03 交際開始
翌日、いつもなら登校中に最低2度はリリにアプローチしてくるバルが見当たらなかった。
教室にバルが姿を現したのも、授業開始直前だった。
クラスメイト達が中々状況の確認を出来ないまま、授業が終わる。
すると昨日と同じ様にまた帰り支度もそこそこに、バルが教室から出て行こうとした。
「待って!バル!」
「え?なにリリ?俺、これから用事があるんだけれど?」
リリがバルの傍に小走りで近付く。
「それって昨日の女の子と?」
「ああ、そうだよ。じゃあまた明日な」
片手を上げて笑顔で教室から出て行こうとするバルを止める為に、バルの服の裾をリリは慌てて無意識に掴んだ。
「え?なに?」
「何って、あの子と付き合うの?」
「そうだよ。あれ?昨日、そう言わなかったっけ?」
「用事って、あの子に会うの?」
「ああ。これからソウサさんをウチに連れて行くんだ」
「え?なんで?」
「父上が連れて来いって言うから」
「おじ様と会わせるの?」
「母上も祖父様祖母様も一緒だよ。兄上達も間に合えば顔を出すって。姉上にも連絡するって言ってたから、旦那さんと来るかも」
「ご家族みんなとって事?」
「そうだよ。あ!リリも来る?」
「はあ?!」
リリはバルを睨んだが、ハッとして顔を俯けた。目を瞑ってそのまま一度大きく息を吸い、顔を上げてバルを見る。
「じゃあ私が付き合ってあげる」
教室内がしんとした。
「うん?それはウチに来るって話?」
「違うわよ!私がバルとお付き合いしてあげるって言ったの」
教室内がざわめく。
「え?なんで?」
「え?なんで?だって、バルは私の事、一番に好きなんでしょう?」
「ああ」
「だからお付き合いしてあげるわ」
周囲から嬌声があがった。
「ホント?嬉しいな。じゃあ俺がソウサさんに振られたらよろしくね?」
「え?」
リリだけではなく、クラスメイト全員が呆気に取られた。
「なんで?今すぐ付き合って上げるわよ?」
「でもソウサさんと先に交際する約束しちゃったから。ソウサさんと別れたらリリに報告するよ」
バルはニッコリと笑った。
今まで袖にし続けたリリへの意趣返しで、こんな事をバルが言っているのでは無い事は、クラスメイト全員が分かっていた。バルは本当に悪気なく、ラーラに振られたらリリと付き合う積もりなのだ。
「取り敢えずソウサさんが待っているから、服を放してくれない?」
「え?」
リリが自分の手を見ると、無意識に力を込めて掴んでいたバルの服の裾は、酷い皺になっていた。
「あ!ゴメン!」
「いや、大丈夫だよ。それじゃあまた明日な!」
片手を上げて嬉しそうに笑うバルは、リリが伸ばし掛けた腕に気付かずに、教室を出ると廊下の人混みを避けて走って行って、角を曲がって姿を消した。
角の先から、廊下を走るバルを叱る教師の声がする。
「リリ、大丈夫?」
パノが後からリリの両肩に手を掛けて、顔を覗き込む。
「ちょっと見てくる」
リリの顔を見て決断したパノはそう言うと、廊下に出ると結構な速さで走り抜け、角の直前でスピードを落としてから曲がって行った。
クラスメイト達は皆教室に残っていたけれど、誰もリリには話し掛けられなかった。
他のクラスの生徒が教室内を覗いたり、帰りの誘いに来てそのまま留まったりして、事態を見守る生徒が増えて行く。
昨日のカフェでのバルとラーラを見ていた者もいて、リリの周りでヒソヒソと情報交換が進められた。
そんな中、最新情報を持つパノが戻って来た。
「なにこの人集り?」
「どうだった?」
集まっている生徒達を避けて教室に入って来たパノに、クラスメイトが声を掛ける。
「え~と、そうね」
他のクラスメイトと同じ様な、パノの言葉の続きを待っている顔のリリを見て、小さく息を吐いてからパノは答えた。
「バルはラーラって子の教室まで迎えに行って、そのまま一緒に車寄せまで歩いて、待っていたコードナ家の馬車に二人で乗って行ったわ」
え~とかうわ~とか、周りの生徒達から声が上がる。
「二人きりなのか?」
「あ、いや、侍女と護衛も乗っていたけれど」
「侍女?」
やっとリリが声を出した。
「いつもバルは侍女も侍従も連れて来ないわ」
「見慣れない感じだったし、ソウサ家のメイドかもね。護衛も二人はコードナ家の人だったけれど、もう一人、別の格好の男がいたし」
「え?そんなに大勢で馬車に乗ったのか?」
「ええ。6頭立てを用意していたわよ」
「使用人も一緒なら、ソウサ家にも話が通っているのね」
再びえ~とかうわ~とか、生徒達の声で教室がざわめく。本気ねとか、その気だなとかの声も囁かれた。
「取り敢えず、私達も帰ろう。なにか甘い物でも食べて帰る?」
俯き加減のリリの両手を掬って、パノはその顔を覗き込んだ。
「あ、ううん。今日は止めておくわ」
「そう。そうね。真っ直ぐ帰ろうか」
パノの提案に、声は出さずにリリは肯く。もしかすると、ただ項垂れただけかも知れない。でもパノはリリが肯定した事にした。
「良し!ほら、そこ!邪魔で通れないから退いて!」
リリはそのままパノに手を引かれ、教室を後にした。
他の生徒達はもっと情報がないかどうか、しばらく教室に残って噂話を集めた。家に持って帰って、家族に報告するためだ。
侯爵家の跡取り夫妻の三男と、大商会の跡取り夫妻の末っ子一人娘との交際は、今後の社交界に必ず影響を及ぼすと、クラスメイト達にも思えた。