コウグ公爵家への対応
パノの弟嫁チリンは、王位継承権を持つ事を理由に、王都の外へと出る事を国から禁じられている。
それを自分の所為だとされた国王の、そう言ったソロン王太子への反論は、少し早口になっていた。
「いや、それは、ソロン?そう言う仕来りなのだから、仕方がないではないか?」
「それを国王陛下は変える事が出来ますが、チリンから乞われても変えていませんので」
「仕来りを変えるのは、そう簡単ではないのはソロンも分かるだろう?それにコウグ公爵領ではなく、王都のコウグ公爵邸に招こうとしたのではないか?」
「私の知る情報では、王都のコウグ公爵邸には敷地内に仮設の建物が建っているだけですが、王妃陛下?いかがでしょうか?」
「ええ。まだ王都に残っている使用人達の、仮の住まいの為の建物しかない筈です」
「そうなのか?でも、タランとハッカは王妃を良く訪ねて来ているではないか?」
「あの二人は王都に来たら、宿に泊まっていますよ?私達の邸に泊まれないかと言っていたのは、公爵邸の再建が済んでいないからです」
「君にはそんな事を言っていたのか?」
「あなたにはお伝えしていませんでしたか?それに公爵邸が再建されていたら、わたくし達を招いていると思いますけれど?」
「それもそうか」
王妃の言葉に肯く国王を見て、王妃も肯き返す。そしてソロン王太子が話を戻した。
「つまり今回の事は、コウグ公爵家かコウグ公爵家の遣いか、どちらかの独断で王妃陛下の言葉を騙ったと言う事ですね」
「あ、ええ。そうですけれど」
「では不敬罪として」
ミリは耳を塞ぎたかったけれど、それに耐える。教育の効果が十全に現れた結果だった。
「待ってちょうだい、ソロン?そんな大袈裟な事にしなくても良いでしょう?」
「そう、そうだな。身内の話なのだから、不敬罪は行き過ぎなのではないか?」
「そうですか?しかしチリンからは対応を求められています。私が対応するなら不敬罪の他にはありませんが、国王陛下が対応なさりますか?」
「私が対応しても、コウグ公爵家の体面に傷が付くではないか」
「しかしこれを放って置けば、今度はコーハナル侯爵家の体面に傷が付きますし、そうなればチリンもコーハナル侯爵家での立場を悪くします」
「いや、そこまでは」
「そこまで?それでは国王陛下はどこまでと考えているのですか?」
「いや、そうではないのだ、ソロン」
「確かにコーハナル侯爵家内でのチリンの立場は、スディオ殿が守ってくれるかも知れません」
「そう、それが言いたかったのだ」
「ええ、そうですよ、ソロン。スディオ殿ならチリンを守ってくれますとも」
王家の人々の前でパノの弟スディオの名を呼ぶ時には、自分の身内扱いの呼び捨てで良いのだ、との情報をミリは手に入れた。この場に残されて、悪い事ばかりではなかった事に、ミリの気持ちが少し上向く。それでも王族達の会話の内容の、ミリの心へ掛かる重たさは変わらないけれど。
「しかしこの話が外に漏れれば、スディオ殿が守っても、チリンの体面には傷が付けられます」
「いや、そんな事は」
「そうですよ。外に漏れるなんて」
「チリンの体面に傷が付けば、当然王家も侮られる事になります。違いますか?」
「それは、そうですけれど」
「いや、だから、チリンの体面には傷など付かなければ良いのだろう?」
「この様な事態になって、コウグ公爵家が何の対応も取らないと、国王陛下も王妃陛下もお考えですか?」
「それは、そうですけれど」
「だが、どんな対応を取ると言うのだ?」
「コーハナル侯爵家がチリンを幽閉している、とか?」
「幽閉?」
「そんな噂を流すと言うのか?」
「いかがですか?王妃陛下?あり得ませんか?」
「それは、あり得ますけれど」
「あり得るのか?」
「その様な噂を立てて、それを盾にして、チリンをコウグ公爵領に連れ去ろうとでもしたら、それこそスディオ殿はチリンを守るでしょうし、コーハナル侯爵家としても黙ってはいないでしょう」
「そうかも知れないが」
「母上?」
急にソロン王太子に呼び方を変えられて、王妃は顔に驚きを現す。
人前で微笑み以外を見せてはいけないと教育されて来たミリとしては、王妃のそんな顔は見せられたくなかった。ここまでも国王や王妃の顔に色々と表情は浮かんでいたので、今さら遅いけれど、ミリは視線を下げた。
「お祖父様の命で、母上はコウグ公爵家に直談判に行った事がありますね?同じ時に、お祖母様はコウゾ公爵家に」
「え、ええ」
「私や父上が前に立って対応すれば、どうしても公になりますし、事態が複雑化すると思います」
「それは、そうですね?」
「ニッキの妊娠にコウバ公爵家が口を出して来た時には私とニッキが対応しましたし、今回のコウグ公爵家への対応は母上に、そして母上を後ろで支える事は父上にお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
「私はもちろん、構わないのですけれど」
そう言って王妃は国王の顔を見る。
「それはつまり国王と王妃としてではなく、チリンの両親として、と言う意味だな?」
「はい」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます」
「あなた、よろしいのですか?」
「愛する妻と娘の為だ。当然だ」
「ありがとうございます、あなた」
「なに。こんな事を頼んで来るのだから、私の政務はそれなりに、ソロンが肩代わりしてくれるのだろう。そうだな、ソロン?」
ニヤリと笑う国王に対して、ソロン王太子は苦笑いを見せてから、頭を下げた。
「畏まりました、国王陛下。仰せのままに」
「うむ」
顔を上げて、国王と王妃と肯きあったソロン王太子は、ミリを振り向いた。
「と言う事でミリ殿。この件は王家預かりとするし、外部には漏らさない様にとコーハナル侯爵家に伝えて欲しい」
「はい。畏まりました」
頭を下げながらミリは、これ以上は何事もなく終わる事を祈った。
そもそも説明が終わった後は、自分がこの場にいる必要はやっぱりなかったと思うと、その事にはミリはホッとした。
コーハナル侯爵家への伝言を頼まれたけれど、それに付いての正式な回答は、コーハナル侯爵家から返して貰える。外部に漏らさない事をミリが約束した訳ではないので、コーハナル侯爵家に伝えるお遣いをするだけだ。
ただ、最後の国王がソロン王太子に仕事を押し付けた様に見える場面には、同席などはしたくなかったと、ミリはつくづくと思った。
どうしてもミリには、最後のソロン王太子の苦笑いが胡散臭く思えた。始めからソロン王太子は政務を引き受ける積もりで、国王と王妃にコウグ公爵家への対応を持ち掛けた様にミリには感じられる。そんな事は気付きたくなかった。
そして今回の事をコーハナル侯爵家に報告したら、チリンからソロン王太子の思惑を解説されそうで、そうなったら疑惑で済んでる事が確定してしまうかも知れない。
ミリは、なんとかチリンの解説を聞かずに済めば良いな、との細やかな願いも心に浮かべた。




