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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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魚食検討と咽せるピナ

 ミリはバルの祖母デドラと約束した、どうしたら魚を食べられるのかについて、レントには相談する手紙を送り、船員達にも港町で尋ねてみた。


 沖に停泊中に魚を釣る事があると、ミリは船員に聞いた事があった。

 それなので、港町で改めて船員達に尋ねて回ると、釣った魚を船上で食べる事は普通はしないとの答だった。

 海では航海中に亡くなる人もいる。遺体から病気が広がる事もあるので、その場合は海に遺体を流す。かつての仲間の遺体を食べたかも知れないと思うと、航路上で釣れた魚を食べる気にはならない。そう答える船員がいた。

 それ以外の理由として、寄生虫の問題を指摘する人もいた。寄生虫で食中毒になっても、航海中はろくな治療が出来ずに亡くなる可能性が高い。だから船で釣った魚は食べさせないとのルールを作っていると言う。焼けば大丈夫だろうと思うけれど、生焼けを食べてしまえば危ないし、刺身だと言って生で食べようとする酔っ払いも出るから、一律禁止にするそうだ。

 それなので、魚が食べたければ、ちゃんとした魚食文化を持つ国に行くべきだと、船員達は口を揃えて言う。


 この国でも魚食はあるけれど、それは食べる物がない貧しい人が仕方なく食べるイメージで、実際にその中には食中毒で亡くなる人も少なくなかった。


 ミリは港町で聞き込んだ話を受けて、レントに手紙で尋ねた事を後悔した。

 コーカデス伯爵領には海岸があって、漁村もあるからと思って尋ねたのだけれど、魚の食べ方を知っていると言うのは、この国では貧乏人だと言うのと同じ事だ。

 コーカデス伯爵領は貧困地域だからレントが知っていると、ミリが思ったと思われるかも知れない。

 ミリは前の手紙での相談を取り消して、謝罪する内容の手紙をレントに送った。


 後は実現する方法としては、魚食文化を持つ国にデドラを連れて行くか、魚の調理が出来る料理人をその国から連れて来るか、この国で探すか。

 デドラの様子を見ると船旅は厳しいだろうし、そもそもバルの父ガダ・コードナ侯爵が、魚が食べたいと言うだけではデドラの出国を許さないだろう。

 魚食が低く見られているこの国では、魚の調理がたとえ出来ても、料理人がそれを隠している事が考えられる。

 王都の港で釣った魚を捌いていた少女なら、もしかしたら調理も出来るのかも知れないけれど、貧しい平民の子が調理した魚をデドラに食べさせる事は、ガダだけではなく皆が許さないだろう。


 ミリは念の為にラーラの三兄ヤールに依頼して、魚料理を作れる料理人を探して貰う事にしたけれど、ミリの為なら何でもすると言っていたヤールも、期待はしないでくれと、探す前から残念そうにミリに告げた。


 ミリは、こうなったら自分で料理を学ぼうか、と考える。

 ハクマーバ伯爵領での野営の時には、肉を一口大に切ったりスープを焦がさない様に掻き混ぜたりしたのだ。

 その事が自信となって、ミリには魚料理もやれば出来そうな気がしていた。

 ただやはり、教えてくれそうな相手がいない。魚を捌いている少女に会うにしても、今は空き地のミリになる時間がない。ミリ・コードナとして少女に会えば、二度と空き地のミリには戻れなくなってしまう。



 色々と行き詰まっていたミリは、コーハナル侯爵家での授業中に、パノとパノの祖母ピナに、魚食について訊いてみた。パノもそうだけれど、ピナも他国の文化に詳しいので、何か手掛かりになる事を知らないかと思ったからだ。もちろんデドラが魚を食べたがっている事は口にはしない。


