漁村の入り口で
レント達が漁村に着くと直ぐに、声が掛けられた。
「誰だお前ら?」
声の方を見ると、一人の少女がレント達を見ていた。そしてその少女の声に釣られる様に、周囲の大人や子供がレント達に気付いて視線を向ける。
レント達に向かって少女が歩き寄ると、その後ろを何人かの大人が付いてくる。付いて来ようとした子供は、他の大人に引き留められていた。
「見ない顔だ。なにもんだ?」
傍にいる大人達は、この場を少女に任せている。特に口出しはせず、かと言って少女を守るでもなく、少女の後ろに並んでレント達を睨んでいた。
全員、武器らしき物を持ってはいない。それに体は大きいが、絞られてはいない。
漁村で暮らす人に対して、筋肉の付いた引き締まった体のイメージを持っていたレントは、心の中で首を傾げた。
会話担当の護衛が少女に答える。
「俺達は仕事を探しに来たんだ」
「よそもんの仕事なんてないよ。帰んな」
年齢が自分とそう変わらない様に見える少女が、言うセリフではないとレントは思った。この少女がこの漁村の仕事を仕切っている筈はないし、求人状況に詳しいとも思えない。しかし少女の後ろに立つ大人達も、少女の言葉に異論はなさそうだ。
「体格を見ての通り、俺達は力がある。荷運びしてたからな。力仕事ならいくらでもあるんじゃないか?」
「ふっ。なんにも知らないんだな。ここじゃあ力仕事なんてないよ。ここの仕事で必要なのは頭さ」
そう言って少女は自分の頭を差していた指をレントに向けた。
「それにそいつは力仕事なんて出来ないだろ?そんなヒョロヒョロだし」
その少女の言葉に、少女の後ろに立つ大人達も、レントに近付いて来なかった大人も子供も、一斉に笑い声を上げた。
その笑いを背中に受けて、少女は満足そうに口角を上げる。
会話担当の護衛がレントに視線を向けると、それに気付いたレントは首をほんの少しだけ左右に振った。
「頭を使う仕事なら、こっちから願い下げだ」
「ああ、そうしときな。その方がお前らの為だ」
「なああんた、あんたはここに詳しいのか?」
「当たり前だろう?あたしを誰だと思ってんだ?」
「知らねえよ。ガキのクセに偉そうなヤツだって事しか分からねえ」
「はあ?偉そうじゃなくて、あたしは偉いんだよ!」
「態度は偉そうだが、まだガキだろ?」
「ガキじゃない!お嬢様だ!あたしはこの町の町長の娘だぞ!」
「え?町?おいおい、ここって村じゃないのか?」
「ここは町だよ。そんな事も知らなくて来たのか?このイナカもんが」
少女の背後でまた笑い声が上がる。レント達三人を冷やかす声も上がった。
その声に反応して、武力担当の護衛の体に力が入る。それに気付いたレントは武力護衛の背中に手を当てた。武力護衛はチラリと視線を向けて、見上げて来るレントと目が合うと、小さく肯いて体の力を抜く。
「へえ、ホンモノのお嬢様なんて初めて見たぜ。そいつはすげえ」
少女の背後からまた笑い声が上がった。少女も満足そうだ。
「なあ、あんた」
「お嬢様って呼びな」
武力護衛の体にまた力が入る。レントは武力護衛に当てていた手でトントンと背中を叩いた。武力護衛もレントも、笑わない様にと腹に力を入れる。
「お嬢様、あんた、この町に詳しいんだな?」
「もちろんだよ。先祖代々、この町で生まれてるからな」
「俺達、腹が減ってんだ。旨い食い物屋を教えてくれないか?」
「お前らが食えるもんなんて、この町にはないよ」
「なんでだよ?町なら食い物屋くらいあんだろう?あ?旨い食いもんがないのか?」
「バカ言ってんじゃない!ここは旨いもんだらけだ!」
「あ、でも、俺達、魚なら良いや。魚は要らない」
「魚なんてあたし達が食べるわけないだろ!バカにすんな!」
少女の背後からも非難の声が上がる。
「え?だって旨いもんないんだろ?」
「あるって言ってんだろ!」
「いや、あんたらには旨くても、俺達の口には合わないかも知れないし」
「そんな訳ないだろ!」
「いやいや、ここで生まれ育った人間にしか食べれない、よその人間には食べたいとは思えない物を出されても困るから」
