女でも男でも
会話担当の護衛が新しく付けた、レントがおっちょこちょいだと言う設定に、少女は納得していない表情だが、女達は笑って肯いた。
「お嬢様よりこの子の方が、よっぽどお嬢様っぽいんじゃないか?」
「なんだって?」
「睨むなって、お嬢様」
「お嬢様は抱っこで運ばれた事なんてないだろ?」
「そうよ、お嬢様。こういう時は謙虚に、この子から学ぶべきよ?」
「うるさい。お前らの意見なんか聞くもんか」
少女は女達を押し退けて、レントの傍に立った。
「あんた、ホントに男なのか?」
「うん」
レントの返事に女達が嬌声あげる。
「あはは、うんだって」
「可愛らしい声」
「ホント、女の子みたいなの声ね」
その評価にレントの気分は下がるけれど、顔には出さない。ただし昨日は、微笑みを浮かべていたら喜んでいると少女に思われたので、レントは無表情を作っていた。
「お前らうるさい!今はあたしが話してんだ!」
お嬢様が女達を睨み回すけれど、女達には気に留める様子が全くなかった。
「だって、どう見ても聞いても女の子に見えるよね?」
「お前ら!どっか行けって!」
「ねえ?こっちおいで、あたしが男か女か確かめてあげるから」
「あ、そうだよね。ほら?確かめてあげるから」
「あたしが確かめるって」
「みんなで確かめれば良いだろ?」
「ほら、おいでよ?女の子なら女同士なんだから構わないだろ?」
「男の子ならお姉さんがサービスしてあげるよ?」
「男の子なら大人にしてあげるから」
「そうそう。だからほら、照れないで」
「お前ら!邪魔すんな!」
少女はレントの手首を取って、女達の輪を抜けた。護衛二人はその後を付いて行ったが、女達はその場で笑い声を上げる。
「どうしたの?お嬢様?」
「お嬢様もその子が気に入ったの?」
「その子にときめいちゃった?」
「もしかして、その子に永久就職させる気?」
「え?その仕事って、お嬢様のダンナ様って事?」
「まあ!さすがお嬢様!お目が高い!」
「良い買い物だよ、お嬢様!」
「二人ともお幸せに!」
「兄さん達は邪魔しちゃダメだよ!」
「そうそう、弟が幸せを掴むんだから!」
「ほら!戻っておいで!」
「兄さん達はあたし達が相手してあげるから!」
「そうだよ!あたし達でガマンしときな!」
「ガマンってなんだい?」
女達の笑い声は続いていた。
少女はレントの手首を握ったまま、海が見える場所まで来て足を止めた。
「あんた、ホントに男なのか?」
レントはちょっと躊躇って「ああ」と返した。「うん」だとまたバカにされるかと思ったのだけれど、「ああ」と言う返事は自分に少し似合わない様にレントには思えて、また少し気分が下がる。
そんなレントの気分など関係ない様に、少女は笑顔を向けた。
「そうか。あたしはビーニってんだ。あんた名前は?」
「オレは、キロ」
レントの「オレ」は声が裏返ったけれど、ビーニと名乗った少女はそこは気にしなかった。
「キロ?あの悪魔の話に出て来るキロかい?」
悪魔がラーラの事だと分かり、レントは口を閉じる。
偽名を付けるに当たってレントは、先ずは良くある名前にする事に決めていた。そして声を掛けられた時に気付かない事がない様に、多少でも関わりのある名前を選んだ。
つまりラーラの亡くなった護衛のキロの名前から偽名を付けていたので、ビーニの言葉は合ってはいたのだけれど、ミリの母であるラーラを悪魔と言われたら、それを知らない振りして直ぐに肯定は出来なかった。
「ねえ?ホントは女で、ミリって名前だったりはしないよね?」
レントは少しドキリとする。ビーニの言うミリはラーラの亡くなったメイドの名前だけれど、レントに取ってはラーラの娘のミリの方が頭に浮かぶからだ。
もちろん、キロの妹のミリの事もレントは知識にあるし、偽名をキロにする時に、ミリとお揃いの様な感覚を持った事もレントは覚えていた。
「・・・ちがう」
「じゃあ、ハダカになってみな」
「え?」
レントは思わず胸を守る様に自分を抱いた。
「え?ホントに男なの?」
「もちろん、だ」
「胸を隠して?」
「男の裸が見たいなんて、破廉恥だろう?」
「ハレンチ?ってなに?」
「君みたいな人の事だ」
「なによ?どう言う意味よ?恥ずかしいって事?あんたはまだ子供でしょ?」
「当たり前だ」
「・・・あたしが男なら見せた?」
「男でも女でも見せない」
レントと睨み合うビーニは、「ぷっ」と吹き出してから笑い声をあげる。
「分かったよ。見ないけど男って信じてあげるよ」
ビーニがケラケラと笑うけれど、レントには何がおかしいのか、さっぱり理解が出来なかった。
「あんたら、漁村に行くの?」
ビーニが会話護衛を振り返って訊く。
「ああ、その積もりだ」
「あいつらが言ってた通り、キロには仕事は見付かんないよ?」
「そうか?」
「ああ。行くだけムダだね」
「だけど、ここじゃあ仕事がないんだろ?」
「まあね。キロはもしかしたら、あいつらが雇ってくれるかも知んないけど」
「オレは男だ」
レントはまた「オレ」を声を上擦らせながら言った。
「分かったよ。でも男でもキロなら、あいつらが面倒見るかもよ?」
「え?なんで?」
「キロが可愛いからさ」
ビーニはまた笑い始めたけれど、いったい何が面白いのか、今度もレントには全くわからなかった。




