コウグ公爵の困惑と決断
コウグ公爵は、ミリがコウグ公爵領で襲われた時の経緯書などを確認する為に、コードナ侯爵家に訪問の連絡を入れた。もし事実なら、コードナ侯爵にも序でに謝罪をして、話が拗れない様にしてしまおうとコウグ公爵は考えていた。
そしてミリが送って来た経緯書と容疑者引き渡しの受領書の写しを見て、事実なのだろうとは思い、コウグ公爵は謝罪する覚悟を決めてコードナ侯爵家を訪ねた。
コウグ公爵にはバルの父ガダ・コードナ侯爵と、バルの母リルデ・コードナ侯爵夫人が対応する。
ガダから本物の経緯書と受領書を見せられると、サインの主である警備隊長の名は知らないが本物であろうと判断して、コウグ公爵はガダとリルデに深く頭を下げた。
「我が領の不手際で、この話が私にまで上がって来てないのだ。申し訳なかった」
「コウグ公。それは確認が遅れた事に対しての謝罪ですか?」
「もちろんそうだ、コードナ候。領地に帰ったら詳細を確認して、事実であれば然るべき対応を取らせて頂く」
「既に対応がなされている事はないのですか?」
「それは、分からんが」
「ご存知なかったのですから、それはそうですね。分かりました。報告して頂くのをお待ちしますので、どれくらいで報告できるのか目処が立ったら、その時点で連絡を入れて頂けますか?」
「あ、ああ、分かった。約束しよう」
「よろしくお願いします」
ガダは軽く頭を下げ、リルデもそれに合わせる。
それを受けて、対応の遅れに関してはコードナ侯爵家への謝罪が済んだと、コウグ公爵は判断した。
「ところで、ミリ殿にも謝りたいのだが」
コウグ公爵の中で、ミリの評価はかなり上がっていた。それはもちろん、利用価値のある道具としてだ。
「ミリへの謝罪でしたら、全てを綺麗に対応してからにして頂きます」
「いや、しかし、領地を訪ねて貰って置いて饗さなかった事もあるし、そうそう、経緯書の写しを届けて貰った礼もしなければならない」
「それらもコウグ公爵領側で、必要な対応を全てして頂いてからで結構です」
「いや、しかしだな、私も直ぐにでも帰らねばならんから、その前に少しでも話をさせて欲しいのだが」
「コウグ公。ミリを領地に連れて行こうとなさったそうですが、ミリが行くと言ってもたとえバルがそれを許しても、我がコードナ侯爵家は許しません。ミリは私達の大切な孫の一人です。ミリを襲ったのが誰の意図か分からない現在、全てを綺麗に対応して頂いてからではないと、コウグ公。あなたの事も信用は出来ませんので」
「な!なんだと!」
「コウグ公。もし孫のウィン殿が他領で襲われたとして、指摘されるまでその問題を放置している領主に、あなたはウィン殿を会わせますか?」
「あ、いや。それはだな」
「それもウィン殿が湾曲的に誘いを断っているのに、執拗に領地に誘って来る領主なら、何か企みがあると思いませんか?」
「あ、いや、だから、あの時はまだ、ミリ殿が襲われた事など知らなかったのだ」
「それはミリが断れずにコウグ公爵領に行く事になり、更なる被害に遭ったとしても、コウグ公。知らなかったで済ませたと言う事ですか?」
「いや違うのだコードナ候!本当に知らなかったし、知っていたら領地に誘ったりはしなかった!本当だ!」
「ええ。それでしたら私が、問題を綺麗に片付けて頂けるまでは、コウグ公とミリを会わせないのもご理解頂けると思います」
「いや、それは、そうだな」
コウグ公爵は、ここでこれ以上話したら話が拗れると判断した。
しかしガダから見てもリルデから見ても、コウグ公爵が襲撃の話を知らなかったと言った時点で、話は既に拗れて見えていた。
領地に戻ったコウグ公爵は、直ぐにミリ襲撃の事実確認を行った。
しかしその様な記録は見付からない。
経緯書の署名から、襲撃の容疑者達を引き取った警備隊長は見付かった。そして警備隊長は容疑者達を留置場に引き渡したと証言する。ミリから受け取った経緯書も一緒に提出した為に、もう持ってはいないと警備隊長は説明した。
しかし留置場側には、容疑者達を受け入れた記録が残っていなかった。
コウグ公爵はハクマーバ伯爵領との領境の収税事務所にも確認をさせたが、その様な事件はなかったとの報告が返って来た。
収税資料には、確かにミリ商会が領境を出入りした記録が残っていたが、その記録からは襲撃が起こったかどうかなどの判断は付かない。
そこでコウグ公爵は、ミリが襲撃された事実などなかったのではないか、と考えた。コードナ侯爵が警備隊長を買収して、ありもしなかった事件を仕立て上げた可能性を考えたのだ。警備隊員達も矛盾のない証言をしているが、警備隊が丸ごと買収された事も考えられる。
しかし、何の為に?
コウグ公爵にはコードナ侯爵家やミリが、コウグ公爵家に罠を仕掛けて来る事に思い当たる節がなかった。
もしこれが罠なら、罠を仕掛けて起きながらこれまで放置していたのも、理由が分からない。
国王と王妃の前で襲撃の話を出す事も、そもそもチリンをコウグ公爵領に迎える件がなければ起こらなかった。
だとしたら、罠を仕掛けたのはコードナ侯爵家でもコーハナル侯爵家でもなく、コウグ公爵領内にいるのかも知れない。
コウグ公爵はこの件に付いて、息子のタランに相談したかった。タランなら自分よりも謀には向いているから、何かに気付くかも知れない。本当なら、チリンの件で王都に謝罪に行くのもタランに任せたかったし、この件もタランに丸投げしたかった。
しかし今はタランが精神的に不安定なので、この様な事を任せたらどんな結果になるのか分からない。この件を知ったら、余計な事をしでかす恐れもある。
コウグ公爵は取り敢えず、現状をそのままコードナ侯爵家と王家に報告する事にした。
事実確認の為の調査は進める積もりだが、こうなっては成果が上がるとはコウグ公爵も思っていない。調査をしていると言い訳をする為の調査になるだろう。
コウグ公爵はタランが調子を取り戻して、この件の対応を任せられる様になるまで、時間稼ぎをする事を決断した。




