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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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バルの心配

 ラーラはバルの胸を押して、体を離した。


「王家との縁談の危険がなくても、ミリを留学させるのは良いかもね?」

「ああ」

「ごめんなさい、私、バルが命令すればミリが王家に嫁ぎそうで、不安だったの」

「その心配だったのか・・・謝る事はないよ」

「うん。でも、大分(だいぶ)気持ちは楽になったわ」

「そう?」

「ええ」


 ラーラがバルの膝の上から立ち上がる。


「ラーラ?」

「バルは何か考えたい事があるのよね?私、ベッドに入っているわ」

「ここにいたら?俺がベッドに行くまで、どうせ起きてて待っててくれるんだろう?」

「そう、かも知れないけれど」

「もう一度座ってよ。ねえ?髪を撫でさせて」

「・・・ええ」


 ラーラがバルの膝の上に腰を下ろすと、バルは両腕でラーラの体をそっと抱き締めた。


「俺の考え事も、まあ、ミリの事なんだ。聞いてくれる?」

「ええ、もちろん。何かあったの?」


 バルは「いや」と言いながら片腕を(ほど)いて、その手でラーラの髪に触れる。


「ミリがもう泣かないって言っていたのが、どうにも気になっていて」

「そうなの?なぜ?」

「人前でなければ、泣くのを我慢する必要はないだろう?」

「それはそうだけれど、それはミリも言っていた通りで、目を腫らしたら泣いた事が知られてしまうし」

「それはそうなのだけれど、ミリはまだ子供だよ?」

「・・・大人になれば、泣かなくても良いの?」

「いや、泣かそうとしている訳ではないよ?確かにミリの為には、(つら)い事や悲しい事が起こらない方が良いし、起こらない様に気を付けたい。でも子供なのだから、失敗しても良いだろう?」

