国王と王妃への説明
ソロン王太子専用の応接室で、ソロン王太子はコーハナル侯爵家に嫁いだ妹チリンからの手紙を手に、ミリに微笑みを向ける。その目にはミリへの同情も表れていたけれど、もちろんミリはそれを額面通りに受け取ったりはしない。
「それでチリンは誰との会話に付いて、私への伝言をミリ殿に頼んだのかな?」
「コウグ公爵家からの使者がコーハナル侯爵家にいらっしゃいまして、チリン様とナンテと話をなさいました」
ミリはパノの母ナンテに対して、敬称を付けるかどうか一瞬だけ考えた。しかしナンテは自分の戸籍上の伯母に当たる。チリンはソロン王太子の妹なのでソロン王太子側にしなければならないが、ナンテは自分側にするべきだと判断して、ミリはナンテには敬称を付けなかった。
その様な事を考えながらもミリは、ソロン王太子と会話するに当たって、身の回りの人々の自分に取っての立ち位置に付いて、考えていなかった事を反省した。チリンは良いけれど、チリンの夫のスディオはどうするのか、微妙なところだ。ソロン王太子からしたら、妹の夫のスディオは身内扱いで、ミリが敬称を付けなければならないかも知れない。間違えたとしてもこの場の雰囲気からは、ソロン王太子の叱責はないだろうけれど、それでもミリを教育したコーハナル侯爵家とコードナ侯爵家に対するソロン王太子からの評価を下げてしまう。
ラーラの兄達がバルを弟扱いにして呼び捨てている事は、参考にしてはダメなんだろうな、とミリは心の中で溜め息を吐いた。
幸いな事なのか、引き続き悩まなくてはならないから良くない事なのかは分からないが、ソロン王太子への説明が終わるまで、スディオに言及する事はなかった。
ミリからの事情説明が済むと、ソロン王太子はチリンからの手紙をもう一度手に取った。
「なんとかする様にするか」
ソロン王太子が独り言の様に呟いたので、ミリは口を挟むのを控える。挟むとしても、なんと言ったら良いか分からなかったけれど。
ソロン王太子は手振りで侍従を招くと、顔だけ侍従に向けて命じた。
「国王陛下と王妃陛下をお呼びしてくれ」
ミリは驚いたけれど、侍従は頭を下げて何事もない様子で受命する。その侍従の様子にも、動じていなそうな近衛兵士達の様子にも、ミリは更に驚く。しかしその驚きを顔に出さない事には、ミリは成功していた。
けれど、そのままミリに退室の命令が出ない事に付いては、さすがに焦りが少しずつミリの表情に漏れ出てしまう。
「ミリ殿?どうした?」
「国王陛下と王妃陛下がいらっしゃいますのでしたら、わたくしは下がらせて頂かなければならないのではないのでしょうか?」
「いや。二度手間で悪いけれど、先程の説明を両陛下にもして貰えるかな?」
「わたくしからでよろしいのでしょうか?」
「ああ、お願いする。私からより、現場にいたミリ殿の言葉の方が、信用されるだろうからね?」
そんな事はございません!と言いたかったけれど、「ご信用頂き、ありがとうございます」とミリは頭を下げる。
「説明の大役、謹んでお請けいたします」
やりたくはないけれど、やらない訳にはいかないのであれば、こう言う状況では積極的に引き受けるのだと、ミリは教育されていた。ただしいくら教育されてはいても、やりたくはない。
そしてもし国王と王妃への説明までもがチリンのイタズラの範囲内だったのなら、チリンとの付き合い方を考え直そうと逃避的に思う事で、ミリは心の安定を計った。
ソロン王太子に助産院の様子などを尋ねられて答えながらも、国王と王妃が忙しくて来なければ良いな、などとミリは思っていた。
しかしミリの細やかな願いが叶う事はなく、国王と王妃が揃ってソロン王太子の応接室に現れた。
そしてソロン王太子に命じられ、ミリは先程と同じ様に、コウグ公爵家の使者がコーハナル侯爵家に訪ねて来た様子を説明する。
説明も二度目なら澱む事もなく、ミリはスムーズに終える事が出来た。一度目の説明でソロン王太子から質問が上がって答えていた内容も、予め説明に組み込む事で、国王と王妃の理解を助けてもいた。
そしてミリは、スムーズな説明が後ほど国王と王妃からの評価を上げる事も、質問の答えを取り込んだ分かり易い説明をこの場で即座に構築した事が今まさにソロン王太子からの評価を上げている事も、気付いてはいなかった。気付かない方が、この場では幸せではあったけれど。
説明が終わったらミリは、退室を命じられる気でいた。この後は王家の人達で話し合うので自分がいるのは邪魔になる、とミリは考えていたからだ。ミリの常識ではその通りだった。
しかしミリの説明に満足して肯いたソロン王太子が、顔を向けたのは王妃だった。
「王妃陛下。コウグ公爵家の遣いがコーハナル侯爵家で述べた事は本当ですか?」
「いいえ」
「私も王妃陛下に悪意があったとは思いません」
「もちろんです。それはチリンの勘違いですよ」
「ええ。ですがコウグ公爵家でチリンが出産する様にと、王妃陛下はお考えだったのですか?」
「いいえ。その様な事はコウグ公爵夫妻とは、手紙でも遣り取りした事はありません。でも、私の実家ですから、嫁ぎ先より実家の方が安心出来ると、公爵夫妻はチリンの事を考えて、そう提案したのではありませんか?」
「王妃陛下に取っては実家でも、チリンには違うではありませんか?実際にチリンはコウグ公爵領に行った事はありませんし、そもそも今はチリンが王都を出る事を国王陛下が禁止なさっていますよね?」
いきなり飛び火され、国王は慌てた。
真面目に会話を聞いていたミリは、国王の慌てる姿なんて、本当に本当に見たくはなかった。




