寝不足なパノ
パノはいつもよりかなり早く目が覚めた。
けれども昨夜はよく眠れていなかったし、まだ疲れも取れずに残っている。
これまでの溜まっていた疲れが出たのか、あるいはパノの父ラーダが王都に着いたので、気が緩んで疲れを自覚する様になったのか。
昨夜のパノはベッドに横になってからも、なかなか寝付く事が出来なかった。
それなので、ミリがパノの弟嫁チリン元王女の為に持って来ていた睡眠薬があったので、パノはそれを初めて飲んでみた。しかし確かにうつらうつらとした気はするけれど、しばらくすると目が覚めてしまっていた。
パノは睡眠薬をもう一度飲もうかとも思ったけれど、チリンの為に持って来た薬なので、もう一度飲んでもまたパノにはあまり効かないかも知れない。それにミリは、一度に使う量を守る様にとチリンに言ってもいたので、一晩に二度も飲むのは良くないかも知れない。
ミリが持って来たのだから、チリンの命に関わる様な危険はない薬なのだろうけれど、二回飲んだ副作用で気分や体調が悪くなったりしたら、日中の業務に差し障りが出るだろう。
そう考えたパノは、睡眠薬を飲み直す事はしない事にした。
その代わりにパノは酒を飲もうとする。しかしミリがチリンに薬を持って来た時に、お酒は飲まない様にと言っていた事を思い出してしまい、もしかしたら薬を飲んだ時の飲酒は良くないかも知れないと思って、パノは酒を飲む事も諦めた。
こんな事なら最初から睡眠薬は飲まずにお酒にして置けば良かった、と後悔しながら、なかなか眠れない夜をパノは過ごした。
夜更けには少し眠れた様だったけれど、パノは夢の所為で目を覚ましていた。
しかしどんな夢だったか覚えてはいないし、もしかしたら何度も夢を見て、何度も目を覚ましていたのかも知れない。
慣れないベッドだから熟睡出来なかったし疲れも取れなかったのかも?などと、パノは寝不足の寝起きの頭で考えた。
しかし寝たのは、コーカデス邸の自分の寝室だし自分のベッドだ。バルとラーラの邸に寝泊まりする様になってからも、たまに帰って来た時に使っても、寝にくいと思った事などこれまでにはなかった。
今から横になっても、これ以上は眠れる気がしない。
パノはそう結論を付けて、ベッドから出た。
邸の中では、使用人達が働き始めている。
いつもこんなに早くからこんなに仕事をしているのかと思いながらパノが使用人達を眺めていたら、一人の使用人がパノに気付いた。
「おはようございます、パノ様。今日は随分とお早いのですね?」
「ええ、おはようございます」
「当主様から、パノ様とスディオ様が目覚められたら、当主様の執務室を訪ねて頂く様に伝える事を言い付かっております」
「父が?父はもう執務室にいるのですか?」
「はい」
「父は昨夜は寝なかったのかしら?」
「寝室にはお入りになりましたけれど、夜更けには執務室にお戻りになりました」
「そう。分かりました。父の執務室を訪ねます」
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
使用人はパノに頭を下げると、朝の支度の作業に戻る。
その姿を見ながら、もしかしたら今日はもうお父様が起きているから皆が既に働き始めているのかも、とパノは思った。
お茶でも飲んでちゃんと目を覚ましてからラーダの執務室を訪ねようかとパノは考えたけれど、使用人達は皆忙しそうなのでお茶を用意させるのは申し訳ないと感じる。
それにこの様子ならラーダの執務室には茶器が用意されているだろうと思い、それを借りて自分でお茶を淹れる事にして、パノはそのままラーダの下に向かった。
ノックをするとラーダが応えを返したので、パノは執務室のドアを開ける。
昨夜の報告の時には旅装のままだったラーダだが、着替えているし風呂にも入っている様だとパノは見て取った。
「おはようございます、お父様」
「ああ」
ラーダは顔を上げないまま返事をした。そしてそのまま書類を読み続ける。
いつもの事なのでパノは、いつもの様にラーダが何か言うまでそのまま待った。
しばらくして、ラーダが思い出した様に顔を上げてパノを見た。そしてラーダは訝しげな表情を浮かべる。
「スディオは?」
「この時間ですと、まだ寝ているかと思いますけれど」
ラーダは窓の外をちらりと見ると、まだ薄暗い事を認めて「そうだな」と呟いた。
そして視線を書類に戻す。
「スディオと一緒で良かったのだが、誰かに起こされたのか?」
「いいえ」
そしてしばらくの間また、ラーダが書類を捲る音だけがした。その中でパノはドアの傍に立ったまま、ラーダの言葉を待つ。
パノがいる事を思い出したのか、ラーダが口を開いた。
「スディオと一緒に話そう。スディオが起きたら来なさい」
「お母様も一緒にでしょうか?」
「いや」
パノはラーダの言葉を待つけれど、それきりラーダは何も言わない。
「お母様には話さないのでしょうか?」
「ナンテには、昨夜少し伝えてある。疲れている様だから、ゆっくりと寝かせて置いてやれ」
「分かりました」
パノは会釈をして、ラーダの執務室から出た。
廊下で擦れ違った使用人にお茶の用意を頼み、パノはリビングに向かう。
使用人がリビングに、お茶と一緒に軽食も用意した。
パノはお茶は自分で入れるからと伝えて、使用人を解放する。使用人はパノに頭を下げると、朝の支度の為にリビングを出て行った。
パノはノンビリと言うよりは、頭が目覚めていない所為か手を止めがちにノロノロと、もしくは体が目覚めていない所為か手際悪くモタモタと、自分の為のお茶の支度を始めた。




