フェリの葬儀
平民の葬儀では貴族のものとは違い、遠方の人間への配慮などは出来ない。連絡を取るのに料金が掛かる為、わざわざ知らせたりしない前提だからだ。死後に訪ねて来る人がいれば、亡くなった事を伝えるくらいだ。故人宛に手紙が届いても、亡くなった事をいちいち返信したりはしないのが普通だった。
それなのでラーラの祖母フェリ・ソウサの葬儀も、埋葬が済めば終わりとなる。ラーラの長兄ザール達は行商に出ていて葬儀に参加出来ないけれど、王都に戻って来たら墓参りをするだけだ。
弔問客はそれほど多くはない。ソウサ商会の顧客は一般の人達だからフェリと面識があるわけではないので、フェリが亡くなったからと言っても弔問に訪れたりはしない。ソウサ商会には、王都に店を構えている取引先がそれほどないので、その関係の弔問客もそれほど多くはない。商会の従業員達は献花にソウサ邸を訪れたけれど、仕事の合間に交代しながらだったので、それほど混み合ったりもしなかった。
それなので、フェリの葬儀は比較的静かに執り行われた。
墓は王都の外れの小高い丘の上だった。王城から伸びる街道に挟まれていて、丘からは人や物の流れが良く見える。
その丘にはソウサ家の一族とソウサ商会の関係者達が埋葬されていた。
フェリは、ラーラの祖父ドランの墓の隣に埋葬された。
その周りの野外に天幕を張って、故人を弔う為の食事と酒が用意される。テーブル席はないがベンチが用意され、立ったまま飲んだり食べたりする為のハイテーブルも置かれた。
そこかしこで会話が始まると、直ぐに笑い声も混じり始める。参加者もソウサ家の皆も、フェリは天寿を全うしたと考えていたので、故人を偲びながらも懐かしさに笑みが出た。
弔問客の間を一通り回ったソウサ家の四人がたまたま近くを通り掛かる。お互いに顔を見合わせると、そのまま一つのハイテーブルを囲んだ。
「祖父さん、せっかく静かに眠っていたのに、祖母さんが来て残念だったな」
ラーラの三兄ヤールの、ドランの墓に向けた軽口に、ラーラの次兄ワールが「そうだな」と肯いた。
「祖父さんも祖母さんにはもっと、長生きして欲しかったろうに」
「これであの世はやかましくなるんだろうな」
「ああ。お陰でこの世は途端に静かだ」
ワールのその言葉に、軽い口調を続けていたヤールは言葉を途切れさせる。静かだった葬儀の時よりは、周囲は賑やかになって来ているけれど、矢張り物足りなさを感じてヤールの調子も狂った。
ラーラの父ダンは苦笑を漏らす。
「死ぬ直前はぼやいたりさえしなくなっていたから、これくらいの賑わいでちょうど良いくらいなんじゃないか?」
「そうね。思い残す事もなかったのではないかしら」
ラーラの母ユーレは、ダンの言葉に肯いてそう言った。それに対してワールが首を振る。
「いや。ピナ様とデドラ様の葬儀には出たいって言っていた。それは心残りだったんじゃないかな」
「そうだな」
ヤールは肯くと、フェリの口調を真似た。
「いくら仲良いからって、ホントに示し合わせたみたいに、同時期に次々と亡くなる事はないんだよ、って祖父さん達の事を言ってたのに、自分達だってそうじゃないか」
「まあ、仲が良いって言って良いのかは分からないけど、デドラ様とピナ様と祖母さんは、良く会ったりもしてたからな」
三人のお茶会に良く巻き込まれていたユーレは、ワールの言葉でその時の緊張を思い出して、背筋がゾワッとした。
ヤールはなんとなく話を変えたくて、バルとラーラの方に視線を向ける。それに釣られてワールもそちらを見て、見たままを口にする。
「バルとラーラは、護衛事業の関係者と話しているのか」
「そうだね」
ダンがそちらに顔を向けながら、短く応える。
「ラーラ、大丈夫かしら」
ユーレの呟きを拾って、ダンがまた「そうだね」と応えた。
「バルさんもいるから、大丈夫なんだろうな」
「ピナ様とデドラ様の埋葬の時も、それほど前には出てなかったと聞いたけれど」
「そう聞いたけれどああやっているのを見ると、バルさんがラーラの事を大切にしているのが良く分かる。貴族的にはああ言う姿を周囲に見せるのも、必要なんだろうね」
「そうなんでしょうけど、急にやり方を変えて、ラーラの負担にならないかしら」
「ラーラももう子供じゃないんだから、ダメならダメでなんとかするだろうさ」
「そんな、ダメになってからじゃ遅いじゃない」
「それもバルさんに任せて置けば良いのさ」
ダンとユーレの会話に加わる気にもならなくて、ヤールは今度はミリに目を向ける。それをまた、ワールが追った。
「その心配すべき子供が、スディオ様に抱き上げられてるぞ」
この場には、子供と言えるのはミリしかいない。
パノの弟スディオに抱き上げられながら、バルの長兄ラゴの手からフルーツを食べているミリ見て、ダンが苦笑する。
「あれも貴族的パフォーマンスなんだろうね」
「逃げられないのかしら?」
「いや。ミリが主導して、ああしてるのかも知れない」
ユーレの疑問にワールが真面目な顔をして応える。ダンがまた苦笑した。
「大切にされているアピールをミリ自身が演出してるって事かい?」
「俺のミリがそんなに腹黒い訳ないだろう?」
憮然とするヤールに、ワールが冷静に返す。
「ヤールのじゃないだろう?」
「ワール兄さんのじゃないのは確かだ」
「それに腹黒いんじゃなくて、ミリは強かなのさ」
「いいや。俺のミリは可愛いから、スディオ様もラゴ様も、ミリを構いたいだけだ」
そう言うとヤールはグラスの酒を飲み干して、ミリの下に歩き始める。
それを見たワールは酒の残ったグラスをテーブルの上に置いて、「やれやれ」と呟きながらヤールの後を追った。
息子達が貴族に搦みに行ったのかとユーレは心配をしたけれど、その表情を見たダンが「大丈夫だよ」と微笑みを向ける。
「でも、今日のヤールは少しおかしくない?」
「そうだけれど、大丈夫」
「ワールだって、いつもとは少し違うわよ?二人を止めなくて良いの?」
「大丈夫だって。ほら」
ダンはそう言ってミリ達の方を手で示す。
「ね?」
スディオの腕の上で手を伸ばすミリと、どちらが受け取るのか揉めているワールとヤール、そしてその様子を笑っているラゴの姿が見えていた。
「ミリがいれば、上手くやってくれるのだから、心配ないよ」
そう言ってダンはグラスをテーブルに置くと、自分もミリの所に向かった。
その後ろ姿を見ながら、ユーレは独り言を呟く。
「まったく、ウチの男達ときたら」
少し遅れて行く事で、最後にミリを抱き上げてそのまま離さないと言うダンの目論見が分かって、ユーレは溜め息を吐く。
それには男達がいつも通りの事への安堵も混ざっていた。




