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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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35 大親友

 バルは剣術の練習でいつも以上に張り切った。

 その所為で教官の特別指導が始まり、居残りまでさせられた。

 お陰で練習終了直後は、立ち上がれない程だった。立ち上がれなくなったから、練習が終了したとも言える。


 バルは馬の元まで這う様に進み、体を何とか持ち上げて馬に乗った。

 練習に来た時は遠回りした道も、帰りは一直線だ。

 コードナ侯爵邸が近付くにつれて体力が少しずつ回復し、バルの背筋は伸びて行く。それに伴って馬の速度も上がっていった。



 (やしき)に帰り着いたバルをラーラが手を振って出迎えた。


「バル!」

「ラーラ!」


 馬から下りてラーラに駆け寄ろうとしたバルが、脚を(もつ)れさせて膝を突く。


「バル!」


 慌てて小走りに近付こうとするラーラをバルが手で制した。


 危なかった。

 あのまま駆け寄ったら、バルはラーラを抱き締めていたかも知れない。

 転んだ姿をラーラに晒した為に、バルのフワフワした気持ちは冷えて、替わりに恥ずかしさで熱くなった。


「大丈夫?」

「大丈夫。練習で(しご)かれただけだから」

「え?疲れたの?体調が悪いんじゃないのね?いつもこんなにクタクタになるまでやるの?」

「いや、今日は特別」

「そう?それなら私はもう帰るから、しっかりと休んでね?」

「いや待って、送るよ。帰って来るのが遅くなって申し訳なかったけれど、着替えて来るからもう少し待って」

「でもそんなに疲れてるのに」

「いや平気。いつもこうだから」


 そう言うとスクッと立ち上がり、バルはラーラに微笑んで見せる。

 多少ぎこちない動きではあるが、着替えの為にバルはラーラと並んで邸に入った。



 ソウサ家に向かう馬車の中。


 バルは自分の気持ちを改めて思い知っていた。ラーラを目の前にすると、気持ちはより一層鮮やかさを増した。


 そしてどうするべきかについては迷っていた。


 今すぐラーラに気持ちを伝えたい。

 しかしリリ達に交際を散々断られていた経験が、告白へのハードルを無意識に押し上げる。つまりバルはヘタレていた。


 剣術の教官に絞られながらも、ラーラと結ばれる為に必要な事を考えていた。

 それほど多くはない。コードナ侯爵家とソウサ家の了解と、生活を支える収入の当てと、ラーラの同意だ。

 バルが平民になる事が認められなければ、ラーラを養女にしてくれる貴族家を探す。バルが貴族のままなら騎士になる。平民になるなら衛兵か、あるいはソウサ家の仕事を手伝っても良い。行商でラーラと全国を回るのも楽しそうだ。


 どれもこれも、ラーラから同意を貰う事よりはとても簡単にしかバルには思えなかった。

 ラーラに気持ちを受け入れて貰う事にだけ、バルはヘタレていた。



 ラーラとの未来への希望と、ラーラに気持ちを伝えて断られる事を考えた時の恐怖で、バルの心は(せわ)しなく上下する。


 そのバルの機嫌の切り替わりは、今もラーラに伝わっていた。


 相変わらずバルの気分が変わる理由がラーラには分からないけれど、それを今まで面倒臭いと思っていなかったのは、自分がバルに(ひそ)かに思いを寄せていたからだとラーラは気付く。密か過ぎて自分が気付かない程だったが。

 親友だからだと思っていたけれど、たとえどれだけ友情が厚くても、面倒臭いものは面倒臭い。面倒臭いけれど友人だから赦すだけで、面倒臭いとも思わないのは違う理由があったのだ。


