花束の重さ
「この後はどうなさいますか?このままコーハナル侯爵邸に馬車で向かいますか?それとも騎馬に代えて行きますか?」
ミリの質問に、「そうですね」と返してレントは視線を下げた。
「騎馬になさるなら私も一旦戻って、馬に乗って参りますけれど、いかがなさいます?」
それだとミリにドレスから乗馬服に着替えて貰う事になる。それに気付いてレントは顔を上げた。
「いえ。このまま馬車で、コーハナル侯爵邸とコードナ侯爵邸とソウサ邸に向かわせて下さい」
「分かりました。では、コーハナル侯爵邸に参りましょうか」
肯き掛けて、レントは大切な事を思い出す。
「申し訳ありませんがその前に、花屋に寄らせていただけますか?実は本日直ぐに墓参させていただけるとは思ってはおらず、まだ花を用意出来ていないのです」
その言い訳を自分でも情け無いと思った所為か、レントは口の中に苦みを感じた。
言われてみれば、馬車の中に花が積まれていない。言われるまで気付かなかった自分に、ミリは少し慌てる。もしかしたらレントとの不意の再会に気持ちが上擦っていたのかも知れない、とミリは考えて、気を引き締めてみる。
「それは気付かずに、失礼いたしました」
「いいえ。献花させて欲しいと言いながら、準備出来ていなかったわたくしの落ち度です。その上に重ねて厚かましいお願いなのですが、わたくしの持っています王都の店舗の情報が古く、ミリ様に花屋を是非紹介していただきたいのですが、いかがでしょうか?」
ミリと花束の賭けをしているのに、王都の花屋の所在を分からない事がレントには恥ずかしかった。しかしこのまま花を持たずに墓参は出来ない。
顔を赤らめて尋ねるレントに、ミリは首を左右に振って「いいえ」と応える。
「私の方がレント殿を急かすように、今日墓参りをして頂く様にしてしまったのです。私のお薦めのお店でよろしければ、喜んでご案内させて頂きます」
そう言ってミリが作った微笑みを向けられて、レントは思いが湧き上がるのを感じた。それは、墓参にしっかりと花を持参する事ができると分かって安堵したのです、と言う風にレントは理解する。
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
そう言って頭を下げたレントが顔を上げると、その表情には喜びが表れていた。
花屋で買った花の香りに包まれながら馬車に乗り込んでから、レントはハッと気付く。本来ならここで、ミリに花を贈るシチュエーションなのではないかと。
今ならまだ馬車は動き出していないから、花屋に戻るのでも間に合う。
しかし賭けに勝ったら花束贈る約束をしているのに、この時点で贈るのは違う気がする。慶事ならまだしも、今回は弔事で尋ねて来ているのだし。
それなら案内して貰えるお礼として、替わりの贈り物を用意すべきだったのではないか?自分が花を買っている間にでも、護衛に頼んでミリが喜びそうな物を用意すべきだったのではないか?
ミリが喜びそうな物が何なのか、全く分からないけれど。でもだからと言ってそれが、贈り物をすべきだと思いつかない事の、言い訳になどなる筈がない。
自分には、こう言う場面で贈り物を用意するのが当然だと思い付く経験も、何を贈ったら喜ばれるのかと言う知識も、ではこの状況をどう切り抜けるべきかと言う機転も、何一つない、と思ってレントは途方に暮れた。
「どうしましたか?」
心配そうに尋ねてくるミリに、レントの返す微笑みが引き攣る。
「王都で売られている花は素敵ですね」
「そうでしょうか?」
ミリは自分で薦めた店の花なので、肯定する事を遠慮した。コーカデス領の花を貶す事に繋がっても困る。
「ええ。香りも良くて、少し驚いてしまいました」
そう答えたレントは、今度はもう少しマシな微笑みをミリに向けた。
コーハナル侯爵家では、パノの母ナンテがレントを出迎えた。ミリが間に立って紹介する。
「こちらはコーハナル侯爵夫人ナンテです」
「ナンテ・コーハナルです。コーカデス殿ですね?」
「はい。コーカデス伯爵スルトの子、レントと申します。お目に掛かれて光栄です、コーハナル様」
「ようこそいらっしゃいました、コーカデス殿」
「この度は大切な方を亡くされました事、お悔やみ申し上げます」
「痛み入ります。コーカデス殿のご都合がよろしければ、お茶はいかがですか?それとも先にお墓に案内いたしましょうか?」
レントが花束を抱えているので、ナンテは挨拶だけで直ぐに墓参の提案をした。
「ありがとうございます。先に献花をさせて頂きたいと思います」
「分かりました。ミリ?」
「はい、養伯母様」
「お墓には私がコーカデス殿を案内します。ミリには少し用事がありますので、こちらで待っていて下さい」
初対面の二人だけにして大丈夫かと心配が浮かんだけれど、亡くなったピナに鍛えられながら本物の社交を経験して来たナンテに任せて置けば問題ないと考えて、ミリは「分かりました」と肯く。
「それではレント殿、また後ほどお会いしましょう」
「はい、ミリ様」
ミリの微笑みに対して向けたレントの表情は、口角は上がっているけれど堅かった。
ミリをその場に残して、ナンテとレントは邸の庭にある墓地に向かう。
二人の後ろ姿を見送りながら、体に比べて花束が大きくて、ミリはレントがちゃんと前を見えているのか、重くてよろめいたりしないか、両手を胸の前で握りながら、心配をしていた。
もし将来、弟か妹が出来たら、こんな気持ちになるのかな、などと、年上のレントに対して少し失礼な事を思いながら。




