馬車クラブ
コーハナル侯爵邸へレントを案内するのはミリ一人だが、もちろん護衛も付いて行く。
ミリはレントが乗ってきた馬車に同乗して、コーハナル侯爵邸までの道を進んだ。
「今回は王都まで馬車でいらっしゃったのですね?」
ピナの葬儀には間に合っていないので、ミリはレントがコーカデス伯爵領から王都まで馬車で来たのだと思った。しかしレントはミリの質問に「いいえ」と答える。
「馬車ですと時間が掛かりますので、今回も騎馬で参りました」
「そうなのですか?それではこの馬車は、どうなさったのですか?」
「これは用心の為と言いますか」
「用心?」
「はい。わたくしがコードナ様の邸やコーハナル侯爵邸に出入りするのを見られると、もしかしたら面倒な事が起こるかも知れないと考えまして、馬車を借りる事で誰が訪ねたのか分かりにくくする事を狙いました」
「なるほど・・・そうですか」
そう言うミリの表情を見て、レントは不安を覚えた。
「あの、なにか?」
「レント殿がコードナ家を訪ねたことは、既に知られていると思います」
「え?どなたにですか?」
「相手は一般市民で平民なので、面倒事に発展する可能性はありませんけれど、知られたくないのでしたら、馬に乗って訪ねる方が隠せますよ?」
「そうなのですか?」
「はい。今のこの国ではそうです」
そう自信を持って断言をするミリを見て、レントはなんらかの仕組みがある事に気付く。
「それはもしかしたら、ミリ様が作り上げた監視網があると言うことでしょうか?」
ミリは驚いて目を見開いた。
「いいえ、違います。私にはその様なものは作り上げられません」
手も首も左右に振って、ミリは否定する。しかしレントは監視網は存在するのだと考えた。
「それではどなたがお作りになったのですか?」
「仕組みを作ったのは私の曽祖父達です」
作成者の存在を告げる事で監視網の存在をあっさりと認めたミリに、レントは警戒をした。
ミリの曽祖父達が作ったと言う事はかなり以前から存在していた筈だけれど、王都に監視網が存在するなんて情報をレントは持っていなかった。それならその存在は、これまで隠されていた筈だ。
その存在をあっさり認めるとは、ミリがどう言う狙いを持っているのか、レントには全く分からなかった。
「少し寄り道をしてもよろしいですか?」
そう言ってミリに微笑んで尋ねられて、レントは反射的に肯いていた。
馬車で訪ねた先は、何の看板も掛けられていない建物だった。
馬車を降りてミリが「こちらです」と先導して建物の中に入るのに、レントも続く。どこか分からない恐さも少しはあったけれど、それよりは好奇心が勝ったレントだった。コードナ侯爵家で大切にされているミリが足を踏み入れるのを護衛達が咎めないのなら、危険はないと思えたし、自分を罠に嵌める事の方が危険な筈なので、それをミリが選ぶとはレントには思えなかった。
建物の中に入ると直ぐに、受付の様なカウンターが設えられていた。その向こうで待ち構えていた係員が、ミリ達に声を掛ける。
「いらっしゃいませ。どの様なご用件でしょうか?」
役所の受付の様な建て付けなのに、にこやかなのも、それでいて隙のなさそうなのもそぐわない、係員の態度にレントは改めて緊張する。
しかしミリは気負いもなさそうに踏み台に乗って係員の前に立つと、カウンターの上にカードを提示した。
「最新の、コーカデス伯爵家が王都で借りている馬車の情報を」
「畏まりました」
係員は一礼をして、傍に控える別の人間に指示を出す。更に別の人間と言葉を交わすと、その人にカウンターの位置を譲って、自分はカウンターから出て来た。
「ただいま用意いたしますので、こちらでお待ち下さい」
係員に案内されて個室に入ると、お茶とお茶請けが用意される。
係員が退室して、室内がミリと護衛達だけになってから、レントは口を開いた。
「先ほど、わたくしの家の名を出していらっしゃいましたけれど、わたくしが借りた馬車の情報がここで分かると言うのですか?」
「はい」
ミリが種明かしをしようとすると、その前にドアがノックされた。応えると先程の係員が入室して来る。
「お待たせいたしました」
少しも待っていないと思ったレントは、係員と目が合って微笑まれた。
「最新との事でしたので、コーカデス伯爵家が王都で昨日借りた馬車の、今現在までの情報を持って参りました」
そう言って係員が差し出したファイルをミリが受け取る。ファイルを開くと、紙が一枚挟まれている。
ミリは内容を確認して小さく肯いた。
「ご要望に合いましたでしょうか?」
「はい。これで合っています」
「他にお求めの物がありましたら、お声を掛けて下さい」
そう言うと係員は一礼して退室する。
ドアが閉まってから、ミリはそのファイルをレントに差し出した。
「この様に、馬車の情報は集める事が出来ます」
ミリからファイルを受け取って、レントは内容を確かめる。するとここまでのミリの話からレントが予想した通りに、昨日は馬車を借りた店から宿に乗り入れ、今日は宿からコードナ邸に向かった事まで記されていた。そしてレントの予想以上だったのは、通った道筋まで記されている事と、今この建物にその馬車で来た事まで示されている事だった。
その資料には、この場所の名として「馬車クラブ本部」とあった。
「その馬車クラブと言うのが、私の曾祖父ゴバ・コードナの発案で、もう一人の曾祖父ドラン・ソウサが作り上げた組織です」
そう言ってミリは嬉しそうに微笑んだけれど、資料から目を離せなかったレントはその表情を見逃した。
しばらくは間欠投稿になります(代替スマホでの入力に慣れず、親指に痛みが出てしまいまして・・・)




