ラーラの命令
ミリにどうしたら気持ちが伝わるのか、どうしたら自分の考えを話してくれるのか、分からないラーラの心に投げやりな気持ちが浮かぶ。
「ミリ」
「はい、お母様」
「私達がレント殿の依頼を断りなさいと言えば、あなたは断るのね?」
「ラーラ」
急にラーラの言っている事が乱暴になった様に感じて、隣に座っているバルがラーラの膝に手を置いて落ち着かせようとした。けれどラーラはバルを制する。
「待って、バル。ミリ?そうなのね?」
「はい、お母様」
「レント殿との文通も止めなさいと言えば、あなたは止めるのね?」
ミリはラーラの祖母フェリの墓前での失敗をした時から、レントとの文通を止める機会を探していた。
「はい、お母様」
文通を止めるのはミリに取っては願い通りなのだったけれど、失敗を思い出してしまった所為で顔を赤らめながら、ミリは肯いた。
そんなミリにラーラは腹が立って来ていた。そして意地悪な気分にもなって来る。
「バル」
「え?なんだい?」
ラーラに待ってと言われていたけれど、このタイミングでこんなに早く話が回って来るとは思っていなかったバルは少し慌てた。
「バルはミリが、レント殿を手伝っても良いの?」
「それは、もしミリがそれを望むなら」
本心は違うので、バルの言葉は歯切れが悪い。
「レント殿を手伝うのも、文通を続けるのも、ミリが望めば良いのね?」
「あ、いや、まあ」
「バル?バルが曖昧な態度を取ったら、ミリが迷うわよ?」
意地悪な気持ちになっていたラーラは、八つ当たり気味にバルにも厳しかった。
「いや、良い。ミリが望むなら、文通も手助けも認める」
「そう」
自分を納得させるかの様に答えるバルに、そう答えさせようとしていたラーラは平坦な声だけ返してミリを向く。
「ミリ?」
「はい、お母様」
「私とお父様がレント殿の手助けはして、けれども手紙の遣り取りは止める様に言ったらどうするの?」
「え?」
ミリにはラーラの言う状況が、咄嗟にはイメージが出来なかった。そしてよく考えてもよく分からない。少しずつミリの眉根が寄って行く。
「それでも私とお父様の言葉に従うの?」
「・・・はい」
「どうやって?」
どうも何も、ミリには方法が一つしか思い浮かばない。
「コーカデス伯爵領に私が行くか、レント殿に王都に来て貰う事で、連絡を取り合います」
「え?ミリ?」
ミリがコーカデス伯爵領に行く話になるとは思っていなかったバルは慌てた。しかし先程、ミリが望むなら認めると言った手前、バルはさすがに反対意見も出し難い。
一方でラーラはミリの答えを予想していた。ただし実現性には疑問を持っている。
「その様な大変な事、出来るの?」
「はい」
「続けられる?」
「はい」
ミリはハクマーバ伯爵領に行った経験から、コーカデス伯爵領に通う事にも目処を立てていた。
しかしラーラはコーカデス伯爵家の財政事情を考える。
「あなたは大丈夫でも、レント殿には無理かもよ?」
「それなら私が、王都とコーカデス伯爵領を往き来します」
「ミリ?いくらなんでもそれは無理だよ?」
さすがにバルが口を挟む。そもそもレントからお願いされた事で、なぜミリがそんなに時間を使ってまで苦労しなければならないのかと、バルは納得がいかないと思った。
けれどラーラには、ミリが苦労を厭わないのは、レントの為とはミリが思っていないと思えている。ラーラは二人の遣り取りを文通しか直接には知らない。しかし手紙の内容からは、レントの為にミリがそこまでする様にはラーラには思えなかった。
「そこまでするのは、私とお父様がそれを命じるからね?」
「はい」
「いや、はいって、ミリ」
その様な苦労をミリに命じる積もりは一切、バルにはない。
「お父様がミリの好きにして良いと言っていて、けれど私がそれを命じたら、ミリはどうするの?」
「いや、ラーラ」
ラーラがもしミリにそんな苦労を命じたら、絶対に止めようとバルは思った。
「その場合はお母様の命令に従います」
「いやいや、ミリ?」
バルが止める間もなくミリがコーカデス伯爵領に行ってしまいそうに思えて、バルはまた慌てた。
「バル?」
「いや、ラーラ?どうしたんだい?そんな事、ミリにやらせる訳にはいかないだろう?」
「バルはミリが文通する事は反対なの?」
「いや、確かにレント殿との文通をミリに薦めたりは出来ないけれど、するなとは言わないよ」
「それはレント殿の手伝いもよね?ミリがやると言えばやらせるのでしょう?」
「それはそうだけれど」
「ミリ」
「はい、お母様」
「文通は続けなさい」
「え?お母様?」
「レント殿からの依頼も受けて差し上げなさい」
「え?ラーラ?」
「あの、お母様?よろしいのですか?お父様も?」
バルもミリもラーラの狙いが分からなくて、お互いに見合ったりラーラを見たり、顔を何度も動かしている。
「よろしいも何も、そうしなさいと言ったのです。バルも良いわよね?」
「あ、ああ、まあ」
「良いわよね?バル?」
曖昧な返事を許さないラーラの口調に、バルは観念した。
「分かったよ。ミリ」
「はい、お父様」
「お母様の言う事をききなさい」
「・・・はい、お父様」
「ミリ、まだあります」
「はい、お母様」
「ソウサ商会やソウサ家の力は借りないでやってみなさい」
「え?干し魚の販売をですか?」
「手紙には販売まで手伝って欲しいとは書かれてはいないでしょう?」
「それは、はい」
「あなたにはミリ商会があるのだから、ミリ・コードナとして、ミリ商会を使って出来る範囲でやってみなさい」
「・・・はい」
「そんな不安そうな顔をしないのよ。失敗しても私とお父様が責任を取りますから。ね?バル?」
「ああ、もちろんだ」
それはもちろんその通りだと、バルはミリに向かって強く肯く。
そのバルの様子に小さく肯いて、ラーラはミリを見詰める。
「だからミリ?思うようにやってご覧なさい」
レントからの手紙を読んで、自分の中で出していた結論とはすっかりと異なる結果になって、ミリは戸惑っていた。しかしラーラの意見に反論する事は出来ずにミリは「はい」と、いつもより少しだけ小さめの声で答えた。




