フェリの呟き
ミリはバルとラーラと馬車に乗り、バルの祖母デドラ達とはコーハナル侯爵邸を出る時に別れた。
デドラが元王女チリンに告げたミリへの用事とは、疲れの見えたミリを家に帰らせる為の方便だった。
しかしミリは家には帰らずに、ラーラの祖母フェリの所に行く積もりだ。
ラーラは久し振りに人の多い所に出たので、疲れ果てていた。それなのでミリとバルが馬車に乗り込んだ時には、ラーラはうつらうつらとしていた。
ラーラの隣はバルに任せて、ミリは向かい側に座ったけれど、失敗だった。ラーラが寝ぼけてバルに抱き付いたのだ。
疲れたラーラを起こすのは、バルにもミリにも難しい。それなのでバルは、起こしてしまいそうだからと、ラーラを引き剥がす事も出来ない。
両親が仲良くする事は良い事なのだけれど、それをまざまざと見せ付けて貰う必要はないので、ミリは窓の外に目を向けた。
暮れ行く街並みには、優しい美しさがあった。
ミリはソウサ邸で馬車から降ろして貰う。
ラーラに抱き付かれたままのバルは、ソウサ邸には寄らずに、そのまま帰った。
パノは今夜はコーハナル侯爵邸に泊まる、と言うか、帰る筈だ。今でもパノの住所は、書類上はコーハナル侯爵邸だ。
今夜はミリもソウサ邸に泊まる。しばらく振りに、ミリの曾祖母フェリの部屋で寝る積もりだ。
「曾お祖母ちゃん、ただいま」
ミリが声を掛けると、フェリはベッドに横になったまま、薄く開けた目をミリに向けた。
「うん?お帰り、ラーラ」
曾お祖母ちゃんと呼ばれながら、フェリはミリをラーラと呼ぶ。
「どこに行ってたんだい?」
「コーハナル侯爵邸だよ」
「ああ、ピナ様のとこかい。今日は何を教わったんだい?」
「曾お祖母ちゃん。今日はピナお養祖母様の埋葬だよ」
「ピナ様の?」
「うん」
「埋葬ってピナ様、亡くなったのかい?」
「うん」
フェリはパノの祖母ピナが亡くなった事を知っていた筈だった。
ミリはフェリの言葉に間違いが多くなってきてから、指摘した方が良いのか、指摘しない方が良いのか、悩んだ。
間違いを指摘すれば、本人も間違いを認める時もある。それでしばらくはその件に関しては、本人も注意していて間違えない。
しかし指摘をする事で、本人が自分はダメだと思う事があり、自信を失くして精神的に弱る事もあった。
なのでミリは、間違いはなるべく指摘せずに、けれど自分は正しい事を言い続け、本人に間違えに気付かせる事を選んでいた。
しかしそれが正しいのか、ミリには分からない。
「・・・そうか。そうだったね。ピナ様は亡くなってた」
フェリはミリから視線を外して、顔を上に向けて目を瞑るった。
「ピナ様、亡くなってたね。そうか。もう何年になるかね」
「今日、埋葬だったから、何年も経ってないよ」
「・・・そうか。今日、埋葬か。何年も経ってないのか」
「うん。そうだよ」
ミリの声にしばらくフェリは反応しなかったが、急にもぞもぞと動き出す。
「曾お祖母ちゃん?どうしたの?」
「だって今日、ピナ様の埋葬だろう?私も行かなきゃ」
「待って待って。曾お祖母ちゃんは怪我してるから、ベッドから出たらダメだよ」
「何言ってんだい。ピナ様の埋葬だ。私が行かなくてどうすんのさ」
「埋葬は終わったんだよ」
「終わった?」
「うん。ピナお養祖母様の埋葬は終わったよ。それで私が帰って来たんだから」
「私が行かないのに終わったのかい?」
「曾お祖母ちゃん、怪我で行けなかったんだから、仕方ないじゃない」
「ウチは誰か行ったのかい?」
「だから、私が行ったよ」
「ラーラはコードナ侯爵家の人間じゃないか。ソウサ家から誰か出たんかい?」
「今日は貴族様しか来てなかったよ」
「だからって」
「ウチからは供花を出してあるから、大丈夫だよ」
「ソウサ家からかい?ソウサ商会からかい?」
「どっちも出したから。ちゃんとお祖父ちゃんがやってくれたから」
「お祖父ちゃん?何言ってんだい?ドランはそれこそ死んでんじゃないか?」
「ダンお祖父ちゃんだよ」
「ダン?ああ、ダンか。なら仕方ないね」
何が仕方ないのかミリには分からなかったけれど、フェリが納得した表情で体の力を抜いて目も瞑ったので、取り敢えずミリは良しとする。
「ラーラ」
「なに?」
「貴族って、コードナ侯爵家の皆さんもかい?」
「うん」
「デドラ様は大丈夫だったかい?」
「うん。デドラ曾お祖母様は足を悪くなさってるけれど、矍鑠としていたよ」
「ふっ。矍鑠かい」
「うん」
「・・・ラーラ」
「うん?」
「デドラ様を大切に、って言ったらおかしいか。あんたに大切にされるなんて、落ちぶれた様なもんだ」
「なんでさ?」
「孫に大切にされるのなんて、やっぱりなんか違うんだよ。孫は元気に育ってくれりゃあそれだけで良いんだ」
「私は曾お祖母ちゃんの事を大切にしてるけど」
「そんな気遣いは要らないんだよ。それより自分の事を大事にしな。その方が回りの大人が安心すんだから」
「分かったよ。大切な曾お祖母ちゃんが大事にしてくれるから、私も自分の事を大事にする」
「ふん。賢しらぶるんじゃないよ。素直に自分を大事にすりゃあ良いんだ。そうじゃなきゃ、私がいなくなった時に困る事になるよ」
「そう思うなら、いなくならないで」
「当たり前だ」
「いなくならないでね?約束だよ?」
「心配要んないよ。私はあんたより長生きすんだから」
「確かに、曾お祖母ちゃんならあり得るね」
「だからってね、早死にしたりしたら許さないよ?」
「分かってるよ」
「ピナ様なんか姉君が亡くなられて、ずっと引き摺ってんだ」
「え?曾お祖母ちゃん?それ知ってたの?」
フェリはミリの質問には答えない。
「そうか。ピナ様、亡くなったんだね」
しばらくしてから、フェリはそう呟いた。
「ラーラも大変だったろう?」
「大丈夫だよ」
「若くたって疲れは溜まるんだ。ラーラも今日は早く寝るんだよ」
「分かったよ、曾お祖母ちゃん」
ミリはフェリには正しい事を返すけれど、自分がラーラと呼ばれる事はそのままにしていた。
今のフェリにとってミリと言うのは、ラーラを守って亡くなったメイドの名だったからだ。




