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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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泣いた理由と泣かない訳

 確かに頭から上着を被る姿を見られるのは恥ずかしいかも知れないけれど、口止めをする程だろうか?


「ミリ?」

「はい、パノ姉様」

「ミリの目にゴミが入って、レント殿は風除けに上着を貸してくれたのね?」

「はい」

「上着を借りてから、ミリはしゃがみ込んだのね?」


 パノが口にした予想が自分とは違い、バルは「うん?」と呟いて小首を傾げる。

 ミリは躊躇いながら、パノの言葉に肯いた。


「・・・はい」

「しゃがみ込んだ姿をレント殿に見られたのは、恥ずかしかったの?」

「それは・・・はい」

「それともミリ?もしかしてあなた、人前で泣いたの?」

「え?」

「バル、黙って。どうなのミリ?」

「・・・はい」


 パノは知らずに入っていた肩の力を抜いた。


「そう。だから恥ずかしがっていたのね」

「申し訳ありません」

「え?どうしてだい、ミリ?フェリさんの事を思い出して、泣いたのだろう?」

「はい。ピナお養祖母(ばあ)様にもデドラ曾お祖母様にもフェリ曾お祖母ちゃんにも、もう会えないと思ってしまったらつい、涙を流してしまいました」

「それは恥ずかしい事ではないよ」

「え?何を言ってるの?バル?」

「何をって、涙を流したって仕方ないじゃないか」

「仕方ない訳ないでしょう?ミリは人前で泣いたのよ?」

「人前だって、泣くだろう?」

「泣いたらダメに決まっているでしょう?」

「そんな事はないだろう?女性なら人前で泣くことだってあるじゃないか」

「え?そんな事、あり得ないわ」

「瞳を揺らすだけで(こら)える事もあるけれど、思わず涙が零れる事もあるだろう?」


 パノはかつての友人の事を思い出していた。気の強い彼女はパノには涙を見せた事はないけれど、気の強さ故に、バルの前では泣いてしまった事もあるのかも知れない。

 パノがそれに言及するのは、ミリの前では憚れた。ミリがバルとリリ・コーカデスとの関係を知っている事は、パノも知っているけれど、「あなたのお父様は昔、女の子を泣かしていたのよ」などとは、ミリに向かって告げたい筈がない。


 しかしバルの脳裏には、最愛の妻の姿のみが浮かんでいた。涙目のラーラや、枕に伏せて嗚咽を漏らすラーラを思い出して、バルの感情は少しずつ昂って来る。


「あの、お父様、パノ姉様。私、もう泣いたりはしませんから」

「そうよね」

「そうよね?そうよねと言う事はないだろう?」

「しばらく前にパノ姉様に、私が小さい頃に泣いていたと言われた事がありましたけれど、私は覚えていません」

「え?そうなのかい?」

「昼寝から起きて、私を探した時の話ね?」

「はい」


 バルはそんなミリを見た事がなくて、ショックを受ける。

 自分は愛娘に泣きながら探された事などない。

 しかしそれは、バルが邸にいる時にミリが目を覚ませば、直ぐにバルがミリの顔を見に行っていたからなのだけれど。


「その時は泣いたのかも知れませんけれど、物心付いてからは泣く事はありませんでした」

「物心付いたって、自分で分かるのか」


 バルの呟きにミリは「はい、多分」と応えた。


「今回は油断をしてしまいましたが、これからはもう泣きません」

「え?」

「そう。それなら良いわ」

「いや、待ってくれ。良い訳ないだろう?」

「え?なんで?ミリがもう泣かないって言ってるんだから、今回の事は見逃してあげなさいよ」

「いや、そうじゃなくて」

「なによ?バルだって色々と失敗をして来たでしょう?」

「そうだけれど、それではなくて、ミリ?」

「はい、お父様」

「泣かないって言うのは、人前では、と言う事だよね?なぜか、人前ではなくても泣かないと言う(ふう)にも聞こえたけれど、もしかしてそう言う意味かい?」

「ええ、お父様。人前ではなくても泣きません」

「いや、家族の前なら良いんだよ?」

「なに言ってるのよバル?家族の前だってダメに決まっているでしょう?」

「え?ダメな訳はないだろう?」

「あの、お父様?」

「なんだいミリ?」

「人前で泣かない為には、家族の前でも泣かない方が良いと思います」

「いや、なんで?」

「家族の前で泣いていたら、人前でも気が緩んで泣いてしまうかも知れませんし、家族の前で泣いているところを人に見られるかも知れません」

「それは、そうだけれど」

「それに泣いて目が腫れたりしていたら、泣いたところは見られていなくても、泣いた事は知られてしまいます」

「それもそうだけれどね?それって一人の時も泣かないって事かい?」

「はい。今までも、物心付いてからは泣いた事はありませんでしたので、私に取っては家族の前では泣いて人前では泣かないとするより、一切泣かない方が簡単だと思います」

「え?泣いた事がない?」


 バルは思わず立ち上がっていた。そのバルを見上げてミリが「はい」と答える。


「お母様の前でもかい?」

「はい。物心が付いてからでしたら、もちろん」

「お付きのメイドとか」

「使用人達の前ですか?もちろんありません」

祖母(ばあ)様の前でも泣かなそうだし、フェリさんの前も同じだったろうな」


 バルの呟きにミリは小首を傾げる。小首を傾げたミリの表情を見て、バルは続けて呟いた。


「これって、拙いのではないか?」

「どうしたの?バル?」

「いや、だって、一人でも泣いた事がないなんて」

「ミリに取って悲しい事や(つら)い事がないのなら、その方が良いじゃない」

「祖母様とピナ様とフェリさんが亡くなっているのだぞ?」

「それだから、ミリは泣いてしまったんでしょう?」

「泣いて当たり前だろう?それなのに墓前で泣いた事が、失敗扱いっておかしいだろう?」

「おかしくはないでしょう?ミリがちゃんとした教育をされている証ではないの」


 バルはパノを睨むけれど、パノは睨まれて不思議そうな表情を浮かべる。


「ラーラと話をして来る」


 そう言うとバルは席を離れた。


「あの、パノ姉様?私、何かを間違えましたか?」


 ミリが顔色を失くしてパノに尋ねる。パノは「いいえ」と言いながら立ち上がった。


「あなたは間違ってはいないし、泣いてしまった事を恥ずかしいと思ったのも正しい事よ」


 パノはそう言うとミリの傍に立って、ミリの髪を撫でた。


「バルは女の子は泣くものだと思っていたのかもね?」


 そう言ってパノはミリに微笑みを向ける。


「さあ、私達も行きましょうか?そろそろ朝食よね?」


 パノに手を引かれて席から立つと、「はい」と応えてミリもパノに笑みを作って向けた。

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