ベッドの上のフェリ
「曾お祖母ちゃん、ただいま」
部屋に顔を出したミリに、ミリの曾祖母フェリはベッドに寝たまま顔だけミリに向ける。
「お帰り、ミリ。お疲れさん。食事は済んだのかい?」
「晩ご飯もお風呂もこれからだよ。曾お祖母ちゃんは?」
「さっき体を拭いて貰ったよ。夕飯はこれからさ」
「じゃあ待ってて。直ぐにお風呂に入って来るから、晩ご飯は一緒に食べよう」
「分かったよ。じゃあそう伝えて置いてくれるかい?」
「うん。じゃあ、あ?その前に、水、また飲んでないの?」
「寝てばかりだから、喉なんて渇かないんだよ」
「ダメだよ。喉が渇かないんじゃなくて、トイレが面倒なんでしょ?」
「同じ事じゃないか」
「同じ事じゃないよ」
ミリはベッドサイドに置かれている吸い飲みを手に取り、フェリの口元に近付けた。
「私が飲ませてあげるね?」
「自分でやるから、あんたはさっさと風呂に入っといで」
「このまま曾お祖母ちゃんが飲めば済む話でしょ?ほら?」
フェリは渋い顔をしていたけれど、もう一度ミリに「ほら」と促されて、渋々と水を飲んだ。
「ちゃんと飲んだり食べたりしないと、治るもんも治んないんだからね?」
「分かってるよ。ほら、さっさと風呂に行っといで」
「うん、じゃあ、後でね」
ミリは手を挙げながらフェリに向けながら、部屋を出て行く。
フェリはその後ろ姿を見送りながら、苦笑いをした。
フェリの利き手は、腕を骨折していて手首も痛めていた。
それなので食事は一口大にカット済みで出され、フェリはスプーンとフォークだけで食べ進める。
けれど利き手ではないとスプーンは中々難しい。上手く掬えないし、体を充分に起こせないから上手く口に入れられない。
「はあ。スプーンが上手く使える様になる前に、怪我が治っちまいそうだよ」
「そうだね。早く治ると良いよね」
呑気な返事をするミリをフェリは睨む。
「あんた、分かってて言ってるだろ?」
「ほら、もっと食べてよ、曾お祖母ちゃん」
「こちとら一日寝てんだい。お腹なんか空きゃしないんだよ」
「それは何度も聞いたよ。でも骨折を治すにはちゃんと食べないと」
「分かってるよ。それだって何度も聞いたさ」
「骨にも体にも良いって料理にして貰ってるから、普通の食事よりは量自体は減らせてるって」
「それも聞いた。何度も」
「う~ん・・・流動食って言うの、試してみる?」
「流動食?どんなんだい?」
「食事をドロドロに柔らかくして、噛まずに食べられる様にするんだけれど、スルスル飲めればもう少しお腹に入るんじゃない?」
「今でさえスプーンに苦戦してんのに、全部スプーンで食べろって言うのかい?」
「飲めるくらいだから、吸い飲みが使えると思うよ?」
フェリは渋い顔をミリに向けた。
「それって食事って言えるのかい?」
「食べる楽しみは減りそうだよね」
フェリはミリの返しに溜め息を吐く。そして皿に目を移して、スープをスプーンに掬った。スプーンには少しだけスープが掬える。
「スプーンよりフォークの方が楽だから、スープを減らす方向で頼むよ」
「分かった。調理法とか食材とか、探したり訊いたりしてみるね?」
「ああ、頼むよ。出来たら怪我が治る前に見付けとくれ」
「もちろん、任せて」
笑いながらのミリの返事に、フェリは苦笑いを返して、スプーンを口に入れた。
フェリが骨折してから、ミリはソウサ邸に泊まっていた。いつか言われた様に、フェリのベッドに二人で寝ている。
寝る前にミリが、その日のソウサ商会の帳簿を読み上げて、フェリに聞かせるのが日課になっていた。
フェリは、最初の頃は聞き終わってから寝ていたのだけれど、近頃は読み終わる途中で寝てしまう。それがミリは気になっていた。
フェリは昼間もベッドで過ごしていて、良く居眠りをしているらしい。やる事も出来る事もないから、それは仕方ないのかも知れない。
そして夜も寝ている。少なくとも同じベッドで隣に寝ているミリには、フェリが夜中に起きた気配は感じない。
怪我を治すためには睡眠も大切だから、もちろん良く寝るのは良い事なのだけれど、ミリにはフェリが少し寝過ぎの様な気がしていた。
それと話していて、フェリから言葉が出て来ない時がある。人や物の名前を忘れたり、使う動詞が適切ではなかったりする事もある。
本人も気付いてはいるようなので、ミリは指摘しないで置いているけれど、少しずつ忘れる頻度が上がっている様にミリには思えた。
フェリの年齢からしたらおかしくはない事なのだけれど、怪我をする前には気付かなかった事なので、ミリには余計に気になった。
日中には、医院から医師の弟子達が交代で、フェリの診察と治療に訪れていた。
治療としては、捻挫や打撲のシップを取り替えたり、緩んだ包帯を巻き直して添え木をしっかり固定したりする。同席できる時はミリも手伝った。
そしてフェリは、医師の弟子達の名前が中々覚えられなかった。毎日交代するし僅かな時間だし、横になっているままだと顔も良く見えなかったりするので、考えてみたら覚えられないのも仕方はないのだ。けれどミリは、名前を覚えられない事が、フェリのプレッシャーやストレスになっている様に感じていた。
そして、フェリが毎日少しずつ元気がなくなっている様に、ミリには見えていた。
ミリは出勤日ではない日は医院の書庫で、フェリと同じ様な症状やそれへの治療法がないか、過去の治療記録を読み耽った。
ただ、フェリと一致する症状はどれも認知症の初期状態で、調べるまでもなくミリが思い当たっていたものだった。




