王妃からの抗議の手紙
王妃からの手紙がコウグ公爵の元に届く。
それを読んだ公爵は、息子であるタランを執務室に喚び出した。
「お喚びですか?父上?」
少し怠そうな声を上げながら、タランが入室する。
「タラン!」
「え?なんです父上?」
「王妃陛下から抗議の手紙が来たぞ!」
「え?父上?何か仕出かしたんですか?」
「お前だ!お前の事だ!」
「え?私?」
タランは心底不思議そうな表情で、公爵を見詰める。
「お前!王妃陛下がチリン殿を我が領に送りたいと言っていたと言っていたな!」
「言っていたと言っていた?うん?」
「この期に及んで惚ける気か?」
「なんの話でしたっけ?」
「惚けるな!」
公爵に怒鳴られながらも、タランは首を傾げて鈍い表情を浮かべているだけだった。
「惚けてなんていないですよ。疲れが溜まってて、頭が回らないんです」
「なんだと?」
「話を伺うのは、一眠りしてからでも良いですか?」
「なんだと!そんなにのんびりしていられる訳がないだろう!」
「あ、急ぎですか?」
「当然ではないか!王妃陛下からの抗議だぞ!」
「あ、そう言ってましたね。その手紙ですか?」
「そうだ!読んでみろ!」
公爵が突き出した手紙をゆっくり動いて受け取ると、タランは途中で何度か目を瞑って首を振りながら、王妃からの手紙を読む。
「父上」
「なんだ?」
「私は常々思うのですが」
「何をだ?」
「貴族の手紙って、二枚目に要約を付ける事を法律で義務付けませんか?」
「ふざけた事を言っていないでちゃんと読め!」
「読みました」
「どうするんだ?」
「読みましたけど、なんの事です?これ?」
「王妃陛下からの抗議だと言っているだろうが!」
「いや、これ、私の事なんて書いてないですよ?」
「チリン殿の事はお前が言っていたのだろうが!」
「え?チリンの事?」
「元王女殿下を呼び捨てにするな!」
「呼び捨てって、王女は元だし、今はコーハナル夫人だし、従妹だし」
「そんな事はどうでも良いんだ!」
「ええ?自分で言ったのに」
「王妃陛下はチリン殿を我が領地に寄越したいと思っているとお前は言っておっただろうが!」
「ええ」
「ええだと?!」
「え?ええ」
「ええって事があるか!」
「はあ?何を言っているのです?父上?」
「その手紙に王妃陛下はそんな事は言ってないと書いているだろうが!」
「ええ?何言っているのです、父上?叔母上が書いてるのは別の話でしょう?」
「叔母上などと呼ぶな!王妃陛下とお呼びしろ!」
「ええ?いつも叔母上と呼んでいるのに」
「王妃陛下とのプライベートな会話の場合だけ許されておるのだろうが!」
「分かりましたよ。王妃陛下とお呼びしますし、チリン殿と呼びますから」
「当然だ!」
「はい、肝に銘じておきます。それでは」
「いや、待て?おい?なにを出て行こうとしているのだ?」
「え?まだ何かあります?」
「だからチリン殿を我が領地に寄越したいと王妃陛下が仰った話だ!」
「その事なら確かに、王妃陛下は仰っていましたよ?」
「手紙にはその様な事は言っていないとあるではないか!」
「手紙のは今の話でしょう?仰っていたのは前ではないですか?」
「なんだと?!」
「王妃陛下がチリン殿を我が領地に寄越そうかと思ったのは、チリン殿がなかなか妊娠しなくて、住む所を変えると妊娠する事もあるからって話だったじゃないですか?」
「なんだと?」
「コーハナル領だとお堅い舅のラーダ・コーハナル殿がいるから、コウグ領の方が良いかもと、王妃陛下は仰っていましたけれど、チリン殿はもう妊娠したのですから、我が領に来る必要はありませんよね?」
「なんだと?」
「いや、なんだとなんだとって、私の話、聞いていました?」
「お前!チリン殿が妊娠したとの話の時も我が領に連れて来る話をしていたではないか!」
「え?していませんよ」
「いいや!していた!」
「う~ん?もしかしたら、連れて来る必要がなくなって良かったとは言ったかも知れません」
「なんだと?」
「チリン殿をコウグ領に連れて来るの、私は気が乗らなかったんですよね。だからチリン殿が妊娠して、必要がなくなって良かった、とかなら言ったかも知れません」
「なんだと?」
「え?ですから」
「ではお前は、チリン殿を我が領で出産させるとの話を知らないと言うのか?」
「知りません。なんでわざわざコウグ領で出産するのです?」
「王都よりのんびり出来るからではないか」
「見ず知らずの場所で、他家の人間に囲まれて、のんびりする事が出来るくらいなら、自宅でものんびり出来ますよ」
「他家とはなんだ他家とは!ここは王妃陛下の実家だぞ!」
「ええ?では父上はお祖母様の実家でのんびり出来た事、あります?」
「それとこれとは話が違う!」
「どちらにしても、妊娠してから馬車で旅をさせるのは、王妃陛下の仰る通り、私も危険だと思いますよ?」
「それは、そうだが、そうだが!王妃陛下のご要望とあれば適えるのが実家の役目ではないか!」
「そうなのですね。覚えて置きます」
「なんだと!」
「え?覚えて置くのですから、良いじゃないですか?なんで怒鳴るのです?」
「それなら我が家からの使者は間違えだったと言う事か!」
「それはそうでしょう。例えばハッカが妊娠した時、コウゾ公爵家がコウゾ公爵夫人の実家にハッカを送ると言ってきたら、私はコウゾ公爵家に苦情を入れますよ?」
「それは、そうだが」
「この王妃陛下からの手紙と一緒ですよね?」
「それはそうだが」
「それで?チリン殿を突き飛ばそうとしたと言うのはどう言う事なのですか?」
「いや、分からん」
「ええ?分からないなんて父上」
タランは両腕をだらりと下げて、肩を落とした。