 そう考えるともうとっくにバルを思っていたのだと思え、ラーラはクスッと笑った。

 もちろんバルがそれを見逃す筈はない。


「どうした?何かあった?」

「ううん。ただ、そうね。私達って大分(だいぶ)親友が板に付いたと思って」


 親友の言葉にバルの心が冷える。

 ラーラから向けられるのは友情なのだと思って、バルのヘタレが進む。

 ラーラは自分の言葉でバルの気持ちが変化した事を感じたけれど、何故機嫌が悪くなったのかは分からない。


「調子に乗っちゃったかな?ごめんなさい」

「あ、いや、違うんだ」


 バルもラーラの言葉から、ラーラがスッと冷めたのを感じた。


「もちろん、ラーラと俺は親友だ。ラーラの事はとても大切に思っている」


 バルは微笑みを浮かべてラーラに向ける。ヘタレたバルには、思わせ振りにそう言うのが今は精一杯だ。


「それで?何か言おうとした?」

「ここで何も無いって言うと面倒臭くなりそうだから言うけど、本気に取らないでね?」

「いいよ。なんだい?」

「親友になれたなら、今度は大親友を目指そうかって、提案しようとしたの」

「大親友!それは良いな!」


 声と表情に反してまた、バルの気持ちが更に冷える。

 その事は分からなくても、バルの気持ちが上向かなかったのはラーラに分かった。


「バル。無理は止めて。無理に私に合わせてくれたりしたら、バルを信じれなくなっちゃうよ」


 そのラーラの言葉が今度はバルの頭を冷やした。


「いや、そう言う積もりじゃなかった。ごめん。でもそうだよな」

「ううん、気にしないで」

「いや。大親友か。もっとラーラと仲良くなれるって事だよな?」

「思い付きで言っただけだから、分からない。ごめんね」

「いいや。なろうか。大親友」

「大親友って何?バルには分かるの?」

「ええ?もしかして分からないのか?自分で言い出したんだろう?」

「だから思い付きだってば」

「まあ良いんじゃないか。思い付きでも何だか分からなくても。良く分からなかった親友にだってこうしてなれたんだし。俺はラーラともっともっと仲良くなりたいから、なろう、大親友」


 バルの機嫌がまた何故か上向いている。それに気付いてラーラはホッとした。

 大親友はともかく、少なくても今の親友状態をバルは気に入らない訳ではないと、ラーラは受け取った。



 ラーラに取ってバルの親友と言うのは、とても居心地が良いポジションだ。

 バルの親友と言う立場に胡坐をかいている自覚はラーラにある。バルは他の友人達よりラーラを優先してくれている。特別待遇だ。

 そのバルをもっと独占したい。

 ラーラの心の底には、そんな欲望が生まれていた。


 バルへの思いを諦めなくても良ければ、きっと望まなかった。諦めよう、閉じ込めようとしたからこそ、芽生えさせてしまったのかも知れない。


 親友が大親友になっても、ラーラが本当に望むものは別にある。


 その座を欲しいと思ってしまった事で、その座に既に座っている人影がラーラの目にはハッキリと映る。

 リリ・コーカデス侯爵令嬢だ。

 望むその場所にリリがいる事は、ラーラには疑い様がなかった。


 バルが交際練習を始めたのだって、リリと婚約するためだ。ラーラだってバルに交際練習を受け入れさせる為に、リリの事を持ち出していたのだ。

 最初から知っていた。でも分かってはいなかった。

 バルに寄せる自分の気持ちを認めた事で、バルに取ってのリリの存在を理解出来たのだ。

 自分がバルを思う様に、バルはリリを思っている。思い続けた年月を考えたら、バルの思いはきっともっと深く激しいのだろう。



 もしバルとリリが結婚したら。

 そう考えた時に何故、自分の心の中に嫉妬が広がるのか、ラーラには納得がいかなかった。最初から知っていたのに。もうバルには失恋したのに。


 ただ、嫉妬の相手はリリではない事に気が付いて、ラーラは少し気持ちが楽になった。

 たとえ誰でも、バルと結婚する相手は妬ましいのだ。ラーラが妬ましく思っている相手をバルが選んだのではない。バルが思いを寄せるリリはラーラに取っては特別ではない。それだからリリ個人を恨んだりせずに済む。

 そう考えると、バルとの友情は裏切っていない様にラーラには思える。友情からはみ出てしまったラーラの気持ちだけが余分なのだ。



 バルが誰かと結婚したら、自分も結婚しなくては。

 ずっと独身でいたりして、この気持ちをバルに気付かれたりしてはならない。

 でも、気持ちを偽って結婚なんて出来ない。お相手にも悪いし、バルの奧さんにも悪い。何よりバルを裏切る事になりそうだ。

 大丈夫。

 キロへの失恋も経験済みだ。バルへの失恋にも直ぐに慣れる。

 そしてバルへの気持ちと同じくらい、大切に思える相手と出会える筈だ。キロの後にバルに出会えた様に。

 きっと大丈夫。


 でもそれは未来の事。

 ヤキモチを表に出さない為にも、親友である事に気持ちを集中させなくては。



「もっと仲良くなる為にも、もっと一緒に色々とやらない?」

「お、良いね。先ずは何からやろうか?」

「マスト登りをやらせて貰おうか?」

「あ、親しい船が来るとか言ってたな?」

「うん。もう入港してて、そろそろ落ち着いたと思うから、頼んでみるね」

「船の中の見学もしたいな」

「ええ、それもね。舟遊びとかは?」

「港で?」

「湖が良いけど、遠いかな?」

「泊まり掛けだと一緒に行かせて貰えるか?」

「難しいから現地集合?」

「それなら大丈夫か。相談してみよう。料理はどうだ?一緒にスイーツを作ってみないか?」

「え?バル、料理出来るの?」

「いや、全然やった事はない。でも、たとえ失敗してもラーラとなら楽しいかと思って」

「失敗前提?確かに楽しそうだけど、いつかのピクニックみたいに、笑いが止まらなくなるかもよ?」

「良いね。あれは俺の大切な思い出になっているから、もう一つ思い出が増えるのは大歓迎だ」

「ええ?包丁持ってたりすると笑うのは危ないじゃない」

「それなら切る材料は最初に無言で切る」

「もうそこで笑いそう」


 そう言って二人は顔を見合わせ、クスクスと笑い合った。

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