三つ目の漁村
レント達は最初の漁村に戻って、お嬢様と呼ばせていた少女ビーニや女達に絡まれながら宿に泊まり、翌日にもう一つの漁村を訪ねた。
漁村で最初に出会った村人にはやはり、「見た事ない顔だな?誰だお前ら?」の挨拶を受けて、会話担当の護衛が自分達の事を説明する。
「俺達は仕事を探しに来たんだよ」
「そうなのか?」
途端に村人の警戒が緩んだ様にレントには感じられた。
二番目の漁村でもこの村でも、仕事を探していると言えば村人達の警戒が緩む様に感じる事に付いて、レントには不思議に思えた。
他に村に来るとしたら商人だろうけれど、レント達は商品を運んでいるようには見えないだろう。後は役人も来るだろうけれど、役人にも見えない筈だ。だからと言って、盗賊にも見えないだろう。子供連れの盗賊なんて意味が分からない。
なるほど、正体が分からないから警戒されて、仕事を探していると分かれば安心するのですね、とレントは納得して小さく肯いた。
「ああ。三人で一緒に出来る仕事を探してるんだ」
「この村で探すのか?」
「ああ。その積もりなんだけど、何かあるかな?」
「仕事はなくはないだろうが、三人一緒は難しいんじゃないか?」
村人は腕を組んで首を傾げる。
「そうなのか?」
「ああ。人手も足りてなくはないからな。スポットで雇われる事はあっても、一カ所で腰を据えてってのも難しいと思うぞ?」
村人は自分の言葉に肯きながらそう言った。
「ここに来れば仕事があるって聞いたんだけど、そうでもないのか」
「まあ、昔に比べたら忙しくなったけど、村を離れてたヤツらも帰って来たりして、そこそこ人手はあるからな」
腕組みから片腕を外し、村人は手のひらを空に向ける様に腕を倒す。
「なるほどな」
「まあ、訊くだけ訊いてみたら良いさ。中には歳で、体の不調を口にしてるヤツもいるから、治るまでは雇うかも知れんし」
村人はもう片方の腕も倒して、両の手のひらを空に向けた。
「分かった。そうしてみる」
「ああ」
「それで、もう一つ訊きたいんだけど、ここで魚の干物を作ってないか?」
村人の眉間に一瞬皺が寄る。
「ああ、まあ、作ってるヤツはいるよ」
「そうなのか?」
「ああ。もう一人だけだけどな」
「一人だけ?」
「ああ。昔は作っている家が何軒かあったらしいけどな。まあ、生まれる前の話だから、良くは知らんが」
「でも今も一軒で、作り続けてるのか」
「ああ。前は人も雇ってかなり作ってたが、ガクッと売れなくなって、今は一人で細々と作ってるらしい」
「らしい?それってこの村じゃないのか?」
「この村の外れって言うか、まあ、村の先だな。この道をまっすぐ村を通り抜けてしばらく行くと見えるけど、その前に臭いで分かるよ」
「臭い?」
「ああ。独特な臭いがするから、訪ねるなら覚悟して行くんだな」
「脅すなよ」
「脅しかどうかは、行けば分かる。それと作ってるヤツは偏屈だから、それも覚悟しとけ」
「偏屈って?」
「それも行けば分かるよ」
村人は苦笑いを浮かべながらそう言って、去って行った。
その後ろ姿を見送ってから、護衛達はレントの意向を確認する。
「行きましょう」
「そう仰るとは思いましたけれど」
「危険ではないでしょうか?」
「危険ですか?」
「はい。独特な臭いと言うのが、嗅いでも体に影響がない物か、判断出来ません」
「そうですね。ですが少なくとも偏屈と言われた人はそこにいるのですから、毒ではないと思います」
「そうでしょうか?」
「臭いの元が干物なのか、それとも干物を作る手段なのかは分かりませんが、以前は他でも作っていたのだとしたら、人に害があるとは思えません」
「それは、そうですが」
「危なそうなら引き返しましょう。取り敢えずは先ず、行ける所までは行きましょう」
「分かりました」
「了解です」
レントの言葉に護衛二人は、少し緊張した面持ちながら肯いて返した。
その後も村人に会う度に「見た事ない顔だな?誰だお前ら?」の挨拶を受けながら、情報を集めつつ村を通り抜ける。
やはり仕事は余っている程ではなさそうだが、村の雰囲気は明るいので景気は悪くはなさそうにレントは感じた。
建物の集まっている地域を抜けて僅かに進んだ場所で、レント達は微かな臭いを感じる。
風に乗って来るので、臭いがしたり消えたりを繰り返し、まるで誘われている様ですね、とレントは思った。
少し進むと、どうやら臭いは二種類ある事が分かった。ただしどちらも良い臭いとは言えない。臭いかと言われれば、臭いとも言い切れない、何とも言えない臭いだった。
道の先に建物と人影が見える。
その村人は腰を折って腕を伸ばし、台の上に何かを広げている動作をしていた。
レント達が声を掛ける前に村人はレント達に気付く。
村人は手を止めると腰に手を当てて、ゆっくりと腰を伸ばした。起こした体をレント達に向けると、村人の方から声を掛けて来る。
「見た事ない顔だけど、誰だあんたら?」
村人は、訝しげと言うよりは睨み付けると言った方が良い表情で、漁村の挨拶をしたのだった。




