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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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パノの剣幕

 パノは幼い頃から、パノの祖母ピナに教育を受けていた。それはミリと同じだ。

 しかしミリは、貴族になる気がない所為か、ピナからの教えを一歩引いて受け止めていた。客観視していたと言っても良い。そしてその客観視のお陰なのか、ミリは礼儀や作法で疑問を感じたら、それを放置せずにその理由を探っている。とにかく覚えれば良い、と言うのとは違う。ピナと一緒にミリの教育をしながら、パノはそう感じていた。

 一方で子供の頃のパノは、ミリと同じ事をピナからの教わっても、自分には不要だと思ったら、興味がない場合には深掘りなどはしていなかった。


 今日現在、コーハナル侯爵家の女主人は、名実共にパノの母ナンテだ。そして将来はチリン元王女が女主人となる。ナンテもチリンも資質に不足はないだろう。

 チリンに女の子が生まれたら、その教育係にはミリがなるのかも知れない。ミリ以上の適任者はパノには思い付かないし、コーハナル侯爵家の皆もそれは同じだろう。それにデドラ・コードナに仕込まれたミリなら、男の子の教師でも(こな)せそうだ。

 最近はバルとラーラの仲も急速に変化して、普通の夫婦に近付いている様にみえる。ピナの埋葬でもデドラの埋葬でも、以前よりはかなり前にラーラが出て来ている。このまま行けば、ラーラは対人恐怖を乗り越えられるのかも知れない。そうなれば二人の邸でのパノの役割も減り、必要がなくなるのかも知れない。


「結婚しておけば良かったのかな」


 その言葉が自分の口から漏れた事に気付いて、パノは驚いた。

 顔は少し俯いて目は瞑り、パノは小さく何度も首を左右に振った。



「パノ姉様」


 遠くからミリが声を掛ける。ミリはそのまま、走って来る。

 随分と足が速いのね、とだけ思いながら、パノは自分に走り寄って来るミリを眺めていた。

 ミリの(うしろ)にパノの弟スディオの姿も見えたけれど、スディオは腰に手を当ててその場に立ったまま近付いては来ない。


「こちらにいらしたのですか。お養祖母(ばあ)様とお養祖父(じい)様にお参りしていたのですね」


 傍まで来て足を緩めたミリにそう言われ、パノは「ええ」とだけ答える。

 ミリはパノに微笑みを向けると、墓に向き直って頭を下げた。

 パノは、こちらを見たまま動かないスディオが自分に用事があるのだろうと考えて、ミリを待たずにスディオに向かって一歩を出す。

 それに気付いたミリが、小声でパノに話し掛けた。


「パノ姉様。少しお話があるのですけれど、お時間を頂けませんか?」

「え?今かしら?」

「出来ましたらなるべく早く、二人だけか、養伯母(おば)様と三人だけで」


 パノはチラリとスディオを見て、近寄って来ない事を確認すると、ミリに顔を向けた。


「今でも良ければ、ここで聞くけれど?」


 ミリは辺りを見回して、誰もいない事を確かめながらも、更に潜めた声を出す。


「あの、チリン姉様の事なのですけれど」

「チリンさんがどうかしたの?」


 パノも声の大きさをミリに合わせた。


「妊娠していらっしゃるのではないかと思います」


 更に更に潜めたミリの声に、パノも釣られた小声で「妊娠?」と聞き返した。ミリはパノの目を見て、声を出さずにただ肯く。


「え?だって・・・」


 パノは頭が回らずに、言葉が直ぐには出なかった。

 最近のチリンの様子を思い出しながら、パノはチリンに妊娠の兆候があったか考えて、一つの事柄に引っ掛かる。


「ミリ!あなた!チリンに薬を飲ませたわよね?!」


 妊婦にも胎児にも薬が悪影響を与える話が頭に浮かび、パノは思わず普段より大きな声を出した。


「いえ、大丈夫です」

「何が大丈夫なの?薬は妊婦にも胎児にも良くないのよ?」

「わたくしがチリン姉様に渡した薬なら、問題ありません。助産院で妊婦さんに処方している薬です」

「それって・・・それは、たまたま大丈夫だったって言う事?」

「いいえ。もしかしたらと思い、チリン姉様にも他の薬は飲まない様に伝えてあります。何かの薬を飲むなら、その前に必ずわたくしに連絡する様にと、チリン姉様の側仕えの(かた)達にも念を押してありますし、毎日チェックもしていましたので、問題ありません」


 パノの眉間に皺が寄る。


「つまり前からミリは気付いていたって事?」

「はい」


 パノは肯くミリの両肩を強く掴んだ。


「そう言う事は早く言いなさい!」


 パノの剣幕にミリは目を見開き、一瞬身を(すく)める。しかし直ぐにハッと気を取り直して、ミリは頭を下げた。


「申し訳ございません」

「申し訳ないでは済まないでしょう!チリンさんに何かあったらどうする積もりだったの?!」


 ミリはチリンも胎児も大丈夫だと思っていたのだけれど、今ここでそれを口にしてもパノを説得出来ないと感じて、もう一度「申し訳ございません」とだけ返した。


「こうしてはいられないわ。直ぐにお母様に相談しないと」

「あの!」

「なによ?!」

「私の見立てだけなので、周知は助産師の診察と結果を確認してからにして下さい」

「その様な事は分かっています!」


 そう言うとパノはドレスの裾を持ち上げて、小走りに邸に向かう。

 パノの剣幕に驚いて二人の方に向かって来ていたスディオと途中で擦れ違ったけれど、「姉上?一体どうしたのですか?」と声を掛けてくるスディオに説明する言葉が思い付かなくて、パノは「近いうちに教えます!」とだけ返してそのまま通り過ぎた。


 スディオは立ち止まり、パノの後ろ姿と置き去りにされたミリの姿と、交互に振り向きながら取るべき行動を決めかねていた。

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