「それはスルトも同じだろう」
「え?父上も?」
レントの驚きの表情に、私もだがな、と思ってリートは苦笑いをする。
「ああ。だからレント。お前に対応策が思い付かないのならば、何もしなくても良い」
「いえ!ですがお祖父様?!このまま放置する訳にはいかないではありませんか?!」
「今まで放置されていたのだ。放置のままでも構わん」
「そんな、訳には」
「そんな訳に行く。これは最近のレントの視察で見付けたのだな?」
「はい、そうですが」
「それならスルトも気付いて放置しているのかも知れん」
「え?でも、その様な事は」
「まだ子供のお前が少し視察しただけで、見付ける事が出来たのだ。もう何年も領主を務めているスルトが、見付けられていないと考える方が私は納得出来ないが、レント?お前はどう思う?」
スルトに「領主の才能がないと言いたいのか」と言われた事が、レントの脳裏に浮かぶ。
「それは、そうですが・・・」
レントの言葉は歯切れが悪くなった。
そして密造を止めさせたら、町や村の景気は悪くなるだろうと言う予測も、レントは思い出す。
リートはレントの隣に立ち、資料をレントに返した。そしてレントの肩に手を置いて、顔をレントの顔に近付ける。リートはレントの耳に囁いた。
「正直な所、私はスルトよりもレントの方が、領主に向いていると思っている」
レントは驚いて、顔をリートから離した。
「え?お祖父様?」
レントの表情を見て、リートは一瞬苦笑いを浮かべたが、直ぐにレントに向けて真面目な顔をして見せた。
「大変な状況でスルトに領主を譲った私が、口にして良い言葉ではない。だがな、レント。私はコーカデスを侯爵家に戻したいと言ってくれたお前に、期待をしているのだ」
リートに期待されている事は、レントも普段から感じている。しかしだからと言って、いますぐ何かを成し遂げられるとは、レントは自分の事を思わないし、リートにも思わないで欲しいと思った。
「レントが何も行わないとしても、責任を取るのはスルトだ。それは分かるな?」
「それは、はい」
「そしてレントに好きにしろと言ったのだから、レントが何かを行ったとしても、責任を取るのはスルトだ」
「いや、ですが」
「いや、大丈夫だ。干物みたいに言った言わないにならない様に、私からスルトに手紙を書いて、書面で回答させて置く」
「え?ですが、お祖父様?」
「大丈夫だ。任せて置け」
深く肯きながらそう請け負うリートに、レントは「はい」と小さく肯き返すしか応えられない。
まだ心配そうな様子を見せるレントに対して、肩を叩きながらリートは「大丈夫だ」ともう一度深く肯いた。




