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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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丘に吹く風

 コードナ侯爵邸での緊張の所為か、あるいはその緊張から解放された所為か、レントは自分の不調を自覚した。


「ミリ様」

「はい」

「申し訳ありませんが、少しの間、馬車を停めてもよろしいでしょうか?」


 そう言うレントの顔が見る見る血の気を失っていく事に、ミリも気付く。


「はい、構いません」

「ありがとうございます」


 理由を尋ねないミリに頭を下げ、馭者に命じて停車させると、レントは護衛が馬車の扉を開けるのを待たずに自分で開けて、急いで馬車を降りた。

 馬車から離れた場所で上を向いて、レントは深呼吸をする。今は下を向いたらダメだ。


 ミリは車内からそのレントの様子を見て、前回王都に来た時のレントも、馬車の中で顔色を悪くしていた事を思い出していた。

 馬車に酔う人がいるのだとの知識はあるけれど、幼い頃から馬車に乗り慣れているミリには、酔うと言う感覚は分からない。そもそも助産院や医院で具合の悪い人を見るまで、気持ちが悪いと言う事がどう言う事なのか、ミリは良く分かっていなかった。気持ち悪さを体験した事は今もないので、今も正確に分かっているとはミリには言えない。


 少し顔色を戻したレントが、馬車に戻って来た。

 頭を下げて詫びるレントにここで、大丈夫かと訊いても大丈夫だと答えるだけだろう、とミリは考える。


「ソウサ家の墓地は郊外にあります。馬車ですと移動に少し時間が掛かりますので、馬に乗って行きませんか?」


 ミリの提案にレントは思わず喜びを顔に出してしまう。今の言葉だけで気分が良くなった様にも思えた。

 だがその為にはミリに手間を掛けさせる事をレントは思い出す。


「しかし、騎馬で行くとなると、ミリ様にも用意をして頂かなければなりません。今日はわたくしの所為でかなりのお時間を掛けて頂いておりますので、これ以上のご迷惑を掛ける訳には参りません」


 レントは何が何でもぐっと飲み込む事を決意する。


「習い事のある時は、私は日に何度も着替えます。ですので乗馬服に着替えるのも、レント殿をそれ程お待たせ致しませんよ?」

「いえ!わたくしが待つのは構いません!喜んで待ちます!」


 待つのを嫌がったと思われた様な想定外の事を言われて慌てたのと、着替えと言う単語がミリの口から出た事に過剰に反応してしまったのもあって、レントは思った事をそのまま口に出してしまった。


「それでしたらやはり、馬に乗って行きましょう。ソウサ家の墓所は丘の上なので、馬で行けば風も気持ち良いと思います。それと、実はドレスのままでも私は馬に乗れますけれど、やはり着替えさせて下さい」

「はい!」


 元気よく返事をしたけれど、目上で年下のミリに気を遣わせた事に気付いて、レントは口に苦いものを感じる。

 しかし反省は後でミリのいないところでしようと気持ちを切り替えて、レントもミリに微笑みを返した。



 馬車はそのままコードナ邸までミリが乗って行く事になり、レントは一頭の馬に護衛と一緒に乗って宿まで馬を取りに行く事になった。レントが馬車に乗らなくても済む様に、ミリが馬車を借りたのだ。


