次の漁村への道
レントが視察に訪れた最初の漁村からは、三方に道が延びている。
一つはレントが来た道で、漁村からそのまま進めばコーカデス領の領都に続く。領都から馬や馬車で来る時には、本来なら使用する道だ。
後の二つは海と砂浜に沿って左右に延びる道で、それぞれが別の漁村に繋がっていた。
最初の漁村では、漁が行われてはいなかった。その意味では漁村とは呼べなくなっている。
砂地で遠浅の海を利用して、過去にはこの村でも地引き網漁が行われていた。しかし塩が作られる様になってからは徐々に衰退する。そしてコーカデス領で流通の混乱が起きた時に、魚由来の肥料の需要が低迷した事が決め手となった。今では地引き網漁に限らず、職業として漁をする者はいない。小型の釣り船は残っているが、趣味で使われるだけとなっている。
この村の漁が衰退した一方で、左右に位置する漁村ではまだ漁が続けられていた。
そしてもし、コーカデス領の資料上の数字より、肥料が多く生産されているのなら、この村の漁獲量がほぼなくなっている事から、左右の村では以前以上に漁獲量は増えている事になる。
余所者でも仕事があるとの話を確かめる為に、レント達は別の漁村の一つに向かった。
向かう途中で、背中に荷物を担いだ男と行き会う。男はかなり手前から、レント達を警戒している様子を見せていた。
「なんだお前ら?見ない顔だな?」
顔を知らないのはお互い様なのですけれど、とレントは思う。そう言えばビーニと名乗った少女も最初に、「見ない顔」と言っていた。今立っている所が自分の場所だと思えば、自然とそう言う言葉が出るのかも知れないと、レントは納得して小さく肯く。
「俺らは仕事を探してんだ」
会話担当の護衛の言葉に、男は眉を顰める。
「探してる?宛てがないのか?」
「ああ。探してる最中さ」
「俺の村に行く気か?」
「あんたの?あんたはこの先の漁村の人なのか?」
「ああ。仕事は見付かるかも知れんが、この先には宿はないぞ?」
「そうなのか?」
「ああ。だから、そんなちっこいのを連れてかないで、先に仕事を見付けた方が良い」
「こいつにも仕事をさせる積もりなんだ」
「はあ?おい、坊主?魚は捌けるか?」
男に睨まれて、レントは内心焦りを感じたけれど、反射的にそれを出すまいとして無意識に微笑んだ。
「ううん」
「じゃあ坊主には仕事はないと思うぞ?それに仕事があっても、お前ら二人が食ってくのがやっとだろう。坊主まで食わせて行くのは難しい筈だ」
「そうなのか?」
「ああ。仕事と言っても誰かの手伝いだ。その時に飯は食わせて貰えるだろうが、貰える金がお駄賃程度じゃ、お前らだって酒も飲めないだろうな」
そう言うと男は歩き始める。
「信じらんないなら、行ってみろ。だが今日中に町に戻るなら、その坊主は負ぶって行った方が良いぞ?のんびり歩いてたら、村に着いてから引き返せない」
「ああ、分かった。あんたは今日中に村に戻るのか?」
「帰りは明日だ」
すれ違い際に尋ねた会話護衛に、男は振り向かずにそう答え、別れの合図に片手を上げると、そのまま遠ざかる。その後ろ姿に会話護衛が「アドバイス、サンキュー」と声を掛けると、男はもう一度片手を上げた。
護衛二人が意見を尋ねる為に見ると、レントは二人を見返して肯いた。
「先に進みましょう」
「はい」
「分かりました」
「ですが、わたくしの足はそれ程遅いのでしょうか?」
「このペースですと、来た村に戻るなら、視察時間が取れなくなるかも知れません」
「昨夜は風が結構ありましたから、この辺りでの野宿は厳しいのかも知れません」
「分かりました。申し訳ありませんが、わたくしを運んで頂いてもよろしいですか?」
「はい、もちろんです」
武力担当の護衛がそう答えると、会話護衛が手を差し出して、武力護衛が持つ荷物の大部分を受け取った。レントも会話護衛に荷物を預け、武力護衛に抱き上げられる。
「これだと腕が疲れませんか?負ぶった方が楽なのでは?」
「背後から奇襲を受けた時に、レント様を守れません」
「楽なのは肩車ですが、レント様が弓矢で狙われる可能性が上がります」
「分かりました。そうですか。肩車はさすがに、仕事を探しているにしてはお気楽に見え過ぎますし、この格好でお願いします」
「はい」
「ですが、疲れたら言って下さい。わたくしは走るなり早歩きなりします。それであなたの疲れが取れたらまた、抱き運んでもらう事にします」
「分かりました」
武力護衛が微笑んで受命するのを会話護衛も笑って見ていた。
「レント様?彼の体力は心配いりません。レント様なら私が抱えても漁村までお連れ出来ますし、彼なら寝ずに三日はレント様を抱き運べるでしょう。その状態から戦っても、レント様を傷付ける事はないでしょうね」
会話護衛のその言葉にレントは「おお」と感嘆の声を上げる。
しかし、考えてみたらそれは、レントがそれだけ軽いと言う事も表していた。
それに気付いたレントの気分は下がったけれど、そんな事はもちろん表情には出さずに、レントは「それは頼もしい」と護衛二人に微笑んで、「よろしくお願いします」と小さく肯いた。




