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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第一章 バルとラーラ
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31 ソロン王子からの喚び出し

 部屋に入って来たソロン王子は、礼を取るリリの姿を見て一瞬動きを止めた。

 入口のところで侍従に耳打ちをしてから、リリに笑顔を向ける。


「待たせて済まない」

「いえ。ソロン殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく存じます」

「ああ。どうぞ掛けてくれ。コーカデス殿と話すのは久し振りだね」

「はい。四カ月振りかと存じます」

「もうそんなにか。学院では君の事を見掛けてはいるけれど、学年も違うし、中々話す機会もないからね」

「はい。お姿をお見掛けする度に、殿下はいつもお忙しそうでいらっしゃいますが、それでも常にトップの成績を修めていらっしゃいます事には、敬服致しております」

「そう言って貰えると、頑張っているのが報われるよ」


 そこに王子の侍従が書類とペンを持って来る。


「悪いが先に、これにサインをして欲しい。この場で私に何を言っても不敬としないと言う事と、この場で出た会話を誰にも伝えないと言う契約だ。家族にも伝えてはならない。文章を読んで納得したらサインをしてくれ」

「畏まりました」


 侍従が書類を手にしているのを見た時に、リリには内容が想定出来ていた。実際に目にするのももちろん署名するのも初めてだが、それがどう言う物かと言う知識は持っている。


 侍従は同じ文書の書類を2枚用意していた。リリの為のペンをテーブルの上に置くと、1枚をソロン王子の前に、もう1枚をリリの前に置いた。

 リリが文章を読み終わって署名を始めたところで、ソロン王子も自分の前の書類に署名をする。お互いの用紙を入れ替えて、再び署名をした。

 ソロン王子は自分用の用紙を侍従に渡すと、リリに微笑みを向けた。


「侍従や護衛にも他言はさせないから、同席させて貰う」

「畏まりました」

「口調も学院でと同じにする様に。まどろっこしいからね」

「分かりました」

「さて」


 そう言ってソロン王子は、ソファの背凭れに体を預けた。


「あー、今日はコーカデス殿に会えて嬉しいよ」

「学院と同じでしたら、私の事はリリと呼んで頂ければと思います」

「そうだね。そうさせてもらう。それで確認なんだが、今日は私がリリ殿を喚び出したんだよな?」

「あの、はい。お喚び頂きましたので、参りました」


 ソロン王子の「やはりそうか」との呟きは、リリの耳に届いた。


「あの、もしかしたら私が間違えたのでしょうか?」

「私からの遣いか手紙が行った?」

「はい。遣いの方が手紙を持っていらっしゃいました。コーカデス家ではなく学院で渡されましたので、緊急なお話かと思って参ったのですが」

「多分、気を回した人がいるんだな」

「それはどの様な事でしょうか?」

「くれぐれも、家でも他でも話さない様にね?」

「はい。もちろんです」


 先程の書類に署名をしたのに更に念を押される事に、リリは気持ちが落ち着かなかった。


「とは言ってもそう大した話じゃないんだけれど、私と姉君との話は知っている?」

「殿下と私の姉のチェチェですか?」

「そう。何か聞いた事がない?」

「学院ででしょうか?」

「いや、私が学院に入る前。チェチェ殿もまだ入学していなかった頃だから、リリ殿も大分(だいぶ)小さかったとは思う」

「申し訳ありません。聞いたのかも知れませんが覚えておりません」

「あ、いや、そんな大層な話じゃないし、言い出しにくいだけで勿体振っている訳じゃないんだけれど、って言うのがもう言い訳っぽいが、昔、チェチェ殿を私の好みだと言った事があるんだ」

「え?殿下が仰ったんですか?」

「そう」

「姉が殿下の好みなのですか?」

「昔だよ?なんて言うと今のチェチェ殿がなんか違うみたいに聞こえるけど、他言無用ね?」

「はい」

「今のチェチェ殿は変わらずに素晴らしいと思うけれど、恋愛的な好意は感じていない。女性としてはとても魅力的だよ?でも私の特別ではない。もちろん他に特別な女性もいない。あ!男性もね?」

「つまり、殿下は姉を何とも思っていないと言う事ですね?」

「そうだけれど、チェチェ殿の事を否定はしていないからね?もしチェチェ殿と婚約したら、もちろん私は喜ぶよ?でも他の女性でも同じくらいには喜ぶ」

「分かりました」

「分かってくれた?」

「はい。多分正確に受け取れたとは思いますが、確かに殿下が口になさるのは難しいですね」

「そうなんだよ。否定してないけれど、積極的に肯定もしていない。好きか嫌いかで言うと好きだけれど、だからと言って周りに気を回されるのは違うんだ。イヤじゃないけれど困る」