 レントが自分の馬に乗り換えてコードナ邸まで迎えに来た時には、ミリは既に着替え終わっていて、自分の馬と一緒に門の傍でレントを待っていた。


「お待たせして申し訳ありません」

「いいえ。ね?早かったでしょう?」


 馬から降りて頭を下げたレントに、ミリはいたずらっぽい表情を浮かべて返す。

 それにどう応えたら良いのか迷ったレントは、「ありがとうございます」と少しずれた言葉とともに、もう一度頭を下げた。



 今回レントは王都には、護衛を二人連れて来ただけで他に従者がいない。

 それなのでラーラの祖母フェリ・ソウサへの供花は、ミリがコードナ家の従者に持たせた。


 王都の外れの丘の上のソウサ家の墓所に着くと、馬を降りてからはミリが先導してフェリの墓に案内する。

 フェリの墓に花束を(ささ)げて、レントは顔を少し伏せて目を閉じた。


 パノの祖母ピナに付いてなら、レントは叔母のリリにある程度の事を教わって来た。そしてその話の中で、バルの祖母デドラに対しての話題も出ていた。

 しかしフェリに付いては、レントはほとんど何も知らない。


 顔を上げて目を開けてフェリの墓を見詰めながら、横に立つミリにレントは尋ねた。


「ソウサ家の曾祖母君は、どの様な(かた)だったのですか?」

「そうですね・・・」


 ミリもフェリの墓を見詰めながら、言葉を探す。


「厳しい人でした」


 言葉の続きを待ったけれど、ミリはそれきり口を閉じたままだったので、数拍置いてからレントは「そうですか」と返した。


「曾祖母君はミリ様に教育を授けていらしたと伺いました。そして、コーハナル侯爵家のピナ様とコードナ侯爵家のデドラ様もそうだと聞き及んでいます」


 そこまで言ってレントは、なんと繋げれば良いのか迷う。


「ミリ様の胸中、お察し致します」


 そう言ってはみたけれど、レントは親しい人を失った覚えがない。曾祖父母はレントが生まれてから亡くなったが、物心付く前だったので、レントは二人の事を全く覚えていない。レントの母はコーカデス家から去ったけれど、こちらも物心付く前なので覚えていないし、話に出たりしない限りは、レントが自分で思い出す事もなかった。

 ミリの胸中は分からないと思いながらも定型句を口にしたけれど、ふと、レントの教育を担った叔母のリリが亡くなったらと考えてしまい、レントは息が詰まった。


「フェリもですが、ピナもデドラも厳しかったですね」


 ミリが感情の乗らない言葉を口にする。


 レントは小首を傾げた。

 フェリの事は知らないけれど、ピナもデドラも厳しいだけの人ではない筈だ。少なくともリリから聞いた話からは、レントは厳しいだけの様な印象は持たなかった。

 叔母上の様な大人になって初めて感謝を感じられる様な接し方だったのでしょうか?とレントはもう一度小首を傾げる。


「しかしピナ様もデドラ様も、お優しいところのある方達(かたたち)だったと伺っております。ミリ様を思っての厳しさだったのでしたら、きっと、フェリ様もお優しい(かた)だったのでしょうね」


 レントは平民のフェリをなんと呼ぶかを迷ったけれど、ミリと血の繋がった曾祖母ではあるし、ミリを教育した事にも敬意を表して、結局は様付けにした。

 コードナ家の従者が一瞬眉尻を下げ、護衛達も身動(みじろ)ぎをする。


「優しい・・・そうですね」


 ふとミリは、「なに言ってんだい」とフェリの声が聞こえた気がして、思わず口角を上げる。

 そして、その声がもう聞こえる筈のない事に気付くと、鼻の奥がツンとした。

 するとピナの「人前ですよ」との叱責も聞こえた気がして、反射的にミリは鼻から空気を少し吸って姿勢を正す。

 デドラの「そうですね」との声も(よぎ)る。


 ミリは泣いた事がなかった。乳幼児の頃は泣いていた筈だけれど、自分では全く一切覚えがない。

 三人が亡くなっても、泣いたりはしなかった。

 亡くなる前からフェリとピナの看病で忙しくしていたし、三人が立て続けに亡くなると葬儀が続いたし、チリン元王女の妊娠もある。様々な事柄に対応する事に忙殺されて、三人が亡くなった事に付いて、ミリは実感を持てていなかった。


 ミリは顔を逸らした。


「申し訳ありません。目にゴミが入った様です」


 ミリに背中を向けられたレントは「それはいけません」と言いながら上着を脱ぐと、自分より少し背の高いミリの頭にそれを被せた。


「風除けにして下さい。少し風が出て来た様です」


 レントは後ろからミリの前にハンカチを差し出す。


「よろしければお使い下さい」


 ミリがハンカチを受け取ると、レントは振り返って自分の護衛を下げ、コードナ家の従者と護衛達にも下がる様に手振りで伝え、自分も墓から距離を置いた。


 背を向けたレントは、しゃがみ込んだミリの姿を見なかった。

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