教えと学び
「わたくしだけではありません。ピナも同じです」
「ですが曾お祖母様。ピナお養祖母様は、まだまだわたくしに教える事があると、仰っていらっしゃったのです」
「それは各個の問題か、些末な調整でしょう。特に礼儀作法などは体の成長に合わせて、微調整が必要です。そう言う意味ではミリが大人になるまで、ピナも見届けたかった事でしょう」
デドラはミリの髪を撫でる。
「わたくしの授業を卒業だと言った時に、ミリはもう一人でも学んでいけるとわたくしは考えていました。それはピナも同じだと思います」
「でも曾お祖母様。わたくしはまだまだ曾お祖母様に教えて頂きたいのです。ピナお養祖母様にも、もっとずっと教えて頂きたかったのです」
「そうですね」
そう言うとデドラは、ミリの体を離した。
「ミリが学ぶべき事は、確かにまだ多く残っているでしょう。しかしそれは、わたくし達が教えたのでは、効率が悪いと思います。それはミリが、誰かと関わるなり、誰かに教えるなり、誰かを導くなりして学びなさい」
「・・・曾お祖母様」
「ミリはレント・コーカデス殿と文通をしていますね?」
ミリはここでレントの名が出た事にも、また話が変わったのかと思えた事にも、どちらにも驚く。
「王都で生まれ育ったあなたと、領地で生まれ育ったレント殿。色々と恵まれているあなたと、様々な問題に囲まれているレント殿。そして由緒正しい貴族の血を引くレント殿と、出自を攻撃材料にされ得るあなた。経験も考え方もとても違う可能性があります。そしてレント殿は、わたくしや今のミリでは考え付かない、思考や思想を持っているかも知れません。ですからあなたは過去の柵みを意識しない様にして、彼から学べるものは学びなさい」
デドラは教師の時の表情をミリに向けた。
「もし誰かに何かを言われても、わたくしにそう命じられていると答えなさい。よろしいですね?」
つよい瞳で見詰めるデドラに、ミリは「はい」と肯く。
「それ以外でも、わたくしの名が利用出来る時には、使って構いません」
「え、ですが、曾お祖母様」
「ミリはわたくしの曾孫ですし、わたくしが直接教えた生徒なのですから、あなたの導き出す答には、わたくしにも責任があります」
「そんな、曾お祖母様」
「ああ、萎縮してはなりませんよ?ミリを卒業させたのは、わたくしがあなたを良く理解出来た証でもあります。あなたはあなたの考えた通りに生きなさい」
つよい瞳で見詰めるデドラに、ミリは「はい」と肯く。
それを見てデドラは笑みを零し、またミリの頭を撫でた。
「ミリ?」
「はい、曾お祖母様」
「リルデ達が戻って来てしまいましたね。話に長い時間を掛けてしまいました」
まだ遠くに見えるバル達の姿をとらえ、デドラは口角を僅かに上げた。
そしてデドラはミリの両手を取り、またミリの胸の高さに持ち上げた。
「ミリの教育を担当出来た事で、わたくしに悔いが残っていない様に、ピナもあなたの教育には悔いを残していません」
「曾お祖母様・・・」
「ですのでミリ。わたくし達から学んだ事を大切にするだけではなく、更に学んで色々と身に着けて、あなたも誰かに教えなさい。そうすれば、わたくしやピナの気持ちも理解できて、納得して貰えると思います」
「・・・曾お祖母様」
「それとわたくし達から学んだ事も、もっと深く理解できるでしょう」
「はい。分かりました」
「ピナの死にミリが責任を感じる事はありませんけれど、ピナの死であなたの心に遺ったものは、大切にして下さい」
「・・・はい」
「結構です」
デドラはミリに微笑んだ。
「さて、ミリ」
「はい、曾お祖母様」
「わたくしは足が痺れてしまいました。立ち上がるのを手伝って貰えますか?」
「え?はい、もちろんです。ですが、大丈夫ですか?」
「ええ。立てさえすれば、大丈夫です。手を引いて貰えますか?」
「はい」
ミリはデドラの両手を引き上げて、デドラを立たせる。
デドラは立ち上がれたけれど、ふらついた。咄嗟にミリはデドラの腰に腕を回し、デドラの体を胸で支える。
「曾お祖母様!危ない!」
「ミリ、大丈夫ですよ。立てましたから」
「祖母様!ミリ!大丈夫か?!」
走って来たバルが、両腕でデトラとミリを抱えた。
バルの後から、バルの父ガダが走って、母リルデは小走りで、三人に向かって来ている。
「ミリ、大丈夫か?!」
「お義母様?大丈夫ですか?!」
「遠くから大声を出さなくても大丈夫です。バルが大袈裟なのですよ。ちゃんとミリがしっかりと、支えてくれていました」
そう言われたミリは、バルが間に合った事で、ホッとしていた。
「祖母様。俺が馬車まで運ぼう」
そう言うとバルがデドラを横抱きにする。
「大丈夫ですよ。歩けます」
「孫に抱っこされるなんて、祖母様にはなかなかないんじゃないか?」
「恥ずかしいから、下ろしなさい」
「では私が運ぼうか」
そう言ってガダが、バルからデドラを受け取ろうと両腕を出す。
「孫に抱き上げられるからではなくて、運ばれるのが恥ずかしいと言っているのです」
「お義母様。ガダは分かって言っているのですよ。バルと違ってデスクワークばかりなのですから、ガダはミリを運んでも腰を痛めますよ」
リルデの言葉にガダは眉間に皺を寄せた。
「そんな事はない。ミリ、来てごらん」
ガダはミリを手招くと、ヒョイと抱き上げて片腕に載せた。
「ほら?大丈夫だろう?」
「ミリ、お祖父様の体にもたれかかりな。その方がお祖父様は楽だから」
「はい、お父様」
ミリに体を寄せられて、ガダの顔が緩む。それを見てリルデは小さく息を吐いた。
「バル。お義母様が疲れるから、運ぶなら早く運んで」
「分かったよ、母上。祖母様、このまま運ぶから」
「分かりました。観念しましょう。運ぶなら素早くお願いします」
「ではミリは私と行こう」
「はい、お祖父様」
そう答えながらミリは、ガダの肩越しにピナの墓を振り返る。
そこにまだ、チリンの肩を抱くスディオと、スディオに寄り掛かるチリンの姿が残っていた。