「私もそう思うわよ?それなのでよそ様の前で泣いた事も、責めてはいないのだし。ミリもちゃんと反省をしているから」

「それはそうなのだけれど、何だろう?泣く事を我慢したりすると、笑う事も我慢しそうに思えないか?」

「それはそうでしょう?」

「そうでしょう?」

「ええ。微笑みなら良いけれど、よそ様の前で普通に笑ったりするのはダメじゃない」

「いや、でも、俺達はあの丘で、笑い合ったりしたじゃないか?」

「それはでも、あの時の私とバルは友人だったし」

「そうだけれど、う~ん」

「もしかして、ミリが誰かに笑い掛けないか、心配しているの?」


 ラーラの脳裏には、レントの存在が浮かんでいた。


「いや、逆だろう?俺の言っている事と逆じゃないか。笑い合ったり出来なければ、ミリには友人も出来ないのではないかな?」

「仲が良い船員達はいるみたいだけれど」

「知っているけれど、相手は皆大人じゃないか?それも海を渡って来る程だから、男女問わず皆逞しいし」

「気を許せるなら、年齢や性別は良いんじゃない?逞しいのも気になるの?」

「船員達を否定している訳ではないよ?そうではないけれど、同じ様な地位や年齢の、ミリが共感したり共感されたりする様な友人も必要なのではないか?」

「それはそうかも知れないけれど、笑ったりとかは関係なくても、そう言う友人をミリは作りにくいのではない?」

「いや、それで良いのか?良くないだろう?」

「それはでも、ミリの出自の所為だから、私にはどうして上げる事も出来ないし」

「いや、俺はそこを言いたいのではないんだ」

「それは分かっているけれど、結局はそう言う事でしょう?」

「う~ん、違うと思うのだけれど、上手く説明が出来ないな」


 バルは小首を傾げながら目を閉じる。


「ゴメンね?私、やっぱり、バルが考えるのを邪魔しているわよね?先にベッドに入っているわよ」

「いや、もう少しこのまま、一緒にいてくれ」

「そう?」


 ラーラはバルの胸元に顔を付けると「分かったわ」の答えた。バルの呼吸を感じながら、ラーラも目を閉じる。


 しばらく時間を置いてから、バルが口を開いた。


「ミリは素直だろう?」

「そう?かなり頑固だと思うけれど?」

「まあ、確かにそうだけれど」

「あ、ゴメンね?また、バルの考えを邪魔してしまったわよね?」

「いや、大丈夫だよ。ラーラがどう考えるのかは知りたい。それに確かにミリは頑固だし。でも、俺が結婚するなって言うから結婚しないって言っていたりしているだろう?」

「・・・ええ、そうね」

「レント殿との文通も、パノとチリン様が()めろと言えば()めると言っていたのだろう?」

「ええ。パノからそう聞いたわ」

「ミリはやりたい事を色々と我慢していたり、やりたくない事も色々と我慢しているのではないかな?」


 ミリは結構好き勝手にしているのでは?とラーラは思ったけれど、またバルの考えを邪魔しそうに思えて、「そうね」とだけ返した。


「泣いたり笑ったりしない様に、ミリは悲しい事や嬉しい事を感じない様にしているのではないのかと、俺は心配なんだ。そう、それが心配なんだよ。やりたいやりたくないを我慢しない為に、ミリはそう言う事を考えない様にしているんじゃないか?」


 そんなの当然じゃない?と優等生だったラーラは思ったけれど、バルの考えを邪魔しない為に、口には出さない。しかし替わりの言葉も出なかった。


 考えが感情に左右されると正しい認識が出来ない、とラーラは思った。そしてそこで、バルにプロポーズされた時の事を思い出す。

 バルは感情に任せて自分と結婚したけれど、今が幸せそうに思えるのは自分の欲目ではない筈、とは思うもののラーラの心には不安が滲んで来る。

 ラーラは、自分がバルと別れる事を前提にしていた頃の事も思い出した。あれは感情的には楽だった。諦めてしまえば不安も生まれない。


 バルはラーラが言葉を返す事を待ったけれど、ラーラが考え事をし始めたのを察して、そのまま待ち続けていた。


 ラーラは顔を上げて「バル?」と呼び掛けた。


「なんだい?」

「バルはミリが、感情を抑えている事が心配なのね?」

「う~ん、そうだね」

「感情を抑える事で、ミリが手軽な道を選んでいる気がしているって事よね?」

「うん?手軽なのかな?」

「手軽と言うか、諦めを選んでいると言うか」

「ああ、そうかも。そうだね。俺はミリが始めから色々と、諦めてしまっているのではないかが心配なんだ。そうだよ。それだね」

「諦める事で楽な道を選ぶな、と言う事ね?」

「え?違うよ?楽な道?」

「だって諦めないのは(つら)いでしょう?」

「え?どうだろう?」

「どうだろう?バルは私との結婚を諦めないでいてくれたけれど、辛くなかったの?」

「辛い訳はないだろう?俺にはラーラと結婚する以外の人生なんてなかったんだから、辛いも何もないじゃないか?」

「でも、精神的にはかなり追い詰められていたのではなかったの?」


 バルは無意識にラーラの髪から手を離し、拳を作って自分の胸に当てた。


「それは、ラーラの行方が分からなかったからだろう」


 その時の気持ちを思い出してしまい、堪えてもバルの顔が僅かに歪む。それに気付いてラーラも無意識に、バルの頬に手を当てた。


「バル?」

「うん?」

「大丈夫?」


 バルは「大丈夫だよ?」と応えてまた、ラーラを両腕でそっと包む。


「ほら?ラーラは俺の腕の中だ。結婚を諦める事なんて考えも出来なかったけれど、でも今こうやってラーラと暮らしていられるのは、諦めなかったからとは言えるかな?」

「そうね。バルが諦めないでくれたから」

「それとラーラが俺の願いを受け入れてくれたからだよ。でもね?俺がラーラと結婚出来たのは、俺の気持ちもあると思う。気持ちと言うか、感情と言うか」

「・・・それは、そうね」

「ミリにはそう言う所が、育ってないんじゃないか?」

「え?」

「そうだろう?」


 ラーラは、ミリは既にあれだけ頑固なのに感情的になったりしたら大変な事にならない?と思った。思ったけれどこの事は、今この場でバルと認識を一致させる事は難しそうだと考えて、ラーラは曖昧な口調で「そうね」とだけ返した。


「そう考えると、助産院や医院の手伝いや、ソウサ家に寝泊まりしているのは、ミリの感情を育てるのには良いのかも知れない。今はそう思うんだ」


 その事がミリの感情を育てる事に繋がるのかどうか、ラーラには分からない。

 しかしミリがよそで寝泊まりしている事が、自分とバルの関係を深める効果を高めているのはラーラにも分かっている。

 このままの暮らしを続けても、ミリが感情に振り回される様になるとは思えないし、バルの意見に反対する必要もないので、ラーラは「そうね」と応えて肯いた。

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