親睦会での企み
バル監修スイーツ新作発表会と銘打たれた親睦会には、ソロン王太子も少しの時間だけれど顔を出した。そして新作スイーツを少しずつだけれど全て試食して、気に入ったいくつかの品をどこの店が発売するのかを確認して帰って行った。
他の招待客は、それぞれ気になる品を試食したり、軽食をつまみながら酒を味わったりして、リラックスして会を楽しんでいる。皆が既に王都での用事を済ませていて、後は領地に帰るばかりになっていたので、王都滞在中の最後のこの催しは、ゆったりと楽しむ事が出来るのだった。
スイーツは新作の他に、これまでにバルが監修した物の一部も用意されていた。
そしていずれのスイーツにも説明書きが付けられている。その説明書きにはどれもこれも、ラーラとミリが食べる事をイメージしながら開発された事が述べられていた。以前に監修したスイーツに付いては、ラーラとミリの為に開発した物ばかりを選んで、テーブルに並べていたのだ。
これはミリが仕組んだ、バルがミリを大切にしている事を説明しやすくアピールする為のものだった。
参加者達はその説明書きに内心呆れながらも、バルが一貫してラーラとミリの為のスイーツを作り続けていた事は、好意的に受け止めていた。そしてラーラとミリの為に開発したスイーツをこの場に用意した意図も、正確に受け取っていた。それなので、スイーツには手を出さずにお酒を選ぶ人達も、説明書きにはちゃんと目を通していた。
その様子を見て、バルの母リルデが微笑む。
「ミリの思惑通りになりそうね」
「ええ、本当に」
パノの母ナンテも微笑みながら、参加者達の様子を眺めていた。
その二人に挟まれて、少し顔を赤らめたラーラが「でも」と躊躇いがちに口を挟む。
「かなり恥ずかしいです」
説明書きは全てバルの手書きで、ラーラの為のスイーツの開発経緯には、ラーラへの賛美も盛り込まれていて、内容的にはラブレターの様でもあった。
「そこはミリを見習って、堂々としてなければダメよ?」
「そうですね。本当は書いたバルさんも恥ずかしいでしょうし」
「ナンテさん。バルはラーラの事なら、結構恥ずかしい事でも平気でするわよ?」
「それは聞いていますけれど、さすがにあの文章を人目に曝すのは、いくらバルさんでも恥ずかしいのではありませんか?」
「いいえ。ラーラを褒めるチャンスだと思って、嬉々として書いたと思うわ。ラーラ?そうだったでしょう?」
ラーラはリルデの言葉とナンテの視線に声を出せなくて、更に顔を赤くしながら小さく肯くだけだった。
今日はパノの父ラーダと弟スディオは来ているけれど、スディオの妻チリンは体調が芳しくなくて出席出来ず、パノもチリンに付き添って一緒に留守番をしている。
バルの新作発表会とした為に、バルもラーラの傍に付きっきりにはなれない。ミリもこの後に出番があるので、元々ラーラの傍から離れる予定になっていた。
バルもミリもパノもラーラに付いていられなくなるので、代わりにこの会ではリルデとナンテがラーラと一緒にいる事になったのだ。
しかしラーラの姑のリルデも、ラーラの養家の女主人のナンテも、ラーラに対しては遠慮が無くて、ラーラを揶揄う事を楽しんでもいた。
やがてミリの出番の時間がやって来た。
バルの長兄ラゴが練習用の木剣を二本持ってバルに近寄る。
「バル。剣の腕を見てやる」
そう言うとラゴは一本の木剣をバルに渡し、自分は庭に出てもう一本の木剣をバルに向けて構えた。
「ラゴ兄上?剣を振るえるのか?」
「なにを言っている。最初にお前に剣を教えたのが誰なのか、忘れたのか?」
「もう何年も剣を握って無いんじゃないか?」
そう言いながらバルも庭に出て、ラゴの前で剣を構える。
周囲の視線が集まって、ヤジが掛けられたりしながらも、場の緊張が高まる。
「あ、タンマ」
そう言ってラゴは木剣を下ろすと、「ミリ」と声を掛けた。
