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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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デドラの教え

「ミリ」

「はい、曾お祖母様」


 バルの祖母デドラは、ミリの頭から手を離して、代わりにもう一方の手も握る。そして両手をミリの胸の高さまで持ち上げた。


「今まで、死ななかった人はいません」


 デドラの言葉にミリの思考が止まる。そのミリの表情に、デドラは口角を少しだけ上げる。


「そうですね。それは人間だけではなくて、他の動物もです。今生きているのは、まだ死んではいないだけです」


 ミリはデドラが自分を慰めようとしてくれているのは分かった。しかしそのデドラの言葉は人生を諦観している様で、ミリには受け容れられない。

 何よりピナはまだ生きたかった筈だとミリは思った。


「ですが曾お祖母様、ピナお養祖母(ばあ)様はまだ生きたかった筈なのです。そしてピナお養祖母様のご病気は、治るチャンスがあったのです。それなのにわたくしは、それを見逃してしまいました」

「あなたが悔いるのは正しい事です。その反省はあなたの成長に繋がるでしょう」

「いえ、曾お祖母様、そう言う事ではないのです」


 リルデは、首を左右に何度も振るミリの手を握る力を強めた。


「いいえ、ミリ。そう言う事なのです」


 リルデは自分に顔を向かせる為に、ミリの両手を軽く引く。

 ミリは首を振るのを止めて、正面のデドラに顔を向けた。 


「確かにピナにはミリに教えたい事も、まだあったとは思います。それを未練と言うのなら言えるかも知れません」

「それが未練なんて、それだけではない筈です。たとえわたくしに全てを教えて下さった後でも、ピナお養祖母様は生きたかった筈です」

「そうですね。でも、それは何の為ですか?」

「・・・なにの為?」

「ええ。やるべき事はやり終えて、未練もなく、その上でピナは何の為に生きたいのだと、ミリは思うのですか?」

「なにのと言うか、死にたい筈はないではありませんか?」

「そうですね。やるべき事をやり終えたと言いましたけれど、ピナには最後の役目がありました。そう言うわたくしにも、最後の役目だけが残っています」

「最後の役目?それは何ですか?」

「死ぬ事で、死とはどう言うものなのか、遺される人達に伝える事です」

「え?そんな訳はありません。それだけの筈がないではありませんか」 

「そうですね。これはわたくしの考えですから、他にも何かあるのかも知れません。しかしピナの死でミリの心に遺る物があるのは、確かなのではありませんか?」


 それは否定できなくて、ミリは小さく「はい」と返す。


「ピナは譫言(うわごと)で、ピナの姉であるパノ・コーセントさんの名を呼んでいたと聞きました」

「はい」

「パノさんは純潔を疑われた所為で亡くなりました。そしてピナはその件で自分を責めていました。ピナとピナの夫のルーゾ・コーハナル前侯爵がラーラを養女にしたのは、パノさんへの罪滅ぼしの面もあったのだと思います」

「・・・はい」

「ですけれどそれだけでは足りなくて、ピナはやはりパノさんへ謝る事が出来なかった事が、心残りではあったのでしょう」

「・・・そうですね」


 そう応えたものの、ミリにはデドラの話がどこに向かうのか、分からなかった。


「ピナが(うな)されて口にしたのがパノさんへの謝罪だけなのは、他に心残りがないからだとわたくしは思います」


 そのデドラの意見に、ミリは反論出来ない。ピナの心の中が分からなかった以上、言われてみればその通りにミリにも思えた。



「人に何かを教えるのは、難しいのですけれど、とても興味深い事です」


 ミリはデドラの言葉に、話が変わったのかと思って、少し俯いていた顔を上げてデドラを見る。


「人に教えると、自分が分かっていない事が浮き彫りになるものです。誰かに教わったり自分で学んだりするだけでは気付かない事に、誰かに教える事で気付いたりします。そしてそこからまた、新たに学ぶのです」


 デドラはまた口角を少し上げる。


「つまり教えるからこそ学べる事もあるのです」


 そう言うとデドラは眉尻を下げた。


「曾お祖母様?それは議論をする時の様に、相手の考えが分かるからですか?」

「そうですね。まさにそれです。生徒が分からない事、出来ない事も教師には簡単であったりしますけれど、なぜ分からないのか、どうして出来ないのか、教える側には分からない場合があります。それを理解できた時に、自分とは異なる視点や発想を生徒が持っている事に気付けるのです。それは自分の常識を見直す機会となり、物事の見方をこれまでと変えるチャンスとなります」

「そう言う事があるのですか」

「ふふ。他人事の様に言っていますけれど、わたくしはミリにも色々と教わっていたのですよ?」

「え?曾お祖母様の若い頃のお話ではないのですか?」

「若い頃にももちろんありましたし、ガダやバルを育てた時にもありました。ミリ?」

「はい、曾お祖母様」

「ガダはわたくしが最初に産んだ子です」


 ミリはまた話が変わったのかと思いながら、「はい」と返す。返すけれどミリの心には不安が浮かんだ。

 ラーラの祖母フェリは最近、脈絡なく話が飛ぶ事がある。そしてそれはフェリが呆けて来ているからではないのかと、ミリは考えていた。

 デドラはフェリより若いけれど、この国の貴族では最年長だ。呆けが始まっていてもおかしくはなかった。


「ですからガダを教育する時は、わたくしも散々失敗をしました。孫に付いてもです。ヒデリでも失敗し、ラゴでも失敗し、ガスでも失敗したので、それらの反省を踏まえたバルには、多少まともに教育出来たのではないかと思っていました」


 思っていましたと言う事は、実は失敗だったと言う結論が来るのかと、ミリは身構える。父親であるバルの教育が失敗していたなどと言われたら、ミリはどう応えたら良いのかと考えたけれど、良い返しは全く思い浮かばなかった。


「そして満を持してのミリです。わたくしの教育の集大成となる筈でした」


 筈でしたと言われてミリは、お父様の事を心配している場合じゃなかった、と慌てる。


「ところがミリには、わたくしにまだまだ足りないものがある事を気付かされました。もちろんミリだけではなく、たまに会うだけのジゴ達にもです。けれど一緒にいる時間が一番多いミリには、やはり一番学ばさせてもらいました」


 そう言うとデドラはミリの体を抱き寄せた。


「お陰で生きているわたくしにはもう、やるべき事も未練も何もありません」

「曾お祖母様?!」


 ミリが体を離してデドラの顔を見ようとするけれど、デドラはミリの後頭部に手を回して、ミリを離さなかった。

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