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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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他国の干物か何か

 村人を会話担当の護衛が手伝って、酒と()かし芋が出される。自分達も手前の漁村で仕入れた果物を出したり、干し肉を出して干物と一緒に炙ったりして、村人から色々な話を聞きながら、レントは楽しい時間を過ごした。



「そう言えば一人で暮らしていらっしゃる様ですけれど、干物も煮干しも一人で作っているのですか?」


 レントの問いに村人は少しだけ首を傾げて目を閉じて、息を吐く様に「ああ」と答えた。


「先のない仕事だから。跡を継がせる者もいないしね」

「でも、煮干しは今も売っているのですよね?」

「それだけでは食べて行けないから、干物を作って自分で食べているのさ」

「干物って、もっと作れないのですか?」

「作ってどうするんだい?」

「また王都の港に持って行くとか」

「汎用的な食品と違って干物の様な特産品は、また買って貰える様になるのは難しいんだよ」


 村人の苦笑いに、レントは首を傾げた。


「え?それは何故?」

「売られなくなっても欲しがっている人がいたら、その人はなんとか他から手に入れるのさ。例えば他の国から買ったりね」

「でもこんなに美味しいんだから、新しく買ってくれる人がいますよ」

「それはいるかも知れないけれど、昔の様な売上になるまでには何年も何十年も掛かる。そもそもはこの国でも食べられていたから、港でも買われていたのだしね。流通が一旦なくなったら、そう簡単には元には戻らないさ。そんな将来が見通せない仕事を継ぐ人はいないし、継がせるのも無責任じゃないか」

「それは・・・そうかも知れませんけれど」

「作り手だけじゃなくて売り手だってそうだよ。王都まで運んで売れなかったらどうするんだい?その売り手もこの国の人間なら、自分で食べる訳にもいかないしね」

「神殿の教えがあるから?」

「そうも思っていたけれど、この兄さん達は神殿で習ったから食べなかった訳じゃないんだろう?」

「そうですね」

「魚を食べないって言うのはもう、神殿とは関係なくても、この国に風習として根付いているんだよ」


 レントは視線を下げて、目の前で焼かれている干物を見た。


「干物って、一つの文化だと思うのですけれど」


 レントの言葉に村人が「ふふふ」と笑う。


「大袈裟だね」

「ですが、いきなり作られた訳ではありませんよね?先人の試行錯誤や閃きが詰まっていると思うのです」

「まあ、そうだね」

「それがこのまま途絶えてしまうなんて、勿体なく思うのです」


 村人が笑って「そんな事ないよ」とレントの肩に手を置く動きに、護衛二人がピクリと反応する。


「他国にも干物はあるって言ったろう?たとえこことは違う魚を使っていても、干物は干物だよ。それに神殿が廃れて新しい宗教が入って来たら、今度はみんなして干物を食べる様になるかも知れない。そうしたらまたこの村でも、干物作りが始まるさ」

「でもそれは、あなたの干物とは違うかも知れない」


 真剣な顔のレントに、村人は微笑みを返した。

 村人は手元に視線を落として、焼いている干物をひっくり返す。


「木屑みたいになった魚を出汁に使う国があるけれど、知っているかい?」


 レントを振り向く村人に、レントは「木屑ですか?」と小さく首を振って返した。


「大工が木を削るカンナって知っているかい?」

「いいえ」


 レントが護衛二人を見ると、会話護衛は首を傾げたけれど、武力護衛は肯いた。


「木面に刃を当てて薄く削って、表面を滑らかにする道具の事か?」


 武力護衛の言葉に、村人も肯く。


「そうだよ。そんな風に削ってから煮出して出汁を取るんだ」

「干物から?」

「いや、もっと硬いのさ。まあまさに、木の様な硬さだよ」

「どうやって作るのですか?」

「それが全く分からないんだ。特殊な木から作るって話だったけれど、作られるのは海辺ばかりで、そんなに木なんて生えてないし、木が減っている様子もない。それに辺りからは煮干しを作る時みたいな魚を煮る(にお)いがするし、絶対に魚から作ってるんだと思うんだけれどね」

「この国ではないのですよね?」

「ああ、そうだよ」

「臭いや様子って、あなたはその国に行ったのですか?」

「ああ、若い頃だけどね。他国での干物や煮干しの作り方を探しに」

「凄い」


 レントの輝く様な表情に、村人は手を左右に振って応える。


「それが少しも凄くないのさ。何せ何一つ、作り方が分からなかったんだ。煮干しも干物も、ここで作っているのと同じ様な物さえ分からなかった」


 村人はそう言うと、一旦伏せた顔を上げてレントを見た。


「さっきの木の様な物もそうだけれど、干物でもここで作っている様な普通の干物の他に、臭いも味も全然違う物があったんだ」

「それは使う魚が違うのではなくて?」

「いいや。ここと同じ魚のもあった。作り方が違う筈なんだ。だが、どうやっているかさっぱり分からない」


 男は立ち上がるとレントに「来てご覧」と声を掛けて、離れた所にある建物に向かった。二人の後ろを護衛二人も付いて行く。


 その建物に近付くに連れて、強い臭いが漂ってくる。この場所に来た時に感じた臭いの一つだ。


 村人が建物の扉を開けると、更に臭いが強まった。

 武力護衛がレントを引き下げて、二人と扉の間に会話護衛が体を入れる。

 その様子を脇目で見ながら村人は建物の中に入り、中にある大きな甕の蓋を取った。すると更に臭いは強くなる。


「これは干物の漬け汁なんだ。さっき食べた干物は塩水に漬けたのだけれど、この漬け汁につけると更に美味しい干物が出来る」


 村人は甕に蓋をして建物から出て来ると、扉を閉めた。


「だが普通の干物よりは美味しいのだけれど、あの時食べた干物には全然敵わない」

「それって、この臭いの所為なのではないのですね?」

「ああ。あの時食べたのは、この漬け汁で作った干物より、もっと(くさ)かった」

「もっと?」

「ああ、もっとだよ。それで、もっともっと美味しかったんだ」


 村人の顔には、懐かしさと憧れとに輝き、夢を見る様な表情が浮かんでいる。

 将来を諦めているのかと思えていた村人のその様子を見て、レントは羨ましいと思ってしまった。

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