レントの来訪
親睦会が終わると、貴族達は領地に帰って行った。
それに伴って、王都は静かになる。
ミリは先日決めた通りに、コードナ侯爵家でダンスと護身術を習う日以外は助産院で過ごす事を基本として、その合間に曾祖父達が残した資料を読み解く生活に入った。
助産院やソウサ邸に泊まる事も多かったけれど、両親が寂しがるので朝食は自宅で摂るし、その前に毎朝自宅での護身術の稽古もしていた。
その日もミリが助産院で助産師達の手伝いをしていたら、自宅から帰って来る様にと連絡があった。
レント・コーカデスから、訪問伺いが届いたのだ。
ミリは驚きながらも急いでコードナ邸に帰った。
「お父様、お母様。レント・コーカデス殿が来るの?」
「え?それを訊きたいのは私達の方だよ」
「ミリは知らなかったのよね?」
「はい」
「ミリを訪ねて来るみたいだけれど、事前に連絡は無かったのかい?」
「いえ、全くありません」
「手紙にも何も書かれていないのね?」
「最近は送っても受け取ってもいなかったですし、最後の手紙にも特には何も書かれてはいませんでした」
「遣いの人によると、ピナ様の墓に献花したいとの事だけれど」
「え?それなのに我が家に来るのですか?」
「そうなんだよね」
「パノがウチにいると思って、来るのかしら?」
「でも、ミリを訪ねて来るのだろう?」
「そうね。そうよね」
「あの私、ピナお養祖母様が亡くなった事は、レント殿に手紙で知らせました」
「そうなの?」
「はい」
「それはコーハナル侯爵家の人達は知っているのかい?」
「はい。皆様には話してありますし、ナンテ養伯母様に許可を頂いてから手紙を出しました」
「それなら良いかしら。コーハナル侯爵家に遣いを出して、レント殿を連れて行っても良いか確認しているのだけれど、織り込み済みなのかも知れないのね」
「でも、なぜミリを訪ねて来るんだい?」
「それですけれど、レント殿へ手紙で知らせる許可をコーハナル侯爵家から頂いている事は、レント殿が知らないと思いますので、その確認もしたいのではないでしょうか?」
「ミリがコーハナル侯爵家に無断で、レント殿に知らせたのではないかどうかを確認すると言う事かしら?」
「はい」
「そうなのね。それでミリは、どうするの?レント殿をコーハナル侯爵邸に案内する?」
「はい」
「分かったわ。良いわよね?バル?」
「そうだな。それでは、遣いの人に返事をして来るか」
そう言うとバルは応接室に向かった。
その姿を見送りながら、ラーラはミリに話し掛ける。
「私はお相手出来ないけれど、お父様にも同行して頂く?」
「いいえ。私一人で大丈夫です。護衛も連れて行きますし、お父様もお仕事の途中ですよね?」
「仕事よりミリが優先でしょうけれどね」
そう言って笑うラーラの言葉通りに、レントが訪ねて来た時には、バルも同席する事になった。
レントが訪ねて来ると、先ずは玄関でバルが出迎えた。
「バル・コードナだ。君がレント・コーカデス殿か?」
わざわざ怖がらせる積もりではなかったけれど、バルの声が無意識に低くなる。レントはゴクリと唾を飲み込んだ。
レントの周りには、バルほどの体格の男性がいない。コーカデス伯爵家の護衛達より、バルは大柄だった。ラーラが筋肉好きだと思っているバルが、毎日欠かさずハードなトレーニングを続けた結果が現れている。レントが叔母のリリに聞いて想像していたイメージより、バルには威圧感があった。
気圧されそうになりながらも、レントは考えていた作戦を思い出す。
コードナ邸を訪ねたら、バルかラーラにも会うだろう。バルにもラーラにも恨まれていれば、怖い思いもするかも知れない。それは覚悟の上だった。
もしラーラに会ったなら、ミリとそっくりだとの話なので、将来のミリの姿だと思えば怖くなくなるかも知れない。
そしてもしバルに会ったなら、ミリが尊敬している様だから、バルの姿を自分の将来の目標にすれば、怖くなくなるかも知れない。
バルを見詰めて、こんな男性にわたくしはなります、と心の中で唱えると、作戦は正しかった模様で、バルに感じてい恐怖が畏怖に変わった様にレントには思えた。
「はい」
自分の声が震えていない事に、レントは勇気付けられる。
「コーカデス伯爵スルトの子、レントと申します。お目に掛かれて光栄です、コードナ様」
「本日は我が娘ミリに用だとの事だが、ミリはレント・コーカデス殿と会う約束などしてないと言っている。訪ねる先を間違えているのではないか?」
「いいえ。お約束はしておりませんが、ミリ・コードナ様にお目に掛かりたくて、こちらを訪ねさせて頂きました」
「ミリになんの用事だ?」
レントは正直に理由を話す。
「コーハナル侯爵家と我がコーカデス家の間には、蟠りがございました。それに付きましては謝罪致しました事で許されてはおりますが、コーハナル侯爵家を訪ねるに当たっては、我が家には伝手がございません。亡くなられたピナ様に献花をさせて頂くに当たり、ミリ・コードナ様に仲を取り持って頂けないかと、お願いに参りました」
「確かにコーカデス伯爵家はコーハナル侯爵家との間に蟠りがあったが、それは我がコードナ家とも同じ事。それなのにミリを頼ろうとするなど、我がコードナ家を軽んじているとしか思えんが?」
「いえ、その様な事はございませんし、わたくしでもよろしければ、過去の事にもこの場で謝罪致します」
「それはつまり、誘拐事件の主犯がコーカデス家だったと認めると言う事か?」
「いいえ、それはあり得ません」
「では何を謝罪すると言うのだ?」
「ラーラ・コードナ様を貴族とは認めないとした事と、バル・コードナ様とラーラ・コードナ様の婚姻が無効だとした事です」
そう言ってレントはバルの目を見詰めた。この問答はレントの想定内だった。
一方バルは言葉に詰まり、なんと言って責めれば良いのか、続きが思い浮かばない。下手な事を言えばラーラを傷付ける事になるし、ミリが生まれた事を悪く言う事にもなりかねない。
その言葉に詰まったバルを救ったのは、ミリだった。
「お父様。もうよろしいでしょうか?」
少し前から二人の様子を見ていたミリが、バルの後から声を掛けた。応接室にバルがレントを案内する筈なのに、一向に二人が来ないので、ミリは玄関に迎えに来たのだった。
そうしたらミリの想像通り、バルがレントに難癖を付けていたのだけれど、手紙の遣り取りでレントの事を知っていたミリは、この程度なら口出ししないでもレントに取って問題ないと考えて、静観していたのだ。




