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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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泊まり掛けの視察

 視察が泊まり掛けともなるとその出発時には、レントの祖母セリはなかなかレントを放さない。

 抵抗しても無駄だし、口答えしようものなら話が長引いて出発が遅れるのは経験済みなので、レントはセリにされるままにしていた。


 コーカデス邸の敷地を出てしばらくして、レント達の馬は馬車の近くで足を止める。

 その馬車の中でレントは、領民の中でも貧しい家の子供がしている様な服装に着替えた。そしてそれが見えない様に、その上からフード付きのマントを被る。

 護衛の内の三人だけは、レントと同じ様な格好をしている。レントが馬に乗ると、その三人は馬をレントの馬と同じ向きに並べた。

 レントは残りの護衛達を振り返ると片手を上げて、「後はよろしくお願いします」と声を掛ける。残りの護衛達は一様に苦笑いをして肯いた。

 残りの護衛達に見送られながら、レントと三人の護衛は馬を進めて行った。


 残りの護衛達はこの後、セリには気取(けど)られない様に、コーカデス邸に戻る。

 幸いな事にセリは、護衛の一人一人を認識していない。それなのでレントの視察中に、レントに付いて行った筈の護衛が邸に残っていても、セリには気付かれる事はないのだった。

 これはレントの泊まり掛けの視察を実現する為のセリへの対策で、レントとレントの祖父リートとで考え出したものだ。セリはとにかく大勢の護衛をレントに付けたがったが、それでは目立ってしまってお忍び視察にならない。

 最初は躊躇っていた護衛達も、隠れて邸に戻る事も、その後は普段通りに邸で業務に当たる事にも、今では慣れてしまっていた。



 これまでレントが見て回った視察先の様子は、大きく三つに分けられた。


 一つは、見捨てられた筈の近くの畑で作物が作られていて、コーカデス伯爵領の資料から読み取ったイメージより、景気の良い印象を受ける町。

 隠された畑から採れた作物からは、酒も造られている。もちろん許可を得ていない密造酒だ。当然、酒類販売の利益に対しての税金も納めていない。


 もう一つは廃村と、元は畑だった土地だ。

 人の手を離れた土地は、草だけではなく、種々の若木も無秩序に育ち始めていた。


 残りのもう一つが、廃れ行く村だった。

 若者が全くいない村もある。若者がいても、将来に不安を持つ者ばかりだった。


 今は活気のある町も、密造酒造りを取り上げたら、廃れ行く村の様になってしまうだろうと、レントには思えた。

 それにもちろん、廃れ行く村を救う為に、密造酒造りを勧めたりも出来ない。

 レントは、これらの問題に何の対策も取られていない理由が、レントの父スルト・コーカデス伯爵がこの事を知らないからだと思っていた。しかしもし知っていたとしても、どんな対策を講じれば良いのか、講じるべきだったのか、今のレントには分からなかった。


 そして今回は、漁村の視察が目的だった。


 コーカデス伯爵領は海に面していて、領内には漁村が存在する。

 ただしこの国では魚食が一般的ではない為、捕った魚の殆どは畑の肥料に使われた。

 魚由来の肥料は他領でも使用され、コーカデス領の主要産業だった。また、それを使う事で農作物も良く育った為、穀物や果実がコーカデス領の特産物として、他領に運ばれて売られていた。

 しかし、広域事業者特別税の導入を起因とする流通の衰退で、肥料は領内で消費するだけになっている。

 また書類上では穀物も領内で消費されるだけで、果実は生産されなくなっている筈だった。

 だが密造酒に使われる農作物が作られている以上、肥料も書類上より多く生産されている可能性があった。


 レントはこれまで漁村に出向いた事はなく、海を見た事もない。それなので今回の視察では、漁村の暮らしを自分の目で見るのも、海を見るのも楽しみであった。

 しかしレントの想定通りなら、今回の視察で肥料の密造も見付かる事になり、領地の問題解決が更に難しくなる事になる。


 レントは肥料の密造が見付かった場合にどうするのか、次は何を調べるべきなのか、冷静に考える事を意識して頭を使いながら、自分の考えが当たる事自体には期待をしたり、海で見る物や食べる物を楽しみにしたりして、自分の気持ちを盛り上げていく。そうでなければやっていられなかった。



 領都から漁村までは、人目に付かない様にする為に、廃村同士を結ぶ様な廃れた道を進む。

 夜は野宿だ。


 コーカデス領では領地の混乱で一時期増えた盗賊も、経済が低迷してからは減って行き、今はいない筈だった。

 だが密造酒造りをしている町の周辺には、ガラの悪い人間もいたりする。そして窃盗などは実際には、件数が増えていた。

 しかしその被害を公にすると、何を盗まれたのかに付いても報告しなければならない。人には言えない物や金を盗まれた場合などは、領主への報告に上がる犯罪件数には含まれる事はなかった。


 その様に領内の実際の治安は悪化する傾向にあったが、盗む物もない廃村には悪人も来ない。

 確かに盗人が利用しているらしき家屋も廃村にはある事があった。それなのでレント達は、人がしばらく通った形跡がない道を選んで進み、人気の全くない廃村を選んで野営を行って、お忍びの視察を続けていた。



 漁村の近くまで来ると、レント達は馬を降りる。

 そして護衛の一人が馬と一緒にその場に残り、レントと護衛二人は漁村に続く街道に歩いて向かった。


 レントに同行する護衛は二人ともまだ若い。それはレントと兄弟と言う設定だからだ。

 一人は剣と槍の腕が立つので選ばれていた。ただし剣も槍も持ち歩くと目立つので、短剣と組み立て式の槍を荷物に隠している。

 もう一人は口が巧みだからでの選出だ。レントは言葉が丁寧過ぎるので、喋ると直ぐに平民ではない事が分かってしまう。それなので自分達の事を説明したり、レントの代わりに質問をしたりする役をこの護衛が担っていた。もちろん剣も槍も問題なく使えるし、短剣と組み立て式の槍も隠し持っている。

 レントもリートから、短剣と組み立て式の槍を持たされてはいた。けれどまだ実戦に使える腕前ではない為、持ち歩いても邪魔だからとして、馬と一緒に置いて来ている。


 そしてレントは平民言葉を鋭意勉強中だった。

 今回の視察でもレントは、チャンスがあれば使ってみようと考えていた。

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