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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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好きにしろ

 レントの父スルトは、レントが手伝った仕事の内容を確認もせずに完了とした。そして予定より早く、視察に戻ろうとしていた。

 それに気付いたレントが慌ててスルトを止める。


「お待ち下さい父上!」

「なんだ?お前の好きにすれば良いだろう?」


 スルトには睨まれてそう言われ、レントは面食らう。


「どうしたのですか?父上?」


 レントの言葉が惚けている様に思えて、スルトの機嫌は途端にかなり悪くなった。


「私はコードナ家に頭を下げたりはしないからな!」

「それは、干物の件ですね?」


 聞くまでもないとは思ったけれど、レントはスルトに喋らせる事で、スルトの気分を多少は落ち着かせようと試みる。


「お前が勝手に始めたのだ。お前が勝手に頭を下げるのだな」


 意地の悪い表情を浮かべるスルトに、レントは肯いて返した。


「はい。ミリ様にはわたくしが頭を下げますので、父上にご心配して頂かなくても大丈夫です」


 意地の悪い感情を心に浮かべる事で少し収まっていたスルトの機嫌が、レントの言葉に煽られてまた悪くなる。

 しかしスルトはレントに()つける言葉が浮かばずに、「勝手にしろ!」とだけ口にした。


「あ!お待ち下さい!父上!別の話があるのです!」

「別の話だと?」

「はい。取り敢えず執務室にお戻り頂けますか?」

「いいや。私はもう出掛けるのだ」

「予定では視察は明後日からではありませんか?」


 このレントの言い方にもスルトはイラッとさせられる。しかしその通りではあったので、スルトはレントを睨むだけだった。

 レントは睨まれた事に気付かぬ振りをして、スルトの耳に囁いた。


「お祖父様にもまだお伝えしていない話があります」

「なんだ?ソウサ商会の乗っ取りでも企んでいるのか?」


 スルトの軽口に、スルトは一瞬だけ眉根を寄せる。しかし直ぐに真面目な表情を作ると、また囁いた。


「いいえ。コーカデス領の事です」


 スルトから体を離して、レントは執務室にスルトを促す。


 レントの様子に不気味なものを感じ、使用人に出発の延期を告げると、スルトは執務室に足を向けた。

 その後ろをレントは、いつスルトが振り返っても良い様にと、真剣な表情を浮かべながら付いて行った。



 執務室に入るとレントは使用人を下げさせて人払いをする。

 レントが護衛も下がらせた事で、スルトは少し緊張をした。しかしレントの体格を見て、力でならレントに勝てるとスルトは自分を納得させると、ソファに座って体の力を抜く。

 そしてレントがお茶も用意させずに使用人を下がらせていた事に、また少しスルトの機嫌が悪くなった。こうなったら酒でも飲むか、とスルトは思う。しかし酒を飲んでしまえば、今日は視察に出発出来なくなるかも知れないと考えて、その自分の考えにまた少し、スルトは機嫌を悪くした。


 レントが執務机の引き出しに手を掛けると、何を取り出すのかとスルトはまた緊張をした。その机は当主の物なので、引き出しに何が入っているのか、本来ならスルトがわかってもいる筈ではあった。


 レントは厚い資料を引き出しから出して、スルトの前に置く。そしてスルトの傍に立ったまま、説明を始めた。


「これは領地で作物、果実、肥料、塩、酒を密造している町や村の報告書になります」


 レントの言葉にスルトは目を細める。


「密造?」

「一枚目に概要を纏めていますので、ご覧頂けたらと思います」


 そこには町村の名前と密造している品、そして年間製造量の推計値が記載されていた。


「密造とは、どう言う事だ?」


 スルトのその表情を見て、父上は密造と言う言葉は知っていますよね?とレントは少し不安を感じた。


「これらの町村から領主である父上に報告されている収入に、記載されていない物があり、更には作られてなどいない筈の酒を作っている所もあると言う事です」

「つまり?」


 スルトにつまりと訊かれて、レントは一瞬言葉に詰まる。

 もしかしたら事の重大さにスルトの思考が停止しているのかも知れないと考えて、レントは一番重要な問題から口にする事にした。


「つまり、コーカデス領から国に納める税金は実態より少なく、コーカデス領は脱税していると扱われる事になります」

「脱税?」


 大問題の筈なのに、スルトの反応が鈍い事に、レントは不安を募らせた。

 スルトがハッと笑う。


「我が領は脱税などしていない。領民からの税金を誤魔化さずに、それに基づいた金額を国に納めているのだからな」


 そう言うとスルトは立ち上がろうとする。それをレントは手で制した。


「お待ち下さい。領民の脱税は領主の罪になります」

「はあ?何を言っているのだ。何故領民の罪を領主が被らなければならないのだ?」


 父上は本気で仰っているのでしょうか?とレントはスルトの表情を探る。しかしスルトはレントを試そうとしている様にも、騙そうとしている様にも見えない。この場を納めて話から逃れる為に、何とか誤魔化そうとしている様にも見えなかった。


「父上?領民の脱税に、領主が気付かない事はまずありません」

「なに?」

「ですので気付かなかったとしたら領主が領地を管理出来ていないか、あるいは気付いていて見ない振りをしているのか、そのどちらかとして扱われ、いずれにしても領主の罪となります」

「は?馬鹿な事を言うな。領民一人一人がきちんと納税しているかなど、領主の立場で分かる訳がなかろう?」

「分かる分からないの話ではなく、領民にきちんと納税させる事は領主の責務です」

「なにを言っているのだ。そんなのは分かる訳がないと言っているではないか?」

「いいえ、父上」


 レントは資料を手に取った。


「これはわたくしが領地内を視察して調べた結果です」

「だから何だ?」

「ほんの僅かな時間、領地を視察しただけで、これだけの密造が見付かったのです」

「だから何だと言うのだ?」

「ですから、父上。視察さえしていれば、分からない筈がないのです」


 スルトは立ち上がって、レントを見下ろした。


「つまりお前は、私には領主の才能がないと言いたいのか?」


 思ってもいないスルトの返しに、レントは思考が停止した。スルトの言葉の意味を理解したレントの体から力が抜ける。そして肺から出た空気に押されて「へ?」との声が出た。

 スルトはレントに背を向ける。


「それならお前の好きにしろ」


 そう言うとスルトはそのまま、執務室を出て行った。


 執務室のドアが閉まった時に、レントの口からはもう一度「へ?」との声が出た。

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