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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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望外の成果

「馬車クラブだと?」


 レントの祖父リートが低い声を出す。レントの祖母セリは、単語の響きから男性向けのクラブかと考えて、リートに向けて尋ねた。


「私は聞いた事がないのだけれど、王都にあるの?」

「いいや、私も知らん。貴族が通わない場所か?」


 リートの問いにレントは首を小さく傾げる。


「使う事はあると思いますが、基本的には、平民の出入りの方が多いと思います」

「その様な所に連れて行かれたのか?」

「大丈夫だったの?」

「はい。危険があるような場所ではありませんし、わたくしも何かをされたりした訳ではありません」

「当たり前だ」

「でも」


 レントは顔の横に手を上げて、言いたそうな祖父母を手で制した。


「お祖父様、お祖母様。少しだけ、説明の為の時間をわたくしに下さい。その後でしたら、質問にお答えいたしますので」

「分かった」

「え?でも、リート?」

「いや、取り敢えず、レントの話を聞こう。レント、説明してくれ」


 レントは微笑んで「はい」と返した。


「馬車クラブには、王国中の馬車の情報が集まって来るそうです」

「王国中?」

「はい」

「馬車の情報だと?」

「はい。いつ、どこに、どの馬車が停まっていたとか、通り過ぎたとか、その様な情報が集められて来て、馬車毎あるいは場所毎に調べられる様になっているそうです」

「何の為にだ?」

「そうよね?何の為になのかしら?」

「それは犯罪が起こった時の証拠とする為に、馬車がどこにいたのか、追跡出来る様にしているのだそうです」

「何なのかしら?馬車を卑しく付けて回っていると言う事なの?」

「クラブの会員が馬車を見掛けたら、その情報を馬車クラブに届けるとの事でした」

「いや、しかし、そんな仕組みで、これ程細かく情報が残せるものなのか?」


 リートは資料を一行ずつ確認しながら、独り言の様にそう呟く。その言葉にレントは肯いた。


「その様ですね」

「それで?レント?これが何なの?」


 レントが馬車クラブの資料を出して来た意図が分からず、セリの言葉は口調が強くなる。


「ミリ様の話ですと、馬車での移動はこの様に筒抜けになるので、それを望まないなら騎馬で移動した方が良いとの事でした」

「そうなの?それ、本当なの?」


 訝しげな表情で首を傾げるセリに、レントは「はい」と肯く。


「王都にいる間に確認しましたが、馬車クラブの資料が裁判の証拠に使用されているのは本当でした」

「そう。裁判に」

「はい。情報の信憑性は確認済みとの事ですね。それに対して馬に付いての同じ様な資料が、裁判の証拠に使われてはいない事も確認しました。また、馬に付いては、馬車クラブに該当する組織は見付かりませんでした」

「なるほどな」


 リートはそう言って資料から顔を上げた。


「しかし、犯罪を犯す積もりでないのならば、馬車を使用しようが構わないではないか」

「そうではありますけれど、お祖父様。見る人が見れば、何を求めて馬車を使っているのか、分かるのではありませんか?」

「何を求めて?」

「はい。そして領主が求める物を知る事が出来れば、先回りしてそれを手に入れておく事で利益を得る事が出来ると、考える人間はいると思います」

「商人とかと言う事ね?」

「はい、お祖母様。その通りです」


 思惑にセリが乗りそうなので、レントは素で微笑む。


「領政に必要な物でしたら、多量に集める事になるでしょう。それを事前に買い占められたりすれば、予算を圧迫する事になります」

「しかし、必要になる物など、例年それ程変わりはない」

「しかしお祖父様。災害の影響などもあって、去年は道路整備、今年は水路整備などと、年毎に予算を厚くする部分は多少は異なります。領地予算上の比率では多少の差であっても、金額ではかなりの差になります。視察の馬車がどこに行ったかでその差額を独占出来るなら、充分な利益を得る場合もあると思います」

「それはそうかも知れんが、領政への影響はそれ程ないのでは?」

「領主が方針を決めたら、役人達はそれを守ろうとします。そしてたとえ商人に足下を見られたとしても、上司には報告出来ずに、言い値で買うか、質を落として集めるか、どちらにしても、領地にはプラスに働きません」

「それも見込んで、予算は立てるものだ」

「そうですが、我がコーカデス伯爵領の予算には、余裕はないではありませんか?そしてもし、財政を正す事が出来るのでしたらそれを行うべきだと、わたくしは考えるのです。いかがでしょうか?」

「それは、確かにそうだが」

「確かにレントの言う通りよね」

「ありがとうございます、お祖母様。確かに馬車を使わない事だけでは、財政が改善するとは思えません。しかしこの様な小さな事でも、積み重ねることによって、健全な領政に繋がり、やがては領地の隆盛に繋がるとわたくしは考えるのです」

「それもあるかも知れんが」

「お祖父様?昔からのやり方でも現状を維持する事は出来るでしょう。しかしわたくしは、このコーカデスを再び侯爵領としたいと思っております」

「レント・・・」

「お祖父様とお祖母様の悔しさは、理解している積もりです。そしてわたくしの代では難しいかも知れません。しかし、わたくしが出来る事は全てやりたいと思いますし、将来の為に必要な事でしたら、それは全てやり遂げて、次代に受け渡したいと思っているのです」

「・・・そうか」

「ですのでお祖父様、お祖母様。わたくしに騎馬での視察をお許し下さい」


 リートは瞳を揺らしながら一つ肯いて、セリに顔を向けた。


「セリ。私はレントに将来を託したい。その為になら、レントのやりたいようにやらせてやりたいのだ。どうだろう?」

「でも」

「馬車を使うか騎馬で行くかなど、いちいち私達に許可を取らせるのでは、レントが可哀想に私には思えて来た」

「そんな」

「レントを信じて、任せてやっても良いのではないか?」

「だって、リートは心配ではないの?」

「心配もあるが、私達はやがていなくなるではないか?」

「お祖父様?そんな事は仰らないで下さい」

「いや、レント。これは順番なのだから仕方がないのだ。それでな、セリ?私達がいなくなって初めて、レントが自分の考え通りに試行錯誤するより、私達が生きている内に、レントの思う通りにやらせた方が良いと、私は思ったのだ。私達が生きている内なら、たとえレントが失敗しても、私達がフォローする事が出来るではないか?」

「それはそうかも知れないけれど、でも、危ない事はダメよ」

「大丈夫だ。レント?」

「はい、お祖父様」

「事故や怪我には充分に注意出来るな?」

「もちろんです。わたくしはコーカデス家と領地の為に、やりたい事が色々とあります。この間の様にベッドから出られない様な事は二度としませんし、その為には常に安全に気を付けております」

「と言う事だ、セリ。レントは大丈夫だ」


 二人に見詰められてセリは、息を一つ吐くと、声は出さずに小さく肯いた。それを見て、すかさずレントが声を上げる。


「ありがとうございます、お祖母様。ありがとうございます、お祖父様」


 期待以上の成果に、レントは満面の笑みを二人に向けた。

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