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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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煮干しと干物

「俺達は仕事を探しにこの村に来たんだ」


 会話担当の護衛のその言葉を聞くと、村人は自分の前の台の上に視線を落とした。


「ウチにはないよ。他を当たりな」


 そう言うと村人は腰を屈めて台の上に手を伸ばし、作業を再開する。

 会話護衛に振り向かれてレントは肯き返すと、その村人に一歩近付いた。


「それはもしかして、茹でた魚ですか?」


 村人は姿勢を変えずに顔は少しレントに向け、目だけでレントを見て「ああ」と返した。


「今は干しているのですか?」

「ああ、そうだよ」

「なるほど。こうやって魚の干物を作るのですね?」

「うん?違うよ」


 村人は体を起こすとレントに体を向けて、台の上を指差した。


「干物って言えばこれも干物の様な物だけど、これは煮干し。普通、干物って言えば食用に干した物だよ」

「え?」


 驚いてレントは台に近寄って、台の上に広げられている物を上から覗き込んだ。


「これ、食べないんですか?」


 台の上を指差しながら、顔を捻って見上げて来るレントに、村人は苦笑する。


「これは出汁を取るための物だから、このままは食べないよ。出汁ガラを食べる事もなくはないかも知れないけれど、美味しいもんじゃないよ」

「え?結構美味しいですよ?」


 村人は首を左右に振りながら作業に戻った。


「出汁を取ったらへにゃへにゃで、あまり食べられたもんじゃない。栄養はまだ残っているらしいけれど、誰も食べないよ。お前が食べたのは硬いままだろう?」

「ええ」

「それがウチの煮干しなら噛んでいると旨味が出て来た筈だけれど、その旨味をスープに使うのさ。それで残ったカスは畑に撒いたりする。確かに細かくしてそのまま料理に混ぜて使う事もあるらしいけれどね」

「なるほど。そうなのですね」

「お前、煮干しを食べた事があるんだね?」


 レントは少し躊躇ったけれど、素直に「はい」と答えた。


「干物だと教わったのかい?」

「はい」


 村人は体を起こしてまた苦笑を顔に浮かべた。


「こっちに干物がある。付いておいで」


 そう言って先に歩き始める村人の後に、レントは「はい」と応えて付いて行く。その後ろを護衛二人が、周囲を見渡しながら付いて行った。



 建物を回り込んで反対側に出ると、こちらにも台が並べられている。

 その台の上には、煮干しより大きい魚が並べられていた。


「これが干物」

「こんなに大きいんですか?」

「お前、魚自体を見た事がないのかい?」

「え?ええ、あまり。生きているのは見た事がありませんし、大きさも煮干しくらいのしか知りません。確か、人より大きい様な魚もいるのですよね?」

「この辺りにはいないけれどね」

「そうなのですか?」


 輝かせていた顔を村人の答えで曇らせたレントを見て、村人はまた苦笑した。


「中には人間を食べる様な魚もいるから、獲りに行く気なら気を付けな」

「え?人を?」


 レントはミリから教わった知識を思い出した。


「航海中に亡くなった人を海に流す事があるそうですけれど、その時の事ですか?」

「そんな事、良く知っているね?」

「知り合いに聞いた事があって」

「そうなのか。でもそれは比較的小さい魚だよ。生きた人間を襲ったりはしなかった筈だ。そうではなくて、泳いでいる人間を襲って食べる様な獰猛な魚もいるからね」

「え?それって危険なのでは?」

「そうだよ?だから気を付けなって言ったのだから。それにこの辺りにはいない筈だけれど」

「そうなのですね?良かった」

「けれどね?海は繋がっているからね?今日までいなくても明日は分からないよ」

「そんな、脅かさないで下さい」

「いいや。実際に見た事がない魚が獲れる時があるし、逆にいつの間にかいなくなってしまった魚もいるからね?怖いと思うなら、あまり深いところには行かない事だよ。水深より大きな魚は泳いで来ない。体を水面に出しながら泳ぐなんて滅多にないし、そんな事をしてる魚は遅いから、逃げ切れるから大丈夫さ」


 そう言うと村人はまた苦笑しながら、干物を手に取って一枚一枚確認をする。


「その知り合いって人に、煮干しを干物だと教わったのかい?」

「いいえ。その人は煮干しの件を知りません」


 村人は「そうなのか」と肯いて、レントを振り向いた。


「良かったら干物を食べてみるかい?」


 その言葉にレントは顔を輝かせるけれど、護衛の二人は顔を蹙める。


「え?良いんですか?」

「あ!ちょっと!」


 会話護衛がレントと村人の間に体を入れた。武力担当の護衛もレントに顔を近付ける。


「魚を食べるのですか?」


 会話護衛が村人に聞かれない様に小声で尋ねる。


「大丈夫です。わたくしだけが食べますから」

「そう言う訳にもいきません」

「毒見は必要です」

「この人とは今日会ったばかりですよ?わたくしに毒を盛る理由がありません」

「理由はなくても、そうしないとは限りません」

「そうですか?出会ってから今までの会話や対応で、その様な心配は不要な相手だとわたくしは判断しましたけれど」


 村人はレント達三人の様子を横目で見ながら、干物を焼き始める。

 干物を焼くその(にお)いが三人に届いた。


「美味しそうな臭いですね?」


 レントの声に村人は「そうだろう?」と微笑みを一瞬だけレントに向けて、直ぐに干物に視線を戻す。


「大きな二人も食べてみるかい?それとも()めておくかい?」


 護衛二人が顔を見合わすので、レントが苦笑しながら答える。


「俺だけ頂きます」

「あ、いや、俺達も下さい」


 会話護衛の言葉に武力護衛も村人に向かって肯いた。二人の覚悟を決めた表情を見て、レントも村人も苦笑いを浮かべた。

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