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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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コウグ公爵家の使者への対応

 コウグ公爵家からの使者が待つ応接間に、パノの母ナンテを先頭に、パノの弟スディオ、スディオの妻チリン元王女とチリンをエスコートするミリ、そしてパノの五人が入室する。

 ソファに座ったままで立ち上がらない使者に対して、ナンテが微笑んで声を掛ける。


「ようこそ」


 それだけで、ナンテは言葉を切った。(ねぎら)いの言葉も待たせた事への詫びも口にせず、使者の返しを待つ。

 使者はナンテを睨んで、やがて口を開いた。


「私はコウグ公爵家からの正式な使者です。それをこれ程待たせるとは、どう言った了見ですか?」


 使者のきつめの口調と少し荒い語調に、ナンテは微笑みのまま表情を変えずに応える。


「コウグ公爵家からは、使者の派遣の連絡が届いておりません。どの様な要件なのかも分かりませんし、誰に宛てた話なのかも分かりませんので、王都にいるコーハナル侯爵家の人間を皆、集めていたのです」

「要件が分からないとは何ですか?それならまず、代表者が顔を出すべきでしょう?」


 荒さをもう少し加えた使者の言葉にも、ナンテは微笑みから表情を変えない。


「要件が分からないのですから、全員に心当たりを確認しておりました」


 そう使者に言ってからナンテは体の向きを変え、テーブルに向かって進む。その後ろをスディオ、チリンとミリ、パノの順に付いて行った。

 スディオ、チリン、ミリ、パノがテーブルの席に着いたところで、ナンテが使者を振り向く。


「使者殿。こちらへどうぞ」


 ナンテは使者に、テーブルの反対側の席を手で示した。

 使者はコーハナル侯爵家の女主人であるナンテが現れてもソファから立たない事で、自分に対するコーハナル侯爵家の対応に抗議を示していたのだけれど、それをナンテがいなした形だ。ただしソファ席にはコーハナル侯爵家側の五人は座りきれないので、この場でテーブルに席を移すのは無礼には当たらない。ナンテを始めコーハナル侯爵家の面々の取っている態度も、礼儀を損なうものではない。

 しかし使者は、抗議を上げる部分がないからこそ、内心での怒りを募らせた。


 たっぷりと時間を取って、使者がソファ席からテーブル席に移る。

 使者が席に着くと、その前にトレーが置かれた。


「書状があるのでしたら、そちらへ」


 使者はトレーを見ていた目を上げてナンテを睨む。そしてその言葉には返さずに、使者はチリンを向いて会釈をすると、チリンに対して話し始めた。


「コウグ公爵閣下より、チリン様のご懐妊を喜び、コウグ公爵家にてご出産の準備をなされます様に、とのお言葉をお伝えします」


 チリンは使者を見詰めてはいるが、少しも反応を示さない。

 そのまま誰も何も言わず、使者が困惑を表情に出したところで、ナンテが口を開いた。


「以上ですか?」

「え?・・・はい」

「使者殿は、その言葉に対してのコーハナル侯爵家の正式な回答も持ち帰る様にと、コウグ公爵閣下に命じられているのですか?」

「は、いや。回答と言うか、チリン様をコウグ公爵家にお連れする役目を担っています」

「そうですか。それではまずは略式ですが、口頭にて回答を致します。その申し出はコーハナル侯爵家として、お断りいたします」

「いや、私が話を伝えるのは、チリン様にです」

「なるほど。チリンの口から断られる様にと、コウグ公爵閣下に命じられていると言う事ですか」 

「あ、いや」

「チリン」

「はい、お義母(かあ)様」

「お断りを」

「いや、お待ちを」

「はい、お義母様」

「いえ、お待ち下さい」

「使者殿。わたくしチリン・コーハナルは、コウグ公爵閣下のお申し出をお断りいたします」

「お待ち下さいチリン様!」


 コーハナル侯爵家の五人は立ち上がり、ナンテは使者に微笑みを向けるが、他の四人は表情を出していない。


「コウグ公爵家にはコーハナル侯爵家より、正式な回答を送ります」


 そのナンテの言葉に使者は、座ったままナンテに向けて手を伸ばした。


「いや、お待ち下さい」

「使者殿はお気に召すまま、ゆるりとコーハナル侯爵邸にご滞在下さい」

「いえ!お待ち下さい!これは王妃陛下のご意向でもあるのです」

「・・・まあ」


 ナンテは目をゆっくりと見開いて見せる。他の四人も同様に表情を表したのを見て、使者は少し余裕を取り戻した。


「王妃陛下はチリン様のご出産をとても心配していらっしゃいます。その為コウグ公爵閣下にご相談なさって、チリン様のお体をコウグ公爵家でお預かりする事になったのです」


 その言葉を受けて、チリンがナンテに顔を向けた。


「お義母様」

「何ですか、チリン?」

「わたくしに使者殿への発言を許して頂けないでしょうか?」


 チリンのナンテへの謙った態度に、使者の眉間に皺が寄る。


「ええ、構いません。発言を許します」

「ありがとうございます、お義母様」


 そう言ってチリンは頭を下げずに腰を僅かに落とす、妊婦用の礼を取った。それを見て更に、使者の眉間の皺が深くなる。


「使者殿」

「はい、チリン様」


 使者は立ち上がり、チリンに向けて頭を下げた。下げた顔には歪んだ笑みが浮かぶ。

 使者はナンテには席も立たず頭も下げなかったのに、敢えてチリンには立って頭を下げる事で、ナンテとチリンの力関係を否定して見せたのだ。


 そして頭を下げた使者は、パノとスディオが姉弟でそっくりな苦笑いをしていた事を見逃していた。

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