ミリを心配しても、ミリが頼り
リルデは俯せのまま、顔を少しガダの方に向ける。
「ミリと一緒にいる時間が長いから、ついミリを基準に考えてしまうけれど、ヒデリが子供の頃だって、中々聞き分けさせるのは大変だったわよね?」
リルデにそう言われて、ガダは長女の幼い頃の様子を思い出した。
「でもあれは父上がヒデリを甘やかせたからだろう?ラゴ達はそんな事がなかったじゃないか?」
「ラゴにしろガスにしろバルにしろ、お菓子をエサにすれば言う事を聞いたから、楽だったわよね」
リルデはしみじみとそう言いながら、ガダも子供の頃は同じだったと、デドラが言っていたのを思い出していた。
しかしガダはミリの事を考えていた。
「ミリはかなり聞き分けが良いよな?」
「そうね。理由を話せば分かってくれるし、大概の場合には理由を察してくれるから説明も要らないわ。自分から動いてもくれるし」
「その事だけれど、もしかしてミリは自分の出自を気にして、私達に気を遣っているのではないのか?」
「もちろん遣っているわよ」
「え?それは、良いのか?ミリだってまだ子供じゃないか?」
「・・・そうね。今まではお義母様がミリの事をフォローして下さっていたけれど、これからは私が気を付けなくてはならないわね。ピナ様も亡くなられたのだし」
「ピナさん?」
「ピナ様もミリをフォローしていたでしょう?」
「そうなのか?あの怖いピナさんが?」
「確かに私達に取っては恐ろしい方だったけれど、色々と気を遣って下さる方だったのよ?ミリも懐いていたじゃない」
「まあ・・・そうかもな」
「そうよ。ちゃんとしていないと厳しく言われるけれど、ピナ様に注意をされるのは一種のステータスだったじゃない?」
「あ~、なにかそう言うの、あったな。注意されないのはピナさんの視界に入れて貰えない、相手にされていない奴だって」
「基本が出来ていない人に一から教えてなんて、いられないでしょうからね」
「まあ、そうだよな。仰向けになりなよ」
「え?ええ」
リルデを仰向けにすると、ガダは太腿の前側を揉み出す。
「そう言えば、ミリはコーハナル侯爵家の手伝いに行かせようかと思うのだけれど、どうだ?」
「ええ。私もそう思っていたの」
「スディオ、なんか窶れていたよな?」
「ナンテさんがいるとは言え、スディオ君はラーダさんの代理を務めているのだから、気疲れもあるでしょうしね」
「ルーゾさんが亡くなった時も、スディオは手伝っていたけれど」
「あの時はスディオ君はまだ、学生だったじゃない?」
「まあコーハナル侯爵家はラーダが居なくても、パノがいれば、ナンテさんとスディオでなんとか出来るだろうけれどな」
「パノさんも、かなり疲れているわよ?」
「そうか?いつも通り、ハキハキしていたけれど」
「化粧で顔色を誤魔化しているわ。もしかしたらミリだけではなく、ラーラも手伝いに行かせた方が良いのかも知れない」
「当主のラーダが王都にいないから、何を決めるにしても時間と手間が余計に掛かっているんだよな」
「そうなのでしょうね」
ガダは頭と首と肩を揉むと、「今度はまた俯せになって」とリルデに言った。俯せになったリルデの肩から腕に掛けて、ガダは揉んでいく。
「チリン様も体調が優れないそうですし」
「ミリが心配していたな」
「ええ。チリン様に付き添うだけでも、ミリはコーハナル侯爵家に行かせた方が良いわよね」
「そうだな。我が家の方にはもう少ししたら、ヒデリも来るだろうし」
「ガダ?ヒデリは嫁に行ったのよ?安易に頼ってはいけないわ」
「だが、何もしなくても近くにいてくれたら、リルデも気持ちが楽なのではないか?」
「・・・そうね」
「そうだろう?」
「ええ」
ガダはリルデの返事に満足そうに肯きながら、その背中をマッサージした。
「それではラーラもコーハナル侯爵家に、手伝いに行かせるか」
「バルも?」
「うん?なんでバルが?」
「考えてみたら、ラーラはバルと一緒でないと、コーハナル侯爵家に行けないんじゃない?」
「そうか・・・そうだな」
「もしかしたらミリがいれば、ラーラも大丈夫なのかも知れないけれど」
「訊いてみるか」
「そうね。バルがいなくても大丈夫か、ラゴと相談してみましょう」
「ああ」
ガダはリルデの腰を揉む。
「そのラーラとバルだが、なにかあったのか?」
「なにかあったのでしょうね」
「二人の距離が、随分と近かったよな?」
「ええ。ミリが助産院に泊まったり、ハクマーバ伯爵領に行ったりしていたから、その効果が現れているのかしら?」
「そうだな」
「ねえ?二人に変な口出ししたらダメよ?」
「変な?」
「何が切っ掛けで二人の距離が近付いたのか、私達には分からないのだから、このまま二人に任せて置いた方が、良い結果が生まれると思うわ」
「・・・そうだな」
「ええ」
ガダが手を止めた。
「バルとラーラの関係に変化があるとして、ミリが関わっていると思うか?」
「ええ、もちろん。はっきり言って、バルとラーラの二人だけだと、百年経っても関係は変わらない様に思えるわ」
「そんなにか?」
「それでも二人が納得しているなら良いと思って見守っていたけれど、ミリはそうは思わないのでしょうね」
「そう言うものか」
「私はそう思うわ」
ガダは「そうか」と返して、またリルデの腰を揉み始める。
「まあ、ミリに任せて置けば、安心か」
「そうね。フェリさんもあまり具合が良くないらしいから、ミリもしばらくは忙しいのでしょうけれど、私達が何も出来なくて、これまで何年も変わらなかったラーラとバルの関係に変化が出たのだから、このまま見守りましょう」
「ああ、そうだな」
そう返してガダは、またリルデの足の指を揉み始めた。
そしてその夜はリルデが眠ってしまうまで、ガダはマッサージを繰り返した。




