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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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レントの呑気

 執務室にレントの父スルト、祖父リート、祖母セリが揃って入って来る。それに気付いたレントは書類から顔を上げて、執務机の椅子から立ち上がろうとした。


「レント!どう言う事だ?!」


 立ち上がろうとしたレントは、スルトが怒鳴るのを聞いて動きを止める。驚いた表情をしてはいるけれど、父上も大きな声を出せるのですね、などと結構呑気な事をレントは考えていた。


「皆さんお揃いで、何のことでしょう?」


 そう返しながら、今のセリフは少し悪役みたいでしたね、などとやはりレントはどこか呑気だ。


「惚けるな!コードナ家に干物の販売の手伝いを依頼した件だ!」

「レント?スルトには許可を取っていたのではなかったの?」


 セリが心配そうな表情で尋ねる。その横でリートは渋い顔をしていた。


「ええ。許可を頂きましたよね?父上?」

「は?え?何を言っている?!」


 言葉に自信を見せるレントに対して、スルトの言葉は強い語調ながら狼狽を含んでいる。

 レントはスルトの言葉に動揺も見せずに、変わらぬ調子で返す。


「わたくしが相談をさせて頂いたら、父上は好きにしろと仰ったではありませんか?」

「え?」

「どう言う事だ?スルト?本当なのだな?レント?」


 リートが更に表情を渋くして尋ねるのに対して、スルトは答えず、レントは「はい」と確りと肯いた。


「お祖父様にもお祖母様にも、その時直ぐに報告させて頂いておりましたけれど、お忘れでしょうか?」

「覚えておる。だがスルトはその話を聞いていないと言っておるのだ」

「確かにスルトから許可を貰ったのよね?レント?」


 リートは不快を、セリは心配を表情に浮かべている。その二人に向かってレントは、静かに「はい」と返した。

 そしてスルトは、なんとか否定の言葉を口にする。


「いや、私はそんな話を聞いていない」


 レントはスルトを真っ直ぐ見て、「いいえ」と返す。


「前回お帰りになった時に、父上にお時間を下さいとお願いして、視察に出発する当日になって相談する事が出来たのです」

「あの日よね?」

「はい」

「間違いないのだな?」

「はい。間違いありません」


 言い切るレントの様子を見て、セリもリートもスルトを向いた。


「レントはこう言っているけれど、どうなの?スルト?」

「あ、いや」


 疑問形ではあるけれど、問い詰める様なセリの口調に、スルトは答えを言い淀む。

 一方リートは表情を少し抑えて、スルトに尋ねた。


「あの日にレントと話した事は覚えておるのか?」

「いや、しかし」


 はっきりしないスルトの返事にセリは眉間に皺を寄せる。そしてそのままの表情をレントに向けた。


「レント?」

「はい、お祖母様」

「あなたはスルトと話すと言って、この執務室に来ましたよね?」

「あの日ですよね?はい。そこしか時間が取れないと、父上に言われましたので」


 レントは特に表情を変えずに肯いて、セリの言葉を肯定した。

 しかしスルトには、レントに対して時間を取る約束をした覚えもなかった。当然、話をした記憶もない。


「だが確か、直ぐに執務室から出て来たのではなかったか?」


 リートの言葉にレントは肯く。


「はい、お祖父様。父上に概要を伝えただけで、わたくしの好きにしろと仰って頂いたので、直ぐにここから退出しました」


 リートはそれだと思った。


「いや、コードナ家に協力を仰ぐなどと言う話は聞いていない!」


 簡単そうにレントが端折って話をしたから、自分の記憶には残っていないのだとスルトは考えた。

 そのスルトの言葉に対し、レントは困惑を顔に浮かべる。


「そんな事を仰られても」


 レントを睨むスルトも、スルトを見詰め返すレントも、そこで口を閉じてしまう。

 二人の様子を見てセリが口を挟んだ。


「コードナ家の事は、スルトには伝えていなかったの?」


 レントは首を左右に振る。


「いいえ、お祖母様。家同士が絡む話ですから、父上にはまず一言目に伝えました」

「そうよね?伝えない訳はないわよね?」

「はい」


 ホッとした様子のセリに、レントは肯いて返した。

 大分(だいぶ)表情を抑えたリートがレントに尋ねる。


「スルトは何か、他の事でもしながら聞いていたのか?」

「はい。父上は手紙を見ていらっしゃったと思います」

「手紙?」


 スルトが顔を蹙めて呟いた。

 リートはスルトをチラリとだけ見て、視線をレントに戻す。


「レント?お前はスルトが手紙を読んでいる事を承知していながら、注意を向けていないスルトに対してその話をしたのか?」


 レントは首をほんの少しだけ左右に振った。


「手紙を見て微笑んでいらっしゃいましたが、わたくしの話に相槌を打っても下さっていましたので、手紙は見ているだけで読んではいないと思っていました」

「手紙って、あの時か?」


 スルトは独り言の様にまた呟く。今度は三人がスルトを見た。


「思い出して頂けましたか?」

「思い出したのね?スルト?」

「あ、いや」

「どっちなのだ?スルト?」

「レントが来た事はありましたが、あの日だったかどうか」


 スルトの声は、段々と小さくなった。


「レントはあなたが帰って来たらいつも、あなたに時間を貰って色々と領政の事を手伝っているではありませんか?あの日もレントは確かにこの執務室で、あなたと話をしていた筈ですよ?」

「お前はいつもそんな風に、レントを見もせずにレントの話を聞いているのか?」


 スルトは言葉に詰まった。

 リートが当主だった頃、リートはスルトの話をスルトを見ずに聞いていた。もっと幼い頃、セリがリートの話を聞こうとした事はなかった。

 スルトはそう思うと、今の状況にも心に諦めが浮かんで来る。


「とにかく、コードナ家からは相談に乗るとの回答が来たのだ」


 そう言ってリートは、ミリからの手紙をレントに差し出した。

 レントは手作り封筒を見てうっかりと喜びを顔に出しそうになる。しかしこの状況で喜んだりしたら話が拗れるかも知れないと考えて、レントは慌てて表情を抑えて真面目な顔をして、ミリからの手紙を受け取った。


「レント」

「はい、お祖父様」

「くれぐれもコーカデス家の名を辱める様な事はするなよ?」


 リートはレントがスルトに対して、何か仕組んだのかも知れないとも考えていた。しかし既にミリから応諾の返事が来てしまっているので、今更それを究明しても仕方がないと判断する。


「はい、お祖父様」

「私達にちゃんと報告をして、何かあれば直ぐに相談するのですよ?」


 セリはスルトの不貞腐れた様な表情に気を落としながら、レントなら分かっていると自分でも思っている事を改めて口にした。


「はい、お祖母様」


 レントは神妙な表情で、セリの言葉に肯いた。


 スルトは、好きにしろ、と思いながら、自分の執務室から出て行った。


 そのスルトの後ろ姿を見てレントは、父上にお帰りなさいと言いそびれましたね、と呑気な事を考えていた。

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