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悪いのは誰?  作者: 茶樺ん
第二章 ミリとレント
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ミリの生活、レントの誘惑

 王都に戻ってからのミリは、助産院で助産師見習いとして学びながら、医院でも下働き見習いを始めた。


 医師には医学書や弟子達が読む教科書を好きに読んでも良いと言われていたけれど、ミリはやはり実際の治療が見たかった。自分は医師には向かないかも知れないと思う様になっていたけれど、確かめる為にも本当に向かないのかミリは知って置きたかった。

 そこでもう一度、弟子が無理でも弟子見習いみたいな立場になれないか、医師にお願いしたけれどやはりダメで、辛うじて許されたのが下働きだった。

 医師は貴族令嬢が下働きなど熟せる筈がないと思ってそう言ったのだが、ミリはそれを受け入れてしまった。ミリがやると言っても、実際にやらせたら直ぐに辞めると思った医師は、そのままミリを雇った。ただし身分は下働き見習いだ。


 医院でのミリの下働き見習いとしての仕事は、先ずは主に洗濯と掃除。

 やり方は直ぐに覚えて次々に熟していくと、ミリは数日で他の下働き達より働く様になった。

 それが気に食わなかったのか、それとも元からなのかは分からないが、下働き頭はミリにきつい仕事ばかりを回す様になる。血が多量にこびりついたシーツの洗濯とか、汚物が広がった床の掃除とか、危険ではないとされても皆が嫌がる仕事ばかりがミリに宛がわれた。

 忌避感を覚えると躊躇する作業も、対応する必要がある事を分かっているミリは淡々と熟していった。


 ミリは下働き見習いとして医院の中を動き回りながら、患者達の話相手も務めた。

 医院の医師は王族も診るので、医院に来る患者には貴族やその関係者も多い。ミリの事をミリ・コードナだと知っている者もいたが、それは主にコードナ侯爵家やコーハナル侯爵家と交流がある家の関係者だった。

 ミリが顔見知りの患者と話をしていれば、ミリを誰だか知らない他の患者も、気軽に声を掛けて来る。

 患者から怪我や病気の状態を教えて貰って、それに対して医師がどの様な治療をしたのか話して貰うのが、ミリの目的だった。しかし入院したり、通院でも待ち時間が長かったりして退屈している患者達は、良い暇潰しだとしてミリと治療以外の話題も話したがった。

 お喋りをしながらも、ミリが掃除やベッドメイクの手を止めないので、下働き頭も文句は言い難い。それによく働くミリは患者達の評判も良いので、下手にミリに文句を付けると、他の下働き達の働きが患者達から避難されかねない。

 また医師の弟子達も、よく働いて他の下働き達より気の利くミリを好意的に扱う様になった。

 やがて下働き頭はミリに、重たい荷物や多量の荷物を運ばせる事でイヤがらせをしようと思い付くが、その頃には医師の弟子達がミリを手助けして運ぶのを手伝う様な間柄になっていたし、事態を知った患者達が医師に文句を言ってミリの待遇改善を要求する様になっていた。


 いつしか、ミリの出勤日に合わせて通院してくる患者も現れたし、ミリから退院祝いの花束を渡して貰う為に、ミリの出勤日まで退院せずに居座る患者も出て来た。

 もちろん反対に、ミリがいない日を選んで通院する患者も、ミリを病室掃除の担当から外す様に求める患者もいた。それらの患者やミリにイヤがらせをする下働き達は、陰でミリを悪魔の子と呼んでいた。



 ミリは助産院や医院に通いながら、曾祖父達が残した書類などを読み込んだり、護身術や礼儀作法などを引き続き習いながら忙しく日々を過ごしていたけれど、一方で予定にあったコードナ侯爵領への視察の準備に付いては中断していた。

 それはコードナ侯爵領で暮らしていた、ラーラのお父ちゃんことガロンとお母ちゃんことマイがソウサ商会を辞めて、コードナ侯爵領を離れた事も影響していた。二人に会う事も、二人が引き取ったミリ誘拐の実行犯ルモに会う事も、コードナ侯爵領を訪れるミリの目的の一つだったからだ。

 バルがミリをラーラの代わりにしているとの噂も、ミリがミリ・コードナだと知った助産院の妊婦や医院の患者のお陰で、下火になって来ているのもある。噂話を聞く度に妊婦や患者がミリの働きや為人(ひととなり)を説明し、噂が有り得ないと否定しているのだ。助産院や医院で実際のミリを見る事が出来る事を知って、わざわざ付き添い役までしてミリに会いに来る人もいた。

 またミリにとってコードナ侯爵領への視察旅行をする一番の理由は、バルとラーラを本当の夫婦にする為にミリが二人から距離を置く事だった。それに付いてはミリがハクマーバ伯爵領に行っている間に、ラーラとバルの距離が近くなった事で、充分に効果がある事が分かった。ただし今も日々、二人の距離は更に近付いて行っている様に見える。それなので視察旅行に行くなら、二人の距離が近付かなくなるか、倦怠期になってからの方が良いかも?とミリは思う様にもなっていた。



 その様な生活の中で、ミリとレントとの文通は続いていた。


 レントは相変わらず、封筒の内袋に秘密のメッセージを書いて来ていた。

 領地経営に付いての話が続き、ミリはそれに応えたかったけれど、応えたら負けな様な気がして、読むだけで我慢をしていた。

 しかしその、レントからの秘密のメッセージを読む事自体は、ミリにはかなりの楽しみになっていた。

 それなので領地経営とは関係のない、表向きの手紙に書ける内容を秘密のメッセージとしてレントが書いて来た時は、ミリはずっともやもやもやもやしていた。次の手紙で領地経営の話に戻ったのでミリはホッとしたけれど、また関係ない話題を書かれているかも知れないと思って、レントの手紙を受け取る度に、ミリはドキドキする様になっていた。

 それに秘密のメッセージに明らかな誤りが載っている時もあった。レントの引用している資料が間違っているのか、レントが勘違いしているのか分からないけれど、レントに手紙を貰ってから、ミリはわざわざ調べ直したりしているので、間違っている事は間違いない。

 ミリは指摘したかった。でも指摘するのは負けな気がする。だからミリは指摘出来ずにいた。


 だがしかし。

 それまでに書かれていた間違いを組み合わせて、とんでもない結論をレントが書いて来た時には、とうとうミリも自分で封筒の内袋にメッセージを書いて、間違いを指摘して返信した。

 ミリに悔いはなかった。内袋の隠れる所に指摘を全て書き切る為に、とても小さな字にしなければならなくてとても疲れたけれど、ミリは充足感を味わっていた。

 これが負けなら、負けでも良いとミリは思う。


 レントはとうとうミリが、秘密のメッセージを送って来たので歓喜した。

 ビッシリと書かれた指摘は、レントの想定通りの内容だった。レントはミリが指摘せずにはいられない様に、わざと誤りを仕込んでいたのだ。

 更にレントは、ミリが秘密のメッセージをちゃんと読んでいる事も、前以(まえもっ)て確信していた。それは表向きの手紙に書いても構わない内容を秘密のメッセージとして使う事で確かめていた。秘密のメッセージとして書いた内容に関連した話題を後から送った表向きの手紙でレントが触れた時に、秘密のメッセージとして書いた内容に付いても受け取っていたものとして、ミリが返事を書いて来ていたのだ。


 こうしてミリとレントはそれ以降、秘密のメッセージを遣り取りする様になる。

 そしてそこではかなり高度な、領地経営に付いての議論が交わされる事となった。

 その議論を続ける為に、ミリとレントは表向きの文通も続けたのだ。

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