恩返しの行方と解放
ガロンはカップを置いて酒瓶に手を伸ばす。ルモが酒瓶を取って傾け、ガロンが持ち直したカップに酒を注いだ。
「いや。貴族様の護衛やメイドを勤めるには、本当に歳だからだ。昔だって満足には熟せてなかったんだ。今は体だってあの頃より全然動かなくなってる。色々と失敗して迷惑を掛けるのは目に見えてるし、その失敗でラーラ様やミリ様に怪我でもさせたら、取り返しが付かない」
「そうか・・・」
「ソウサ商会も辞める」
「え?なんで?」
「バル様の命令を断るんだ。そうしたらラーラ様の実家のソウサ商会には居辛いからな」
「そうか。じゃあ俺がみんなの面倒を見るよ」
「お前は借金を返すのが先だろう?」
「大分給与が上がってるし、四人の面倒くらい」
「四人?俺とマイもか?」
「当たり前じゃないか」
「はは。確かに歳だとは言ったけど、まだ自分達の面倒は自分達で見れるし、デシとセチの事も任せろ」
「いや、でも」
「お前は自分の幸せを考えろ。もう大人なんだし、自分で幸せを見付けられるだろう?」
ガロンにそう言われてルモは視線をカップに移し、酒の表面の波紋を見詰めた。
「この家はルモにやる」
「え?」
「古くてボロだから建物には値が付かないだろうけど、売れば借金返済の足しになるだろう」
「いや、だって、ダメだよ」
「ダメなもんか。中心地に近いし買った時の何倍の値段になってると思ってるんだ?」
「いや、売るのがダメだって。だって父さんと母さんの家じゃないか」
「まあ、みんなの家だな。あちこちガタは来てるけど、壊れる度に皆で直したから、思い出もあるし、まだまだ住めもする」
「もちろんそうだよ」
「もしこの家を売らなくても借金が返せるなら、お前が嫁さん貰うまで人に貸したって良い。内装に少し手を入れれば、結構高く貸せるだろう」
「え?父さん?バル様の護衛は断るんだよね?」
「ああ」
「この家、俺に渡して、皆はどこに住む積もり?」
「自分達の馬車を買って、商売しながら回る積もりだ。デシとセチも連れてな」
「え?コードナ侯爵領からも出るの?」
「そうだな」
「いや、ちょっと待ってよ?俺は?」
「お前はもう大人だろう?」
「なんでだよ?父さんと母さんに恩を返させてよ」
「親が子供を育てるのは当たり前だ。恩なんてない」
「いや、だって、俺、父さんと母さんがいなければ死んでたろう?デシとセチだってどうなってたか」
「二人は俺達がいなくたって、ちゃんと育ったさ。それにお前を死刑から救ったのはラーラ様だぞ。それにルモは巻き込まれただけだ。そもそもコードナ侯爵家に来なければ、お前には前科も付かなかったし、借金も背負わなかった」
「・・・分かった。この家は貰う」
「ああ。受け取ってくれ」
「それでこの家を売って、借金を返させて貰う」
「そうか。それで良い」
「で、俺も皆と一緒に連れてってくれ」
「一緒に?仕事はどうすんだ?」
「父さんと母さんの商売を手伝うよ」
「いや今の仕事だ。コードナ侯爵家を辞めるのか?」
「ああ。借金を返し終われば、自由に辞められるから」
「それは知ってるが、せっかく高く評価されてるのに、辞めるのか?好きな仕事じゃなかったのか?」
「それは良いんだ。それより俺は父さんと母さんに恩を返したい」
「恩なんてないんだ。俺達は好きに暮らすから、お前も好きな事をしろ。お前が恩を感じるってんなら、それが恩返しだ」
「分かった。借金を返して仕事を辞めて、皆と一緒に商売をする。それが俺のやりたい事だから、文句ないだろ?父さん?」
「・・・分かった。ここから出て行かない事にするから、お前は仕事を続けろ」
「・・・父さん。本当はコードナ侯爵家やソウサ家と距離を置きたいんじゃないの?」
「・・・そう見えるか?」
「まあね。バル様達から離れてコードナ侯爵領に来たのは俺の所為だとしても、周りの評価と母さんの反応にずれがある様に思うから、個人的な何かがあったんじゃないかとは思ってた」
「まあ・・・そうか」
「だからコードナ侯爵領を出ようよ。俺も一緒に連れてってよ」
見詰めて来るルモから視線を下げて、酒が少しだけになったカップをガロンは見る。
「・・・あの娘はどうするんだ?」
低い声でのガロンの問に、ルモはまず「はぁ」と息を吐く。
「彼女とはそんなんじゃないよ」
軽い調子のルモの声に、ガロンは「そうか」とまた低い声で返した。
好景気のコードナ侯爵領の中心地に建つガロン達の家は、庭の広さもあってプレミアが付き、買った時の十倍以上の値段で売れた。その為ルモの借金の残りは返し切ってなお、かなりの金額がガロン達の手許に残った。
ガロン達は2頭引きの荷馬車を用意して、商売をしながら五人で旅をする事にする。
売るのは酒。ソウサ商会があまり扱う事のない品目だ。
「デシ、セチ。この樽は酒だから、絶対飲むなよ、デシ?」
「兄さん?なんで俺を二回呼ぶんだよ」
「分かったわ兄さん。デシが飲まない様に見張っとく」
「何言ってんだ。見張るなら父さんと兄さんを見張れよ」
「だって二人のお金で買ったんでしょ?」
「それを言うなら母さんと三人だよ」
「それを言うなら五人よ」
「そうだな。俺達家族五人の金で買ったんだ」
「だったら父さん、母さん。俺の好きな物も買ってくれよ」
「あたしも。あたしも自分で仕入れて売りたい」
「そうか?じゃあデシとセチに金渡すから、自分達で仕入れて自分達で売ってみろ」
「ホント?」
「やった!」
「ちゃんと帳簿も付けるのよ?」
「ああ、もちろん。得意だし」
「デシ?一緒にやる?そうすれば倍のお金が使えるよ?」
「そうか。別々にやって商品が被ってもやりにくいもんな」
「でしょ?私が仕入れて売るから、デシが帳簿付けて」
「アホか?そんな話で俺が引っ掛かると思ってるのか?仕入れは相談、売り子は二人で、帳簿は別々だ」
「デシの商品をあたしも売るって事?」
「俺もセチの売るし、だってお客からみたらどっちの商品か分かんないだろ?」
「そうか。そうね。でも勝手に値引きとかしないでよね?」
「セチも勝手に自分の商品、抱き合わせて売るなよな?」
「それはお客様が納得すれば良いじゃん」
「押し付けんなよ?」
「分かってるよ。父さんと母さんの顔に泥を塗る様な事はしない」
「兄さんと俺の顔にもな」
「デシの顔はとっく泥だらけじゃない」
「何だと?セチの顔も泥だらけにしてやる」
馬車の荷台から飛び降りて、追いかけっこを始めた二人をガロンとマイとルモは笑って見ていた。
「お~い、置いてくぞ~」
「あ!待って!」
「兄さん!待ってくれ!」




