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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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レントの初視察

 大きく育ったミリの幻影が脳裏から薄れた頃に、レントは最初の視察に出た。

 場所は領都のコーカデス邸から日帰りの出来る、もっとも領都に近い町だった。


 その日の内に帰る予定ではあったが、出掛(でが)けにレントの祖母セリとの遣り取りでかなり時間を取られ、レントが町に着いたのは予定よりかなり遅れてとなった。


「お待ちしておりました、レント様」


 自分の邸の前でレントを出迎えて笑顔を向ける町長だが、その口調には嫌味が滲む。


「レント様はお忙しい御様子ですが、今からですと大した案内も出来ません。気になる事に付いて御質問頂ければ、私がこの場でレント様の疑問にお答えします。わざわざ見学に足を運んで頂く必要など、御座いませんです」


 視察をすると連絡しているのに見学との言葉を使う町長に対して、甘く見られているのですね、とレントは心中で苦笑した。もちろん表面上は変わらずに微笑みを浮かべている。


「いいえ。町長の方こそ忙しいのでしょう。わたくしは自分の気の向くままに、視察をさせて頂きます」


 そう言って町長に向かって小さく肯くと、レントは踵を返す。

 町長はレントの後ろ姿を見送りながら、眉間に深い皺を寄せた。



 同行させて町に連れて来ていた馬車に乗り込み、レントは平民の服装に着替える。

 護衛達も自前の普段着に着替えて、数人を残して残りはレントより先に町に広がった。ただし皆帯剣をしているので、町人には成り切れていない。

 レントは剣を持たないが、町人の子供にしては身形が良かった。まず、髪のツヤが違う。爪も美しい。

 その違和感はレントも分かっている。


「領主の息子とは分からないかも知れませんが、何者かと警戒はされそうですね」


 王都への往復の時には旅装だったし、旅の汚れもあったので、レントが平民に紛れてもそれ程の違和感はなかった。

 その経験からレントは変装に自信を持っていたのだけれど、今回は満足のいく仕上がりにはなっていない。


「仕方ありません。今日はもう時間もありませんし、このまま進めましょう」


 レントは自分を納得させる様に呟くと、町長の邸の敷地から町に踏み出した。



 町には数は少ないが商店があり、鍛冶や木工の工房もある。


 レントが商店の前を通り掛かると、奥から小綺麗な格好をした店主らしき人物が店先に現れ、声を掛ける事はないがレントに笑顔を向ける。

 レントの視察はお忍びだと伝えて置いた筈だけれど、町長から町民達に情報が漏れているとしか思えない。

 レントは直ぐに諦めて、接待視察の扱いで構わない事にした。


 商店の店主らしき人物は、口を揃えてコーカデス伯爵と町長を讃える。店ごとに違うのは扱う商品の説明くらいだった。

 レントは念の為、全ての商店の説明を聞いて回った。


 一方、工房はドアを閉ざし、中から物音もしない。

 それに通りにはレント達の他には、買い物客の姿も見えない。


 町中に見るべき物があまりない事にレントは落胆しながらも、予定の遅れを取り戻せたのだと前向きに考える事にした。そしてそのまま通りを進んで、畑のある地帯に向かう。


 そのレントの行動を見て、レント達の少し離れた後ろを町長邸から付いて来ていた人間が、慌てるのがレントには分かった。

 知らない振りをしてレントがそのまま進むと、その人間はしばらく立ち止まってレントを見たり、町長邸の方向を見たりしていたけれど、やがて道を戻ってレントから遠ざかる。

 その様子に気付いたレントはクスリと笑った。


「あそこで曲がって行きましょう」


 レントは付いて来た護衛達にそう声を掛けて、少し足を速めながら脇道に分け入った。



 家が点在し畑が続く中をしばらく進むと、一軒の家の中から人が慌てて出て来た。


「アンタら、何者(なにもん)だ?!」


 その人物がレントの護衛に向けて大声を上げる。

 レントは前に進み出て、微笑みながら返した。


「わたくし達はただ、あちこちを見て回っている見学者です」


 人物はレントを睨むと、レントを守る様に囲む護衛達を見て、半歩後退りをする。


「この先には何もない。帰んな」

「その何もないのが見たいのです」


 人物の眉間の皺が深くなった。


「ダメだダメだ。この先は領主様の土地だ。勝手に入ったら罰せられる」

「領主様って、コーカデス閣下の?」

「ああ、そうだ。だから帰んな」


 そう言うと男は手でレント達を追い払う仕草をした。


「分かりました」


 そう応えたレントに護衛達は驚いて、レントもそれには気付いたけれど、「帰りましょう」と声を掛けると来た道を戻り始める。



 レント達が脇道から元の道に戻って、町長邸に戻り掛けた所で馬車が走って来た。

 レント達の手前で止まった馬車から、町長が降りて来る。


「どこに行っているんですか?!商店を見学するんではないんですか?!」


 荒い息をしながら大きな声を出す町長に、レントは「ええ」と答えた。


「商店は見ましたから、畑を見に行って来たのです」


 そう言うとレントは町長を避けてその脇を通り、そのまま町長邸に足を進める。

 町長はレントが帰って来た道の先を気にしながら、そちらとレントとを交互に見て、小さく「くそ」と言ってから馬車に乗り込むと、馬車をUターンさせてレントを追った。


 レントは自分の用意した馬車に乗り込んで、町に来た時の服装に着替え直す。

 馬車から降りると町長が待っていたけれど、レントの格好を見て町長は肩の力を少し抜いた。


「せっかく来て頂いたのに、もうよろしいのですかな?」


 言葉とは違って町長の顔には、レントが帰る事への安堵と、レントが子供である事を侮っている様子が見られた。


「ええ。また来る事もあるかも知れませんが、その時にはよろしくお願いします」


 そう言ってレントは微笑むと、護衛に手伝って貰って馬に乗り、領都に帰る様に道を進む。

 レントの進む方向を確認した町長は、鼻から息を長く吐いて、それを含み笑いに繋げた。



 レントは領都のコーカデス邸に戻ると、疲れたからと言って夕食も摂らずに自室に入ってしまう。

 祖父母には、レントが視察する事が町民に知れ渡っていて、見たい物が見れなかったとだけ報告した。


 そしてその夜。

 邸内が寝静まってから、レントは静かに自室を出た。

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