葬儀を終えて
立て続けに行われた葬儀が済むと、ミリは自分の予定を立て直した。
最優先は、チリン元王女が無事に出産する事のサポート。
しかしこれはコーハナル侯爵家が責任を持つとして、パノの母ナンテにはミリが行っても良い事を制限されている。アドバイザーとしては発言をさせて貰えるけれど、コーハナル侯爵邸に泊まり込んでチリンの様子を確認したりは許されない。
そうは言っても何かあれば直ぐに手を貸せる様に、ミリは助産院での勉強に力を入れる事にしている。
次は自分の為の勉強。
コードナ侯爵邸でのダンスと護身術の授業は、今後も続けさせて貰う。
礼儀作法を実践する場として、コードナ侯爵家やコーハナル侯爵家での茶会や昼餐会への招待も改めてお願いした。
ミリ商会としての行商は今のところ予定がないけれど、折を見て再開したいとミリは考えている。
そして曾祖父達の資料の整理。
バルの祖父ゴバ、パノの祖父ルーゾ、ラーラの祖父ドランの残した資料は、まだ中身を殆ど確認できていない。資料を読む為にはそれぞれの邸に行かなければならず、まとまった時間をミリが取れなかった為に、作業が進んでいなかった。
それとルーゾの資料はコーハナル侯爵邸の図書室の資料室にあって、パノかスディオかパノの亡くなった祖母ピナが同行しなければ入室出来ない約束になっている。
それなので各家の了解を取って、資料を運び出してソウサ邸に集める事にした。死んだらミリに部屋をあげるとラーラの祖母フェリが言っていたので、その部屋を使わせて貰う。
本当はただのミリとして空き地の子供達と遊ぶ事も予定に入れたいのだけれど、脱走が難しくなった今のところは、実現の目処が立っていない。
もっとも、港町に遊びに行く事は今も許されているけれど、それよりは優先する事があるので、ミリはしばらくはその時間も作る積もりはなかった。
しかし、ミリが考えていた予定より、優先する事を求められる話が上がって来た。
葬儀に参列した貴族家の婦人達が領地に帰る前に、バルの母リルデも、パノの母ナンテも、それぞれが茶会を開いたり、あるいは招待されたりして、社交を行っていた。
その席で上がった噂話を持って、二人が揃ってバルとラーラを訪ねて来たのだ。
その話の席にミリも呼ばれた。
「イヤな噂が広がっているわ」
リルデの言葉にナンテも肯いて同意を示す。
「バルとラーラがミリを蔑ろにしているのですって」
その言葉にバルとラーラはお互いを見た。
ミリに甘々のバルと、ミリが帰って来ればベッタリのラーラの、どこが蔑ろにしている様に見えるのか、二人ともまったく思い当たらない。
「どこからそんな噂が?」
「まったく思い当たりません。ミリは何か知っている?」
「いいえ、お母様。リルデお祖母様?蔑ろの内容は分かりますか?」
「ミリを冷たくあしらっていると言われているわ」
リルデの言葉にまたナンテが肯く。
「お義母様の葬儀の時に、コードナ家の人間とコーハナル侯爵家の皆さんでミリを囲んでいる所が注目されていたでしょう?」
「はい」
「その時にバルとラーラは離れた所にいたではないの。それを言われているのよ」
「それが何故?」
「もしかしてお義母様?わたくし達があの場でミリを抱いたりしなかったから、冷たくあしらっているとされているのですか?」
「そうなのよ。ミリがあなた達に相手にされなくて可哀想だから、私達があの様に構っているのですって」
「なんでそんな話になるんだ?」
「普段のあなた達を知っている人は、とんでもない誤解だと思っているわ」
ミリはとんでもないと言われて、それなら普段の自分達はどの様に思われているのか気になった。それこそとんでもない風に思われてはいないか、少し心配になる。
「それに、それを聞いた皆さんが直ぐに否定をして下さっているのだけれど」
そこまで言ったリルデがナンテを見ると、ナンテはまた肯いて、言葉の後を引き取った。
「フェリさんの葬儀の時にも、バルさんとラーラさんがミリとは離れていたと言う話も出ているの」
「え?祖母の葬儀の時もですか?」
「そうだったかな?」
ラーラとバルが小首を傾げながらミリを見ると、ミリも首を傾げていた。
その様子を見てナンテは「スディオが言うには」と続きを口にする。
「ラゴさんとスディオがミリを抱き上げて、お菓子を食べさせたりしていたのでしょう?その後にソウサ家の皆さんも集まって来て、代わる代わるミリを抱き上げたりしたそうよね?その時にバルさんとラーラは、それに背を向けていたって言う人がいるそうなのよ」
確かにその様子をバルもラーラも見てはいなかった。護衛事業の関係者や護衛達と久し振りに顔を合わせたラーラが話し込んでいて、バルもその会話に参加していたからだ。
ミリはラーラの次兄ワールに持ち上げられた時に高い視点から、バルとラーラが確かにミリ達に背を向けていたのを見ている。
「そちらの噂は平民の間に広まっているのでしょうか?」
「ええ。それでデドラ様の葬儀の話が、追加の材料に使われているらしいのです」
「それらがわたくしの出自に繋がるのですね?」
口を挟んだミリを見て、「ええ」と声を揃えてリルデとナンテは小さく肯いた。
「それなので、対応を話し合おうと思って来たの」
リルデの言葉にまたナンテが肯く。
「噂を消す為にラーラ、お茶会を開きましょう」
リルデとナンテに見詰められて、ラーラも肯いた。しかしそれをミリが止める。
「待って下さい、お母様。お祖母様も養伯母様も」
ミリはラーラの腕に手を触れた。
「お母様?女性だけのお茶会ならお父様は参加出来ませんし、お父様が参加なさるなら他の男性も参加しますよ?」
そんな当然の事を言うミリに、ラーラは苦笑いをした。
「分かっているわ。女性だけのお茶会にしましょう。お義母様もお養姉様も、それでよろしいですわよね?」
「ええ。それで良いわ」
「そうですね。私もその積もりです」
「しかし、お父様がいなくて、大丈夫なのですか?」
「ミリは一緒に参加してくれるのでしょう?」
「もちろんです。お母様が主催なさるなら、準備のお手伝いも致します」
「そうしてくれるなら問題ないわ」
「お茶会でラーラとミリの仲の良いところを見せれば、噂が誤りだと分かる筈よ」
「ええ。普段のラーラさんとミリを見せれば、演じる必要もありませんからね」
女性三人がその気なので、バルは見守る事に徹する事にする。
ミリは、ラーラとミリの仲より、血の繋がらないバルとミリの関係の方が噂の要因だと思ったけれど、大人四人がその気になっている様なので、このまま進めるに任せる事にした。
ミリ自身は、この噂は放って置いても構わないと思っている。
何故ならこの様な噂を広めるのは、フェリの葬儀にもピナの葬儀にもデドラの葬儀にも神官が喚ばれなかった事に腹を立てている、敬虔な信徒達だろうと考えたからだ。
噂を信じたい人は何をやっても信じるのだから、相手にしなくても良いのに、と言うのがミリの本音だった。




