出せない話題と場の繋ぎ
パノの母ナンテに見送られて、コーハナル侯爵邸の敷地を出るとレントは、思わず小さく息を吐いた。
「疲れましたか?」
レントの様子をスルーするべきかとも思ったけれど、この後はバルの祖母デドラの墓参の為に、コードナ侯爵邸も訪ねる事になっているので、ミリは予定変更も視野に入れてレントに尋ねる。
「いえ、そうではないのです」
レントは緊張が解けた理由を自分の中に探す。
コーハナル侯爵ラーダは領地に行っている為に、王都のコーハナル侯爵邸に不在なのはミリから聞いていた。けれどパノやパノの弟スディオやスディオの妻チリン元王女とは、挨拶をしたり言葉を交わすかも知れないとレントは考えていた。チリンはバルとラーラの恋物語のファンだと聞いていたし、パノとリリの間にはラーラの誘拐を機に疎遠になった経緯もある。
それなのでレントは、パノやチリンに何か言われるのではないかと覚悟していたのだけれど、会う事もなく終わってホッとしたのだなどと、ミリに言う訳にもいかない。
「ナンテ様から叔母への温かい伝言を頂いて、コーハナル侯爵邸を訪ねる事が出来て良かったと、つくづく感じていたのです」
その思いも確かにレントの中にあったので、嘘ではない。
微笑みを向けるレントに、ミリも微笑みを返した。
コードナ侯爵邸では、バルの母リルデがレントを出迎える。ミリが間に立って紹介した。
「こちらはコードナ侯爵夫人リルデです」
「リルデ・コードナです。コーカデス殿ですね?」
「はい。コーカデス伯爵スルトの子、レントと申します。お目に掛かれて光栄です、リルデ・コードナ様」
「ようこそいらっしゃいました、コーカデス殿」
「この度は大切な方を亡くされました事、お悔やみ申し上げます」
「痛み入ります。では早速、お墓に案内いたします」
「ありがとうございます」
「こちらへどうぞ」
いつもより堅いリルデの雰囲気に、ミリの心はザワつく。
ミリはリルデがコーカデスの人々を悪く言ったりするのを聞いた事がなかったので、レントに対するリルデの態度に戸惑った。パノの母ナンテがレントに好意的だったのと対照的な応対に、ミリはリルデの事が心配になる。
実際には、リルデはレントの祖母セリとは子供の頃から仲が良くなかったし、レントの曾祖母メリルとも良い思い出はなかった。
レントの祖父リートが、結婚前のラーラを悪く言っていたとの話もリルデの耳に入っている。そして誘拐で辛い思いをしたラーラに対しては、レントの曾祖父ガットが王宮で杖を振り上げている。
レントの父スルトに対してはあまり印象がない。けれどレントの実母フレンに対しては、離婚してコーカデス家を出た事は、フレンに取っては良かったのではないかとさえ、リルデは思っていた。
しかしコーカデス家に良い印象がないからと言うだけで、リルデはレントに対して堅い態度を取っているのではなかった。レントを送って寄越したコーカデス家の狙いが分からず、リルデはそれを不安視していたのだ。
何せ送り込まれて来たのが、ミリが文通相手としているレントだ。リルデにしてみたら、何かを企んでいるミリを相手にする時と同じ位には警戒をしてしまう。ミリがリルデを心配する原因は、ミリの所為とも言えなくはなかった。
実は、バルの祖母デドラが亡くなっていた事を知ったレントが、コーカデス伯爵家当主であるスルトの了解も取らずにコードナ侯爵家に献花に来ただけなのだけれど、そう言った意味ではレントは不要な警戒をリルデから受けていた。
レントが献花をしている間も、ミリは心配しながら、リルデとレントの様子に注意を向けていた。
献花の後、リルデはレントを昼食に招待した。本日突然レントの訪問が決まったのだけれど、コードナ侯爵邸ではレントを迎えての昼餐が用意されていた。
リルデとしては時間的に昼食でレントを饗す必要があったし、レントとしては折角用意して貰ったのに断るのは失礼に当たる。そしてミリはこの事態を想定しておらず、もう少し時間をずらすべきだったと後悔していた。
その様な状況なので、昼餐会はとても静かに始まった。この国の貴族の食事はあまり会話をしないのが普通ではあるけれど、そうだとしても静かだった。
主催のリルデが話を振るべきなのだけれど、レントに何を訊くのも難しくリルデは感じていた。レントにコーカデス領やコーカデス伯爵家の人々の様子を尋ねても、嫌味や悪口に受け取られてしまいそうにリルデには思えていた。
辛うじてレントがミリの従弟ジゴの事を話に出したけれど、コードナ侯爵領に帰ってしまっているジゴでは、それ程話題が広がらない。
それなのでミリがスイーツに関する話題を出して、コードナ家の男達のスイーツ好きエピソードをリルデが披露したり、レントが前回王都から領地に帰る時にミリから貰ったスイーツを味わいながら帰った事に付いて旅の様子を交えながら話す事で、なんとか場を保たせる事が出来た。
コードナ侯爵邸の敷地を出る時にはまた、レントが小さく息を吐いてしまったのだけれど、同じタイミングでミリもふうっと肩の力を抜いた。
ミリとレントはお互いを見て、苦笑を浮かべる。
二人とも言葉にするのは危険な感じがしていたので、そのまま見詰め合いながら、しばらく苦笑いを続けた。