「殿下のお立場上、こう言った話は発言が難しいのですね」

「そう、非常にナイーブでセンシティブ。だからと言って発言を控えると、それはそれでまた余計な気を回す人が出るし」

「殿下が大変なのは良く分かりました」

「理解して貰えてとても嬉しい。ホントに」


 ソロン王子は疲れた顔の上に笑顔を作った。


「そうすると、本来はここには姉がいた筈なのですか?」

「多分ね」

「多分ですか?殿下のこの時間のご予定は、本当は何だったのですか?」

「チェチェ殿との面会。チェチェ殿から面会依頼があった事になっていた。そんな事、チェチェ殿は言ってなかったんだね?」

「はい。今日、登校する時までは何も。その後は分かりませんが」

「いや、面会は今日組まれたんじゃなくて、しばらく前から予定に入っていた」

「そうなのですか。喚び出されたのが姉ではなくて私なのは何故でしょう?」

「チェチェ殿と私を会わせたくない人間が相手をリリ殿に差し替えたんだろう」

「それは、私である必要はないと言う事ですか?」

「そうだね。リリ殿はとばっちりだ。まあ、チェチェ殿が来ても、私から話はないけれど。みんな、私の予定を何だと思ってるんだろうな」

「しかしそうしますと、何故今になって姉との面会を設定したのでしょう?昔の事を蒸し返す様な出来事が、何かありましたか?」

「それはチェチェ殿が間もなく婚約するからじゃない?」

「え?殿下とですか?」

「違うよ。今チェチェ殿が交際している彼とだよ」

「え?それはあり得ないと思いますが」

「そうなの?誤情報?」

「でも、もし姉が婚約するとして、何故それで殿下と面会する事になるのですか?」

「世の中には私とチェチェ殿を結婚させたい人達がいるんだよ」


 リリの頭には祖父母と両親の顔が浮かんだ。


「だからチェチェ殿が婚約すると聞いて、私と会わせて、まあ、見合いの様な事をさせようとしたんじゃないか?チェチェ殿が婚約すると聞いたら、私が焦ってチェチェ殿にプロポーズするかも知れないと思って」


 リリは眉間に皺を寄せそうになって、慌てて表情を戻した。


「ソロン殿下の妃と言う事はこの国の将来の王妃ですけれど、そんな思い付きの様なプロポーズで決まるものなのでしょうか?」

「私がプロポーズしてしまえば危ないけれど、私ってそんな粗忽者に見える?」

「いいえ、全く見えません」

「そうだよね?自分で言うのも何だけれど、そうは見えないよね?」

「はい、全く」


 ソロン王子は口調は軽くても、行動は軽くないとリリは思っていた。


「ですが、その様な行き当たりばったりなアイデアで、なぜ殿下と姉を結婚させられると思うのでしょうか?もしかして逆に、殿下の婚約者の候補から、姉を外させる為ではないですか?」

「いや多分、私に他国から妃を迎えさせない為に、何でも良いから手当たり次第に片っ端から企てを実行してるんじゃないかな」

「え?その様な話が出ているのですか?」

「何度も言うけれど、他言無用だよ?」

「はい」

「私は学院を卒業したら周辺国を視察に回る予定なんだ」

「え?そうなのですか?知りませんでした」

「今のところ、国家の最高機密扱いだからね」

「え?」

「だから余所では言わない様に。聞かれても知らんぷりしてね?」

「はい、分かりました」

「それでその視察中に、他国のお姫様と仲良くなって、私がお嫁に貰って来たりすると困るって人達もいるんだよ」


 娘や孫娘を王子の妃、つまり将来の王妃にしたい家は多い。と言うか下級貴族の家でさえ、チャンスさえあるなら貪欲に狙うだろう。

 その座を他国の姫に奪われたら、計算が狂う人は多い筈だ。国内貴族の花嫁の座が一つ減る。それも国内で一番の特等席が。


「それでしたら、視察前に婚約者を決めたりはなさらないのですか?」

「国内で?」

「はい」

「王家としては、視察先の姫を私の妃に迎えたいんだよね」

「え?それは何故?」

「何故か。それは私の口からは言えないけれど、君なら分かるんじゃない?」


 そこで侍従が王子に耳打ちをした。


「あ、そうか。理由は国内の貴族家の影響力を減らす為なんだ」

「え?そんな事、私に向かって仰って良いのですか?」

「私がここで言っちゃえば君は余所で口に出来ないでしょう?さっきの書類に署名があるからね。私が言わなくてもリリ殿は推測するだろうけれど、自分の推測なら話しちゃうかも知れないし」


 そう言ってソロン王子はいつもの微笑みを見せる。


「実際には私の婚約者になる人が決まっている訳じゃない。だから視察旅行は婚活旅行でもある訳だ。残りの視察先にもっと良いお姫様がいるかも知れない、なんて私が欲張れば、誰とも婚約できずに、結局は帰国してから国内のご令嬢と婚約するかもね」

「その時に姉を選ぶかも知れないのでしょうか?」

「チェチェ殿が婚約してなければね。でも何年も先だから結婚していると思うよ」

「え?何年も?」

「ああ。だから一部の貴族では婚約話が出始めているし」

「え?関係があるのですか?」

「今の話が漏れているのかもね。国家機密の筈なのに。単に交際ブームの影響かも知れないけれど。どっちにしても私の視察スケジュールが発表されたら、色々察して婚約に動く家も増えるだろう。って言うかみんな結婚しちゃうんだろうな」

「そうなるともし殿下が婚約者を決めずに帰国なさった時には、お相手となる方がいないのではありませんか?」

大分(だいぶ)年下になるだろうね。幸い妹がいるから、その同級生とかの世代になるんじゃないかな。それなら待っていて貰わなくて済むし」


 つまり、リリや姉のチェチェの世代は、待っていても王子の妃にはなれないと言う事だ。


「リリ殿も早目に相手を見付けた方が良いよ?あ、余計なお世話か?リリ殿はバルと結婚してあげれば良いんだものね」


 そう言って笑顔を向けるソロン王子に、リリは微笑みを返すだけで、言葉は返せなかった。


「でも、今日ここで聞いた話はしちゃダメだからね?バルに前倒しで婚約させる時も、今日の話を理由に持ち出したりしない様に」


 そう言ってイタズラを企む様に笑うソロン王子に、リリは返す笑顔に苦みを浮かべない様にするのが精一杯だった。

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