 話を聞いたピナは咳き込み、パノは呆れた表情をミリに向ける。


「ミリ殿?好奇心が旺盛なのは良ろしいのですけれど、限度がありますわよ?」

「ええ、パノ様。弁えている積もりです。ですが魚食をする国もございますよね?もしその国に行く事になれば、魚を食べずに通す事は難しいとわたくしは思うのです」

「ミリ殿のご両親、特にバル様が、あなたの他国への渡航を許すとは、わたくしには思えませんけれど」

「・・・そうですね」


 ミリはパノの言葉に反論する積もりだったけれど、ピナの咳が止まらないので、一旦言葉を切った。

 パノもピナを気にして、「失礼致します」とミリに断って席を立つと、ピナの脇に立って背中を(さす)る。


「お祖母様?大丈夫ですか?水をお飲みになりますか?」

「パノ姉様。水は後です。咳が治まるまで待って下さい」


 ミリの言葉が崩れたのに気付いたピナが、咳き込みながらミリを横目で一睨みする。


「どうすれば良いの?」


 今度はパノの言葉も崩れ、やはりパノもピナに睨まれた。


「そのまま、お養祖母(ばあ)様に下を向いて頂いたまま、背中を擦っていて下さい」


 ミリも立ち上がると、ナプキンを手にピナの脇に膝を突いた。


「お養祖母様?口に何か出たなら、こちらに出して下さい」


 そう言ってミリはナプキンをピナの口の傍に差し出した。

 ピナはそれを受け取って口に当てる。


 そのまましばらく、ピナは咳き込み続けた。



「二人ともありがとう。心配を掛けました」


 水を一口飲んだピナは、水を渡してくれたパノと、ナプキンを片付けて戻って来たミリに礼を言った。


「お祖母様。風邪を引いていらっしゃるのですか?」

「いいえ、大丈夫です」

「体調がよろしくないのなら、今日の授業はこの辺りにした方が良いと思うのですけれど、ミリはどう?」


 パノがミリに問い掛けるが、ピナが「いいえ」と遮る。


「体調は問題ありません。最近、たまに咽せる様になっただけです」

「風邪ではないのですか?」

「ええ。咳き込んでしまいますけれど、医師には風邪ではないと言われています」

「他の病気でもないのですね?」


 ミリが口を挟む。


「ええ。ただ食べたり飲んだりする時に咽せて、そのまま咳き込んだりするだけなので、病気ではないと医師に言われています」

「咽せる原因は何なのでしょうか?」

「分かりません。医師には病気ではない事しか分からないと言われました」

「そうですか」


 医師に分からないなら、医院の過去の診察記録を探しても、原因は分からなそうだとミリは考えた。

 パノがピナに尋ねる。


「咽せない方法はあるのですか?」

「食べる時はなるべく細かくならない様にしています。大きいままなら咽せないみたいなので」


 そのピナの答えにパノは肯いたけれど、ミリは驚いた。


「良く噛まないで食べているのですか?」

「ええ」

「医師がそうしろと?」

「いいえ。ですけれど、噛んで細かくすると、咽せ易い気がします。大き目のままなら咽せませんし」


 ミリは消化に悪いと思ったけれど、咽せる原因や咽せた影響が分からないので、この場で口に出して言う事は出来なかった。


「水分を摂る時は、なるべく俯いて飲み込む様にしています。これも言われたからではなく、そうした方が咽せ(にく)い様な気がするからです」

「でもお祖母様?先程咽せた時は、飲んだり食べたりしていらっしゃらなかったのではありませんか?」


 パノの指摘にピナは「ええ」と肯く。


「ミリが魚を食べる話などするから、驚いて咽せたのですよ」


 ピナはそう言うと目を細めてミリを見た。

 ミリはピナに頭を下げる。


「申し訳ございませんでした」

「国によって文化は違いますから、どちらが正しいとか間違っているとかではないのかも知れません。しかし我が国の貴族に列なる者が、他国に渡る様な話が上がってもいない内から、魚を食べるなどと言ってはなりません」

「はい」

「それはミリ?あなたへの教育が疑われる事にもなりますからね?」

「はい。今後は気を付けます」


 そうピナに答えたミリは、訊く相手を間違えた、と思った。

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