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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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パノの不調

 自分の為のお茶を用意したパノはカップをローテーブルに置いて、その隣のソファに腰を下ろした。

 淹れてはみたもののパノは、お茶を飲む気にはなれない。


 空腹の様な気持ち悪い様な、胸が痛い様な胃が痛い様な自分の体調に気付いて、パノはソファに深く体を沈めてみた。

 目を閉じて顔を仰向けて、背凭れの上に頭を載せる。

 少しして、パノは目を閉じたままフッと笑い、呟いた。


「リビングでこんな格好をしているところをお祖母様に見付かったら、しばらくの間はお小言が続くわよね」


 言葉の途中で不意に感情が揺れ、声が震えて鼻の奥がツンとする。両目も熱い。

 パノは驚いて、慌てて体を起こした。

 姿勢を正して目を閉じたまま息を整える。落ち着いたかと思えば、ぶり返す。

 胸に手を当てて、鼻からゆっくりと大きく息を吸う。目を薄く開いて、わざと声を漏らしながらゆっくりと口から息を吐く。瞬きを繰り返して、目から熱を逃がした。

 しかし落ち着いたかと思えば、やはりまたぶり返す。

 パノはカップに手を伸ばした。指先が震えたのかカップとソーサーが、普段は立たない音を鳴らす。

 お茶を一口飲むと、惨めで悲しい気持ちになった。それはいつの間にか冷めていたお茶が、空腹を耐え過ぎて気持ち悪くなった時に笑顔を作って飲み込んだお茶を思い出させからだ。今のパノの不安定な心に、その時の気持ちが足し込まれた。


 気持ちがここまで以上に激しく揺れて、パノは思わずカップを振りかぶる。カップに残っていたお茶が、ソファの後の離れた位置にまで、絨毯を長く濡らした。


 パノはカップを振りかぶったまま目を閉じた。そのままゆっくりと鼻で息をする。

 目を開けて、音を立てない様にカップをソーサーに戻すと、パノは立ち上がって振り返り、絨毯を確認した。


「うっかり零したなんて言い訳は、効かない濡れ方よね」


 パノは自分が微笑んでいる事に気付き、少し気が晴れている事を感じる。その事で今度は苦笑いが浮かぶ。


「朝の支度で忙しいところに申し訳無いけれど、さっさと自首をして怒られないとね」


 そう言うパノは、今度は明るく微笑んだ。



 使用人が絨毯を掃除してお茶も淹れ直して、そのお茶が手付かずのままで冷めた頃になってから、リビングにパノの弟スディオが入って来た。


「姉上、おはようございます」

「おはようございます、スディオ」


 微笑みを作りながらソファから見上げるパノを見て、スディオは少しだけ淋しさを覚える。

 昔の「おはよう、スディオ」と言って明るく笑ってくれた挨拶と比較して、今は挨拶でさえ距離を取られている様にスディオは感じていた。それはスディオが結婚してからだ。

 このままだといつかパノに言われた通りに、スディオが爵位を継いだら、パノからは「閣下」と呼ばれる様に本当になってしまうかも知れない。でもあれは冗談だった筈。なんとか冗談で済ませなければならないけれど、どうすれば良いのかはスディオには思い付いてはいなかった。


 そんな事を考えていたスディオの笑みは、ぎこちないものになっていた。パノはその表情に気付いたけれど、スディオが特に何も言い出さないので、()れずに流す。

 そして父ラーダからの言い付けをスディオに伝えた。


「あなたが起きてきたら、一緒にお父様のところに行く様に言われています」


 立ち上がりながらそう言うパノに、「ええ」と応えながらスディオは無意識に腕を出す。


「一緒に行きましょう、姉上」


 そう微笑を作って向けるスディオの腕に、パノも無意識に手を預け、「ええ」と小さく肯いた。



 ラーダの執務室のドアをスディオがノックして、入室の許可を貰うとドアを開け、スディオは順番を譲って先にパノを通した。

 パノはスディオに会釈して執務室に入ると、スディオの為にドアの正面を()ける。スディオは入室するとまずパノに会釈を返してから、ラーダに体を向けた。


「おはようございます、父上」

「ああ」


 返事はしたけれど、ラーダが書類から目を離すまでにはしばらく掛かる。そしてやっとラーダは顔を上げると、スディオを見た。


「おはよう、スディオ。いくつか方針を出したから、いや、その前に、母の埋葬とそれに続いての葬儀の準備だが、良くやってくれた。ありがとう」

「あ、いえ」

「それでこの後の事だが、今の時点で決まっているものはこれに書いた」


 ラーダはそう言うと二枚の紙を差し出した。スディオが受け取ると、二枚共に同じ事が書いてある。ラーダの執務机の上にももう一枚、同じ内容の紙がある。

 スディオはパノを振り向いて、二枚の内の一枚を渡した。パノは小さく肯きながら紙を受ける。


「今日のところはこの方針で進める」

「分かりました」

「チリンさんはどうした?」

「先程ミリが来て、今はミリと朝の支度をしています」

「体調は大丈夫なのか?」

「それほど良くはありませんけれど、父上に挨拶したいと言っていました」

「そうか。私が出向くのでも良いぞ?」

「確認して見ますけれど、多分こちらに挨拶に来る方を選ぶと思います」

「そうか」

「短く、挨拶だけで良いですよね?」

「ああ。もう私が来たのだから、チリンさんにも無理をさせずに、休んで貰ってくれ」

「分かりました。ではそれを伝えて来ます」

「ああ」


 スディオはラーダに会釈をした。ラーダはスディオに向けて小さく肯くと、再び机上の書類に視線を向ける。スディオは「失礼します」と言いながら部屋を出た。

 執務室にはラーダと、パノが残っている。


 パノは、先程迄のラーダの話は、スディオに向けたものだと思っていた。

 しかしラーダはそれきり、顔を上げない。

 考えてみれば自分の手にある紙も、スディオと同じ内容だったのだから、お父様の話は自分も対象としていたのかも、とパノは気付いた。

 そうだとしたら、退室のタイミングを逃した事になる。

 パノは今日の自分になんとなくがっかりしながら、ラーダから渡された紙に書かれている事をもう一度見直して、ラーダに質問をしなくても問題がないかを考える事にした。後からまた質問に来るのも、間抜けな感じに思えたからだ。

 しかしどうにもパノは目が滑って、書かれている内容が少しも頭に入って来なかった。

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