「はい、ラゴ伯父様」
肝腎の出番が来ない内に模擬戦が始まりそうで心配していたミリは、ホッとしながらラゴに応えた。
ラゴはミリに声を掛けたまま、自分に一番近いテーブルに向かう。予定と違うラゴの動きに、ミリはまた少し不安を感じた。
ラゴはテーブルの花瓶から花を一輪取って、ミリに近付いた。その花を差し出しながら、ミリに話し掛ける。
「ミリ。審判をしてくれ。私とバルと、勝ったと思った方にこの花を渡すんだ」
花を渡すなんて予定にはなかったので、ラゴの狙いが分からなくて、ミリの返事が遅れる。
「大丈夫。怪我をしない様に、バルには手加減をしてやるから、心配するな」
そう言って笑うラゴに、ミリは目を見開いた。
シナリオではバルがラゴに勝って、ミリが「お父様すごい」と駆け寄る事になっていた。
バルを見ると、ミリに向けて肩を竦めて見せている。バルも知らないラゴのアドリブの様だ。
ミリはラゴから花を受け取ると、微笑んで見せた。
「お父様は剣技がとても上手なので、ラゴ伯父様に怪我をさせる事もないと思います」
「ミリはバルが勝つと思うのか?」
「もちろんです」
「公正な審判を出来るか?」
「はい。もちろんです」
真剣な顔を作ってラゴにそう返したけれど、ミリは途端に不安になる。アドリブで、ラゴが勝つ積もりなのではないだろうか、との思いが浮かび、ミリはその場合の自分の取るべき行動を考え始めた。
「ミリ、開始の合図を」
「あ、はい」
ミリは花を胸の前に捧げ持ち、持たない方の手を真上に上げて、「はじめ!」と声を上げて手を振り下ろす。
勝負は一瞬で、ラゴの持った木剣が折れた。
「そこまで!勝者、お父様!」
ミリはシナリオ通りのセリフを言ってから、バルに向かって走り寄った。
「お父様の勝ちです」
そう言って花を差し出すミリをバルは抱き上げる。
「どうだ?すごいだろう?」
「はい、お父様。さすがでした」
バルは抱き上げたミリから花を受け取ると、ラーラの下まで行って、ミリを抱いたまま片膝を突いて、花をラーラに差し出した。
「この勝利を君に」
周囲からは嬌声が上がり、先程の非ではないくらい赤くなりながら、「ありがとう」と言ってラーラは花を受け取った。
それを見て、再びの嬌声や指笛やヤジが上がる。
「では次!」
そう言うとラゴは新しい木剣を用意して、それをバルの父ガダとスディオに渡した。
「ほら、ミリも用意して」
そう言いながらラゴが花をまた一輪、ミリに差し出す。
ミリはバルの腕から降りてその花を受け取ると、先程と同じ場所に立った。
シナリオではバルとラゴの模擬戦だけの筈だったけれど、ラゴのアドリブでガダとスディオの対戦が行われる事になってしまった。
「スディオ君、分かっているね?」
ラゴの、周囲にも聞こえる耳打ちに、スディオは苦笑しながら肯いた。
数合の打ち合いの後、スディオが剣を落とし、ガダの勝ちとなった。
「スディオ君、ラゴ、覚えていろよ」
そう言いながらもラゴはミリから花を受け取ると、リルデの傍に片膝を突き、「この勝利を君に」と言いながらリルデに花を渡したのだった。
「じゃあ次はラーダさんと俺ね」
そう言ってラゴはラーダに木剣を差し出す。
「ラゴ君、スディオ、覚えておくからな」
「ええ?私も?」
驚きの声を上げるスディオを一睨みしながらも、ラーダは木剣を受け取った。
そして勝利の花をミリから受け取ったラーダも片膝を突いて、「この勝利を君に」との言葉と花をナンテに贈った。
その後も、バルの次兄ガスをはじめとした今日は一人で参加していた男性達が、妻同伴で来た男性達に花を持たせ、女性は全員勝利を捧げられたのだった。
そんな中、ラゴの長男ジゴは余興に一切の興味を見せず、ただ一人、スイーツ全種類を堪能していた。
投稿が数日空くかも知れません(スマホが充電出来なくなってしまい、原稿が書けなくなるまで後25パーセントに)