「そんなんじゃない!都で育ったヤツらだって、旨い、また食べたい飲みたいって、わざわざ来たりするんだ!」
「へえ?そんなもんがあるのか」
「ああ、そうだよ!」
「でも、それは俺達には食わせないってんだろ?」
「当たり前だろう!」
「分かったよ。この町にはうまいもんがあるってお嬢様が言い張ってたけど、他の生まれのもんには食わせられないワケありらしいって広めといてやる」
「なんだ!その言い方!都で育ったヤツらが旨いって言ってるって言っただろう!」
「ここで生まれて都で育ったんだろう?」
「領都生まれの領都育ちだ!」
「ふ~ん。まあ、食わせて貰えないんなら、どっちでも良いさ。魚が入ってるかも知れないもんな」
「フザケんな!」
「なにがだよ?」
「魚なんて食べる訳ないだろ!」
「だって、ワケありなんだろ?」
「ワケありなんて言ってないだろうが!」
「お嬢様?よそもんには食べさせられない理由があるなら、それはワケありって言うんだぜ?この町以外ではそうだから、覚えて置いた方が良いぜ?」
「・・・お前ら、金はあるのか?」
「金?そんな事、教えられるかよ」
「はあ?なんだと?」
「バカじゃねえの?」
「なんだと!」
少女の後ろからも罵声が上がる。
「良いか?俺達が金を持ってるとして、いくらいくら持ってますなんて言ったら、スリやら盗賊やらに狙われるだろう?それを訊き出そうとするなんて、バカじゃなければなんだって言うんだ?」
「違うよ!」
「良いか?それを訊き出そうとするなんて、バカじゃなければ盗賊か詐欺師なんだよ?」
「は?」
「分かったか?お嬢様?」
「なんだと?あたしを盗賊だって?」
「ありもしない旨いもので俺達を釣ろうとしたり、金を持ってるか訊き出そうとしたり、本当の盗賊ならそんなバカな真似はしないからな?盗賊とは思っちゃいないよ」
「当たり前だろ」
「だがな?そう思わせて俺達を油断させる、頭の良い盗賊かも知れない」
「え?」
「更に頭が良いつもりでこうやって、俺達に正体がバレてるバカかも知れない」
「はあ?お前、なに言ってんだ?」
「つまり、お嬢様の言葉は信用出来ないって言ってんの。旨いものがあるのも、ここに仕事がないのも、ウソじゃねえの?」
「ウソなもんか!分かった!お前らが食べた事のない旨いもんを食わせてやる!」
「お嬢様の案内は要らないよ」
「はあ?なんでだよ?!」
「だって、不味いもんを食わせといて、たっかい金を取るかもしんないし」
「わかったよ!ただで食わせてやる!」
「ますます怪しいんだけど?」
「はあ?!なんでだよ?!」
「同じもんをお嬢様も後ろの人達も、一緒に食うなら良いよ?」
「・・・分かった。おい、お前ら」
少女は後ろに立つ大人達を振り返った。
「パパに言って、宴会の準備をして貰え」
戸惑う大人達に向かって少女は「さっさと行け!」と怒鳴った。大人達が更に戸惑うが、それを制する様に会話護衛が片手を上げる。
「なあ、お嬢様?」
「なんだよ?」
「宴会してお嬢様になんの得があるんだ?」
「お前らに旨いもんを食わせてやろうとしてんだろが!」
「普通の食事で良いぞ?それに先払いできるなら、金もちゃんと払うって」
「ダメだ!」
「いや、お嬢様に奢って貰うのは怖いって。だから割り勘で同じ物を食おうぜ?お嬢様が薦める食いもんから俺達が選んで、それをお嬢様達も一緒に食べる。で、俺達の分は俺達が金を払う。俺達は旨いもんが食えるし、お嬢様はこの町に旨いもんがあるって証明出来る。それでどうよ?」
「・・・分かったよ。だが、お前ら、本当に金を払えるんだろうな?」
「値段次第だな。普通の料理店の二倍までなら大丈夫だ」
「お前らが行く料理店を基準にされても困るんだけど?」
「だから、先払いさせて貰うんじゃないか」
「分かったよ」
「よし!二人もそれで良いよな?」
会話護衛がレントと武力護衛を振り返るので、二人は肯いて返した。
「じゃあお嬢様、案内をお願い」
「ああ。付いといで。こっちだ」
そう言うとお嬢様の直後をレントが歩き、その後ろに護衛二人が並んで、その更に後ろに大人達が付いて道を進んだ。




